●『特許法第181条第2項による差し戻し決定が行われない場合』

 昨日コメントしたように、『平成17(行ケ)10803 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成18年07月20日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060721165018.pdf)では、原告が本訴提起の日から起算して90日以内である平成18年2月13日訂正審判を請求し,当裁判所に対し,事件を審判官に差し戻すため,特許法181条2項の規定により,審決を取り消すよう求めましたが、知財高裁は、『本件特許を無効とすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であるとは認められない。』として、原告の請求を棄却しました。


 これは、181条第2項の規定は、『裁判所は、特許無効審判の審決に対する第178条第1項の訴えがあった場合において、特許権者が当該訴えに係る特許について訴えの提起後に訂正審判を請求し、又は請求しようとしていることにより、当該特許を無効にすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であると認めるときは、事件を審判官に差し戻すため、決定をもって、当該審決を取り消すことができる。』と規定されているように、裁判官の裁量事項だからです。


 では、どういう場合に、裁判官が181条第2項による差し戻し決定を行わないかというと、『平成15年改正法における無効審判等の運用指針』(http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/mukou-sinpan_mokuzi.htm)の「第3章無効審判の審理」(http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/h15mukou_sinpan/05-mukou_sinri.pdf)の第132頁〜第133頁に記載されています。


 具体的には、

『(2)差戻し決定がされなかった場合
 出訴後90日以内に訂正審判が請求されたにも関わらず相当期間にわたって差戻し決定がされない場合は、特許権者からの訂正審判の中止の解除の申出を待つ。
 特許権者が訂正審判の中止の解除を申出た場合は、中止解除申出書に記載された「審決取消訴訟において差戻し決定がされない事情」について審理するとともに、必要に応じて当該裁判所への問い合わせ等を行う。

(注)裁判所がどのような場合に差戻し決定をしないかは裁判所の実務に委ねられるため、現時点では予想の域を出ないが、(a)特許無効審決ではなく特許維持審決に対する審決取消訴訟の提起後の訂正審判であるため、訂正認容審決が確定しても、先の無効審判審決を取り消して差し戻す必要がないと裁判所が判断する場合、(b)独立特許要件を含む訂正要件違反等の理由により訂正審判が認容される可能性がないため、先の無効審判審決についての取消訴訟の実体審理を進めるべきと裁判所が判断した場合、(c)極めて軽微な訂正内容の訂正審判であり、訂正審判の認容審決が確定しても、先の無効審判審決の取消訴訟の審理を続行できると裁判所が判断した場合、(d)先の無効審判審決に違法性があることが明らかであるため、実体審理を経ない取消決定ではなく実体審理を経た取消判決をすべきと裁判所が判断した場合等が考えられる。』  (以上、上記特許庁資料より抜粋。尚、丸数字は表示できないため括弧付き英数字に変換してあります。)

と具体例が4つほど記載されています。


 本件において、181条2項による差し戻し決定をしなかったのは、上記(b)の訂正審判を先に審理しても、独立特許要件を含む訂正要件違反等の理由により訂正審判が認容される可能性がないため、先の無効審判審決の取消訴訟の審理を続行できると裁判所が判断した場合、と思われます。


 なお、先月の6/15に特許庁からアナウンスされた『平成15年改正法における訂正審判の運用の変更について』(http://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/15kaisei_teisei_unyou.htm)によれば、平成15年改正法により、特許庁では、無効審判審決取消訴訟の提起の日から起算して90日以内に訂正審判が請求されたとき、その訂正審判の審理を中止(特168)する運用をとっていたようですが、平成18年7月1日以降に請求された訂正審判からその運用を変更して、無効審判審決取消訴訟の提起の日から起算して90日以内にされた訂正審判で、かつ侵害事件と同時係属する訂正審判、又は2度目の審決取消訴訟提起後の訂正審判については、原則として、手続を中止せず、速やかに審理を行う、とのことです。