●『JRのスイカ(Suica)カードの特許出願』(3)

 今日は、出張があり、先ほど帰ってきました。非常に暑かったせいか、帰りのビールがとてもおいしかったです♪。


 さて、ソニーと鉄道総合研究所との共同出願によるスイカの特許(特願平5−343517号)の審査履歴を調べると、進歩性違反の拒絶理由時に2つの引例(特開昭62−249295号公報、特開平5−257941号公報)が引用され、進歩性違反を指摘されていました。


 そして、『平成17(行ケ)10683 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成18年07月03日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060705112655.pdf)の判決文を参照すると、拒絶審決の理由は、
『本願発明は,特開昭62−249295号公報(以下「刊行物1」という。甲2)記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)に基づき,周知技術を参酌して,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。』
とのようです。


 刊行物1の特開昭62−249259号公報を読むと、確かに、ICカードにおいて、無限ループ状に情報を記憶する発明が記載されており、本願発明と内容とかなり近いものです。


 しかし、本判決文によれば、平成15年8月26日の本件補正(拒絶査定に対する審判請求から30日以内の補正)後の特許請求の範囲は、請求項1及び請求項2からなり、その請求項2の内容は、

「カード識別装置と無線で情報を授受することによって情報記憶カードを処理する方法であって,
 前記情報記憶カードが有する固定情報を読み取る第1の工程と,
 読み取られた前記固定情報が適正かどうかを判定する第2の工程と,
 前記情報記憶カードに記憶されている情報を読み出す第3の工程と,
 読み出された前記情報を処理して,前記情報記憶カードを使用した履歴情報を含む新たな情報を前記情報記憶カードに記憶させるとともに,前記履歴情報と同一あるいは少なくとも所定の部分を抽出した情報を無限ループ状に記憶させる第4の工程と
を有することを特徴とする情報記憶カードの処理方法。」

であります。

 そして、原告は、本判決において、取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)、取消事由2(一致点の認定の誤り1)として、

『ア 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)−判断その1について
(ア) 本件審決は,本願発明の第4の工程は,履歴情報を一旦書込読出領域に書き込む工程がなく,使用履歴記憶領域に記憶させる一つの工程のみから成ると解釈している(4頁下から11行〜5頁8行)。

 しかし,本願発明の第4の工程は,「前記情報記憶カードを使用した履歴情報を含む新たな情報」を「前記情報記憶カード」に記憶させる「とともに」,「前記履歴情報(後記(イ)のとおり『前記新たな情報』の誤記である)と同一あるいは少なくとも所定の部分を抽出した情報」を無限ループ状に記憶させるものであるから,履歴情報を含む新たな情報を一旦書込読出領域に書き込む工程と,書込読出領域に書き込まれた情報を使用履歴記憶領域に無限ループ状に記憶させる工程という二つの工程からなるものである。このことは,本願明細書(甲1)の実施例の記載(段落【0019】〜【0021】,【0026】〜【0028】)から裏付けられる。

 また,本件審決は,本願発明の第4工程は「…前記履歴情報と同一あるいは少なくとも所定の部分を抽出した情報を無限ループ状に記憶させる…」とするものであるから,本願発明は,「…前記履歴情報そのものを記憶させる…」発明(以下「全部情報記憶状態発明」という。)と「…前記履歴情報の少なくとも所定の部分を抽出した情報を記憶させる…」発明(以下「抽出情報記憶状態発明」という。)のいずれかの発明から成るものであるとした上で,前者の全部情報記憶状態発明のみを他の発明と対比している(3頁下から5行〜5頁15行)。ここでいう「全部情報記憶状態発明」と後者の「抽出情報記憶状態発明」は,無限ループ状に記憶させる情報の範囲が異なるのみであるから,他の点では一致しているものと解される。「抽出情報記憶状態発明」では,抽出する所定の部分よりも広い範囲の新たな情報の記憶が存在するからこそ,その新たな情報から所定の部分を抽出することができるのであるから,書込読出領域に新たな情報を一旦記憶することを前提としているといえる。「全部情報記憶状態発明」は,無限ループ状に記憶させる情報の範囲以外の点では,「抽出情報記憶状態発明」と一致しているから,「全部情報記憶状態発明」でも,書込読出領域に新たな情報を一旦記憶することを前提としているといえる。

 したがって,本願発明の第4工程は,上記のとおり二つの工程が成るものでなければならない。

(イ) また,本願発明の第4工程に「前記履歴情報」とあるのは「前記新たな情報」の誤記である。なぜなら,使用履歴記憶領域に記憶される情報は,書込読出領域に記憶される情報と同一の情報又はその情報の所定の部分のみを抽出した情報である(本願明細書(甲1)の段落【0020】)ところ,書込読出領域に記憶される情報は,履歴情報を含む新たな情報であるから,使用履歴記憶領域に記憶される情報も,「前記履歴情報」ではなく,「前記新たな情報」でなければならないからである。
 もっとも,本願発明の第4工程の「前記履歴情報」が,「前記新たな情報」でなく,文言どおり「前記履歴情報」であるとしても,上記(ア)で述べたとおり本件審決の解釈に誤りがあることに変わりはない。

 イ 取消事由2(一致点の認定の誤り1)−判断その1について
 本願発明は,上記アのとおり,履歴情報を含む新たな情報を一旦書込読出領域に書き込む工程と,書込読出領域に書き込まれた情報を使用履歴記憶領域に無限ループ状に記憶させる工程という二つの工程から成るものであるが,刊行物1発明は,情報を無限ループ状に記憶させる一つの工程から成るものであるから,この違いを無視して,「履歴情報を情報記憶カードに記憶し,履歴情報は無限ループ状に記憶させる点」(一致点(ウ))を一致点として認定することはできない。本件審決が,本来一致しないものを一致点(ウ)と認定したのは誤りである。』(本判決文より抜粋。)
と主張しました。


 これに対し、被告である特許庁は、本判決文によれば、

『(1) 取消事由1に対し
 本願明細書(甲1)の特許請求の範囲請求項2の記載を素直に読めば,本願発明の第4の工程は一つの工程から成るものと解釈できる。一つの工程からなる実施例は,本願明細書の段落【0043】に記載されている。
 本願明細書の特許請求の範囲請求項2の「前記履歴情報」の意味は請求項の記載から一義的に明らかであるから,「前記履歴情報」が「前記新たな情報」の誤記であるとすることはできない。

(2) 取消事由2に対し
原告らの主張は,本件審決における本願発明の要旨認定が誤りであること
を前提とするものであり,理由がない。』(本判決文より抜粋。)

 と反論したようです。


 今回、知財高裁は、取消事由1,2等の実体的取消し事由については判断をせず、手続的な取消し事由のみ判断して審決を取消しましたので(本判決文または7/6〜7/8の当日記を参照下さい。)、取消事由1,2を判断していたら、どのようになったかは不明です。


 しかし、特許庁が指摘する本願明細書の【0043】には、確かにその指摘通り、第4の工程が1つの工程からなる実施例が記載されているものの、原告の主張する本願明細書の【0019】〜【0021】,【0026】〜【0028】には、第4の工程が2つの工程からなる実施例、すなわち本願補正後の『読み出された前記情報を処理して,前記情報記憶カードを使用した履歴情報を含む新たな情報を前記情報記憶カードに記憶させるとともに,前記履歴情報と同一あるいは少なくとも所定の部分を抽出した情報を無限ループ状に記憶させる第4の工程』が記載されているように思われます。


 よって、個人的には、出願人は、明細書に開示された複数の発明(実施例)のうち、【0019】〜【0021】,【0026】〜【0028】に開示された第4の工程が2つの工程からなる発明を請求項2として権利化しているとみなせるので、この点でも、原告側の主張の方が正しいのでは?、と思いました。


 ともかく、本件は、再度特許庁の審決が取消され、特許庁審判官により3度審理されることになりますので、どのような審決がでるか、とても楽しみです。