●平成17(ワ)11663 不正競争行為差止等請求「正露丸事件」(2)

 昨日に続いて、『平成17(ワ)11663 不正競争行為差止等請求事件 商標権 民事訴訟正露丸」平成18年07月27日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060731093511.pdf)についてコメントします。

 まず、原告表示2(「正露丸」又は「SEIROGAN 」が不正競争防止法2条1項1号, 2号にいう「商品等表示」といえるか否かについて、大阪地裁は、

『(1) まず,原告表示2のうち「正露丸」について判断する。
 証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば,原告を当事者とする商標登録無効審判についての審決取消訴訟の判決(東京高等裁判所昭和46年9月3日判決・無体財産関係民事・行政裁判例集第3巻第2号293頁,その上告審である最高裁判所昭和49年3月5日第三小法廷判決)において,明治37,38年の日露戦争の際,陸軍が本件医薬品を創製し,これを「征露丸」と命名して,戦場において一般将兵に服用させたこと,日露戦争後,帰還将兵からの言い伝えなどにより,このような「征露丸」の創製及び命名に関する経緯が広く国民の間に知られるようになったこと,その後多数の業者が「征露丸」の名称をもって本件医薬品を製造販売し,本件医薬品を指す名称として「征露丸」の名が日本国内に周知されるようになったこと,しかし,大正13年に「征露丸」は本件医薬品の慣用商標,又は普通名称であること等を理由として同商標の登録無効の審判が請求され,大正15年6月28日に大審院において,上記理由により同商標の登録を無効とする判決がされ,同商標権は失効したこと,第2次大戦後,厚生省薬務局が業者からの「征露丸」の製造許可申請に対し,その名称を「正露丸」に改めるように行政指導をしたことから「征露丸」の商品名称を用いる業者は減少し,代わって,「正露丸」の語が本件医薬品の名称として不特定かつ極めて多数の業者により全国的に用いられるようになったこと,その結果「正露丸」の語は,遅くともその商標登録時である昭和29年10月30日当時には,本件医薬品の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたこと等の事実が認定された上,ごく普通の書体で「正露丸」の文字に「セイロガン」の文字を振り仮名のように付記したにすぎない商標は,商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したにすぎない標章であると判断され,同商標登録が無効とされたことが認められる。』

と判示しました。

 網野誠先生の商標法概説にも、同様のことが記載されていたような気がします。


 そして、裁判所は、

『(2) 不正競争防止法2条1項1号,2号所定の「商品等表示」というためには,当該表示が出所表示機能を有することが必要であるところ,普通名称は,自他識別力がなく出所表示機能を有しないから,そもそも「商品等表示」とはいえず,また,商品若しくは営業の普通名称を普通に用いられる方法で使用等する行為については,同法19条1項1号により,同法3条,4条等の適用を除外される。

 そして,ある表示が普通名称であるか否かは,もっぱら需要者(取引者及び一般消費者)の認識に関する問題であるといえるから,ある時期において普通名称であるとされた表示であっても,その後の取引の実情の変化により特定の商品を指称するものとして需要者に認識され,出所表示機能を有するに至る場合があり得ないわけではないというべきである。

(3) そこで「正露丸」の語が,遅くとも昭和29年10月30日当時には本件医薬品の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたとしても,今日,原告製品を指称するものとして需要者に認識されるに至ったものかどうかについて検討する。

・・・

 もっとも,上記アンケート調査については,調査対象がたかだか500名にすぎないことや,その調査方法が「正露丸」の名称を認知している者に対し,「正露丸」を「特定の会社の商品名か下痢止め薬全般の一般名称か」という二者択一の方法で尋ねるというものであって,他の選択肢すなわち本件医薬品を指す普通名称が「正露丸」の他にもあり得ることを調査対象者の念頭に置かせた上でなされたものではないことなどから,上記調査結果に調査対象者の認識が正確に反映されているのかについて疑問を抱かせるところもないわけではないが,このような点を考慮しても,上記調査結果からすると,一般消費者の間では「正露丸」から原告(ないしラッパのマーク)が想起される割合が高くむしろそれが一般的であるとすらいえる傾向を有すること自体は認められる。

イ しかし,特定の業者の製造販売する普通名称を付した商品が大量の広告宣伝等を通じて大半のシェアを有するに至ったとしても,それだけで直ちにその普通名称がその業者の製造販売する商品を識別する機能を有する商品表示性を取得するものでないことは明らかである。

・・・

 また,上記アンケート結果についても,その正確性に上記のような疑問があるほか,一般消費者が「正露丸」について思いつくことを自由に筆記させれば,その大量の宣伝広告活動やシェアの大きさ等から,まず原告の社名や「ラッパのマーク」を想起するのは当然というべきであり,そのことから直ちに一般消費者が「正露丸」をもって原告製品の識別表示として認識していると速断することはできず,かえって,一般消費者による上記連想からすれば,原告の社名やラッパの図柄をもって原告製品の識別表示として認識しているとの評価もできるのである。

ウ また「正露丸」の語は,少なくとも「正露丸」の製造販売に携わる取引者の間では,前記のとおり,本件医薬品の一般的な名称として認識されており,原告製品を指称する商品表示として認識されているものではないというべきである。このことは,本件医薬品の小売業者が原告製品と他社製品とで販売価額に顕著な差異を設けていることや,原告製品と他社製品が薬局・薬店・ドラッグストア等においてそれぞれ別個の商品として並べて陳列販売されていることからみて疑うことができないことであると解される。そうである以上,一般消費者の間において「正露丸」の語から原告が想起される割合が比較的高いからといって「正露丸」の語が原告製品を指称するものとして,取引者を含む需要者全体に認識されるに至ったものということはできない。

 以上の点に加え,昭和52年以降本件訴え提起までの間に,原告が「正露丸」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている他の業者に対し,その名称の使用を排除するための措置をとり,実際にその使用を中止させたことは一度しかないこと,原告は,原告製品の宣伝広告活動において「正露丸」の表示とともに「ラッパのマーク」を強調していることなど,前記1(2)及び2(1)で認定した諸事実を総合すると,・・・「正露丸」の語が本件医薬品の製造販売に携わる取引者に対し本件医薬品を指称する一般的名称として受け取られていて,原告製品を指称する商品表示としては認識されていないことはもとより,一般消費者においても,それが本件医薬品の一般的名称ではなく原告製品を指称するものとして認識されるに至ったものとはいまだ認めるに足りないといわざるを得ない。

(4) 以上によれば「正露丸」の語は,昭和29年10月30日以降の事情の変化により原告製品を識別する商品表示性を取得したものということはできず,現在においてもなお,本件医薬品を指称する普通名称であることを免れることはできないというべきである。
(5) また「SEIROGAN」は「正露丸」を単に欧文字で表したにすぎないから,これもまた本件医薬品を指称する普通名称というべきである。
(6) そうすると,原告表示2は,いずれも本件医薬品を指称する普通名称であって,商品の出所表示機能を有するものとはいえないから,不正競争防止法2条1項1号,2号所定の「商品等表示」には該当せず,また,被告が「正露丸」「SEIROGAN」を普通の方法で使用等する行為は,同法12条1項1号所定の除外事由に当たるものというべきである。
(7) したがって,その余の点について判断するまでもなく,不正競争防止法に基づく原告の請求は理由がない。』
と判示しました。

 不正競争防止法2条1項1号,2号の「商品等表示」というためには,当該表示が出所表示機能を有することが必要であり,普通名称は,他識別力がなく出所表示機能を有しないので,そもそも「商品等表示」には該当しない、とのことです。


 また、争点(3)のイ(商標権の効力制限)について、大阪地裁は、
『(1) 本件商標1は,普通の手書き書体の漢字「正露丸」の文字を縦書きにしてなるものであり,本件商標2は,普通の手書き書体の欧文字「SEIROGAN」の文字を横書きにしてなるものであるところ(甲10,11の各1) ,前記2で説示したとおり「正露丸」及び「SEIROGAN」の語は,いずれも本件医薬品の普通名称である。被告標章1は,被告製品の包装箱正面に普通の毛筆体で漢字「正露丸」を縦書きしたものであり,被告標章2は,被告製品の包装箱背面に普通の書体で欧文字「SEIROGAN」を横書きしたものである。
 そうすると,被告標章は,いずれも本件医薬品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないから,本件商標権の効力は,被告標章には及ばない(商標法26条1項2号。)
(2) したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件商標権に基づく原告の請求は理由がない。』

と判示しました。


 普通名称を普通に用いられる方法で表示したものは商標権の効力が及ばないとする、商標法26条1項2号そのものですね。