●平成17(行ケ)10744〜10748審決取消請求「多極型モジュラジャック」

 知財高裁で、松下電工の多極型モジュラジャックに係る出願5件の進歩性無しによる無効審決の審決取消請求事件が判断され、5件とも棄却されました。


 棄却はされたもの、原告が取消事由として主張した日米欧の進歩性(非自明性)の審査基準における動機付けの説明は、日米欧各国の進歩性の判断基準を勉強する際に色々勉強になります。


 つまり、原告は、進歩性(非自明性)の判断基準に関して,米国や欧州では,以下のような立場がとられている、と述べています。


『a 米国審査基準の一部

・Suggestion test(動機付け)の適用(MPEP706.02(J))
 以下のように述べられている。
「一応の自明性を確立するためには,三つの基本的要件が揃わなければならない。
 第1に,文献の技術内容を変更し又は文献の教示内容を組み合わせるためには,当該文献自身又は当業者の一般的な知識において,何らかの示唆(suggestion)動機付け(motivation)が存在することが必要である。
 第2に,(文献の技術内容を変更し又は組み合わせを成しうるための)合理的な可能性が必要である。
 最後に,これらの先行技術文献には当該発明の全ての構成要件について教示又は示唆されていなければならない。」
 ・hindsight(後知恵)の排除(MPEP2141.01.III)
  以下のように述べられている。
「III 後知恵を避けるため,先行技術文献の内容は発明が成された時点で決定される」
「『発明が成された時点で』との要件は,許容されない後知恵を避けるためのものである。」
「判断者は,困難ではあるが,当該文献にのみ接し,かつ,当該技術分野における当時の技術常識により普通に導かれる当業者の視点で判断するため,出願された発明により教示された内容を忘れ,当該発明が発明された当時の意識に戻って判断することが必要である。」
 ・Invention as a wholeの重視等
  発明は全体として捉える必要がある。


b 欧州審査基準

 ・Could-would approach(C−N,9.8.3)
 以下のように述べられている。
「第3段階で,回答されるべき問いは,客観的な技術的課題に直面した当業者が,最も近い先行技術を改変又は適合することに到達したであろう(到達可能だけでなく,到達したであろう)何らかの教示が先行技術において全体として存在するかどうかであって,その場合,当業者がその教示を考慮に入れて改変又は適合し,それによって,請求項の記載内容にある重要なものに到達し,そして当該発明が達成するものを達成するに至るかどうかである(IV. 9.4参照)。」

「換言すると,その要点は,当業者が最も近い先行技術を改変又は適合することによって当該発明に到達可能であったかどうかではなく,当該客観的な技術的課題を解決することを望んで,あるいは何らかの改良若しくは利点を期待してそうするべく先行技術が当業者を駆り立てた故に,当業者が到達したであろうかどうかである(審決T2/83, OJ 6/1984, 265参照)。審査対象の請求項について有効である出願日又は優先日の前に当業者にとってこのような状況でなければならない。」

 ・“Ex post facto”analysis(C−N,9.10.2)

 以下のように述べられている。

「一見自明であると見られる発明が実は進歩性を有する可能性があることを思い起こさなければならない。一旦新しい思想が作り出されてしまっていたときに,既知のあるものから出発して一連の一見容易なステップによってそれがどのようにしたら到達できるかが理論的にしばしば証明できることがある。審査官は,この種の事後分析に注意を払う必要がある。審査官は,調査で挙がった文献が,その発明とされるものを構成する事項の前知識でなければならないことに,留意しなければならない。全ての場合において,審査官は,出願人の貢献以前に当業者が直面していた先行技術の全体の状態を見ることに努めなければならず,審査官は,この関連ある要素及びその他の関係ある要素の“実生活的”評価を行わなければならない。審査官は,当該発明の背景に関して知られている全てを考慮に入れて,出願人によって提出された関連ある主張又は証拠に公正な重きを置かなければならない。例えば発明が大きな技術的な価値のあるものであることが示される場合,特にその発明が新しく且つ驚くほどであり,そして“一方通行道路”状況(下記参照)におけるおまけ的な効果として達成されるだけではない技術的利点を提供する場合,そしてこの技術的利点がその発明を定める請求項に含まれる1つ又はそれ以上の特徴事項に説得性をもって関連する場合,審査官は,そのような請求項が進歩性を欠如しているという拒絶理由を追求することについて躊躇すべきである。」


(イ) 要するに,米国や欧州では,進歩性の判断に際しては,事後分析アプローチは危険であるので,後知恵なしに(予断を抱かずに)引用例を検討すべきであり,また,引用例の組み合わせには示唆や動機付けが必要である,とされているのである。

 これに対し,本件審決は,複数存在する引用例の組み合わせについて,特に示唆や動機付けを具体的に検討することなく,「阻害要因はないので進歩性もない」と簡単に判断している。後に述べるとおり,本件発明1〜3と引用例との間には極めて多くの阻害要因が存するのであり,本件審決はこれらを看過している点で不当である。しかし,本件審決の不当性はそれに止まらず,そもそも,その判断基準において,上記のような諸外国の進歩性に関する判断基準とは大きく異なる立場をとっている点で,知的財産権保護の国際性にも反する重大な問題を孕んでいると言わなければならない。


 上記の視点で見た場合,本件発明1〜3については,いわばコロンブスの卵的な後知恵の観点から進歩性を判断することは決して許されず,単に阻害要因のみを検証するに止まらず,本件特許出願当時に引用例の組合せに必要な示唆・動機付けが真に存在したといえるか,また,その組合せにより本件発明1〜3に到達可能(could)といえるに止まらず,到達したであろう(would)といえるか,との観点から慎重に検証
がなされなければならない。

 (ウ) これらの点を我が国の進歩性の判断に係わる特許庁審査基準について確認しておくと,我が国でも,まず,「動機付け」については,

1)技術分野の関連性
2)課題の共通性
3)作用,機能の共通性
4)引用発明の内容中の示唆

の観点から検討すべきであるとされており,明文は置かれている。ただ,米国のように明確に示唆・動機付けが「必要」とは定められておらず,また,欧州のようなcould-wouldアプローチの定めもない結果,実際の運用においては,単数又は複数の抽象的かつ希薄な「技術分野の関連性」,「課題の共通性」,「作用・機能の共通性」が存することをもって安易に進歩性欠如の判断がなされ,その結果,本来の審査基準の趣旨,知的財産保護の国際性の観点からかけ離れた結論が導かれうる危険性がある。

 そして,「後知恵なしに(予断を抱かずに)引用例を検討すべきである」との点については,上記のとおり米国,欧州共にほぼ同様の明文が置かれ,国際的にはいわば必須の要件とされているにもかかわらず,我が国の審査基準においては必ずしも明確な定めが置かれていないように思われる。このことが,諸外国に比して我が国における進歩性の判断を歪める原因となっている。

 しかし,仮に明確な定めが存在しないとしても,当該発明による先入観を受けることなく特許出願の時点における当業者の視点から判断をなすべきことは至って当然のことであり,上記の国際状況も合わせ考えれば,上記の「動機付け」の規定も「後知恵」の排除を当然の前提としていると解されるのであって,我が国においても,仮に審判において「後知恵」の視点で進歩性が否定された場合には,かかる判断が「違法」とされるべきなのは当然である。


 しかるに,本件審決は,上述のとおり,知的財産権保護の国際性に反しているだけでなく,我が国の審査基準に照らしたとしてもその判断はあまりにも稚拙で論理性を欠くものである。

 
(エ) 本件発明1〜3の商業的成功と進歩性

 本件発明1〜3に進歩性が認められることは,次のとおり現実に本件発明1〜3が商業的に成功を収めていることからも明らかである。

 a まずそもそも,商業的成功例の存在が進歩性に影響することについては,例えば,次のような例でも肯定されている。すなわち,東京高判昭和37年9月18日(「トップローラー軸受装置事件」行政事件裁判例集13巻9号1501頁)は,同業者が当該考案にかかる装置を賞揚している事実や当業者がその構造のものを出願前に実施していたという事実もないこと等を,進歩性肯定の根拠の一つにしている。

 もちろん,営業活動が功を奏したり,広告宣伝が成功したために商業的成功を勝ち取ったようなときには,必ずしも当該発明の進歩性が影響しているとはいえないこともあろうが,ライセンス契約を締結しているような場合には,同業の相手方も慎重に権利の有効性を吟味したうえで実施権の設定を受けているのであるから,その事実は当業者の視点から見て進歩性を肯定すべき有力な根拠になりうるというべきである。

 また,米国でも,大きな商業的成功を収めた場合,発明が自明であれば,そのような成功の見込によって刺激された他の者がその発明を完成させていたであろうから,この発明が自明でなかったことを間接的に示す証拠とすることができる,とされている(ドナルド・S・チザム著・竹中俊子訳「アメリ特許法とその手続」53頁)。
b 本件発明1〜3については,原告自らが実施しているのみならず,多くのライセンス契約が締結されている。したがって,本件発明1〜3が商業的成功を収めていることは明らかであり,進歩性を有していると他企業も判断して契約しているのであるから,この事実は間接事実として当然重視されるべきである。』

と主張しました。


 しかし、裁判所は、取消事由総論(知的財産保護の国際性及び本件発明1〜3の商業的成功の観点からみた本件審決の進歩性判断の不当性)について、

『(1) 原告は,米国や欧州の例に基づき,進歩性の判断に際しては,事後分析アプローチは危険であるので,後知恵なしに(予断を抱かずに)引用例を検討すべきであり,また,引用例の組み合わせには示唆や動機付けが必要である等と主張する。

 しかしながら,原告のいう進歩性とは,特許法29条2項にいう「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができた」かどうかに関する当てはめの解釈問題であり,その際には,諸外国の進歩性に関する判断基準を十分に参考とすべきことは当然であるが,本件においては,後記の取消事由1〜5に対する判断記載のとおり,本件発明1〜3について進歩性を認めることができないのであるから,原告の前記主張は当を得ないことに帰する。

(2) また原告は,本件発明1〜3については,原告自らが実施しているのみならず,多くのライセンス契約が締結されていて,商業的成功を収めているから,そのことも考慮されるべきであると主張する。

 しかしながら,製品の販売において商業的成功を収めるかどうかは,発明の内容のほか,製品の内容や価格,宣伝広告の方法などに左右されるところが大きいし,また,ライセンス契約を締結するかどうかについても,発明の内容のほか,対価の額,製品の内容や価格,両会社の置かれた状況などに左右されるものと考えられるから,商業的成功を収めているからといって,必ずしも発明に進歩性があるということはできず,その有無の判断は,引用例との対比により,厳密になされるべきものである。そして,本件発明1〜3は,後記のとおり,引用例たる刊行物1〜3との対比により,進歩性が認められないのであるから,原告の前記主張も当を得ないことに帰する。』

として、棄却しました (以上、本判決文より抜粋。)。


 裁判所における進歩性の判断、特に、動機付けについては、しばらく目が離せません。