●平成17(行ケ)10490 「紙葉類識別装置事件」

 今日は、『平成17(行ケ)10490 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「紙葉類識別装置事件」平成18年06月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060629173057.pdf)について、コメントします。


 本件は、特許庁が出した進歩性なしの拒絶審決が取り消された事件です。原告は、『審決は,本願発明と引用発明との相違点についての判断を誤り(取消事由1〜3),その結果,本願発明が引用発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論を導き出したもので,違法であるから,取り消されるべきである。』と主張しました。なお、本願発明は、紙葉類識別装置に係る発明であるの対し、引用発明は、紙葉類の積層状態検知用装置であります。


 知財高裁は、 取消事由1及び3(相違点1及び3についての判断の誤り)について、

『この点について,審決は,「一般に,紙葉類の識別を行う際に,紙葉類の特徴箇所を選んで識別することは,当業者が容易に想到し得たことである。したがって,引用例に記載の発明において,紙葉類の一部を透過した透過光を該紙葉類の一部とは異なる他部に照射されるようにする際に,前記所定方向とは交叉する方向で該紙葉類の一部とは異なる他部に照射されるようにすることは,単なる設計変更である。」(審決謄本4頁第3段落)とする。

確かに,本件周知装置においては,上記(2)ウのとおり,紙葉類の識別を行う際に,紙葉類の特徴箇所を選んで識別することは,当業者が容易に想到し得たことということができる。しかし,このことから,上記(3)のような, 複数本の検出ラインの技術的思想のない引用発明について,複数本の検出ラインの技術的思想を前提とし,一対の発光・受光素子によって一括して検出を行うという相違点1及び3に係る本願発明の構成を付加することが容易であるとか,あるいは,単なる設計変更であるということは困難である。


すなわち,引用発明において,「・・・光学検出部」という構成を有するとしても,紙葉類の積層状態検知装置である限り,上記(3)イのとおり,単に照射光を紙葉類に透過させ, 紙葉類の枚数を検知するものであって,紙葉類のいずれを検出箇所にしてもかまわないのであるから,複数本の検出ラインの技術的思想が入り込む余地はないのである。

 「・・・光学検出部」という構成において一致しているといっても,その機能,作用,その他具体的技術において少なからぬ差異があるものというべきである。したがって,紙葉類の積層状態検知装置及び紙葉類識別装置は,近接した技術分野であるとしても,その差異を無視し得るようなものではなく,構成において,紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えるのが容易であるというためには,それなりの動機付けを必要とするものであって,単なる設計変更であるということで済ませられるものではない。

 しかも,本件においては,複数本の検出ラインの技術的思想が,紙葉類の積層状態検知装置にとって不要であるのに,紙葉類識別装置においては重要な技術的意義を有することになるのであるから,なおさら,紙葉類の積層状態検知装置と紙葉類識別装置とは同視できないものというべきである。
 
 以上のとおりであるから,複数本の検出ラインの技術的思想のない引用発明について,その技術的思想を前提とする相違点1及び3に係る本願発明の構成を付加することが単なる設計変更であるとした審決の判断は,誤りである。

 ・・・

(7) 審決は,相違点3について,「発光素子で紙葉類の一部に照射させ,透過光を受光素子で受光してなる,紙葉類識別装置の光学検出部は,本願出願前周知な技術事項であり,引用例に記載の発明も紙葉類を扱うものであり,発光素子,受光素子により紙葉類の透過光を検出するものであるから,引用例に記載の発明を上記周知事項に適用して紙葉類識別装置の光学検出部とすることは,当業者が必要に応じ容易になし得ることと認められる。」(審決謄本4頁最終段落)とする。
 
 しかし,上記(5)のとおり,紙葉類の積層状態検知装置及び紙葉類識別装置は,近接した技術分野であるとしても,その差異を無視し得るようなものではなく,構成において,紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えるのが容易であるというためには,それなりの動機付けを必要とするものであって,引用発明及び本件周知装置ともに「紙葉類を扱うもの」,「発光素子,受光素子により紙葉類の透過光を検出するもの」であるということで,直ちに,紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えることが当業者において容易であるとすることはできない。』

と判断しました。


 本願発明と引用発明とが近接した技術分野であるとしても,その差異を無視し得るようなものではなく,構成において,紙葉類の積層状態検知装置(引用発明)を紙葉類識別装置(本願発明)に置き換えるのが容易であるというためには,それなりの動機付けを必要とするもの、とのことです。


 なお、本件では、さらに、
『(8) 被告は,本件周知装置と引用発明は,光学検出部の構成自体に差異がなく,引用発明において,測定光を複数回にわたって紙葉類に透過させた構成を,本件周知装置に適用する上において阻害要因がない旨主張する。
 被告の上記主張は,主引用例を引用発明から本件周知装置に差し替え,主引用例とした本件周知装置に阻害要因がないとしているものと思われるが,審決の理由において,「発光素子で紙葉類の一部に照射させ,透過光を受光素子で受光してなる,紙葉類識別装置の光学検出部は,本願出願前周知な技術事項」(審決謄本4頁最終段落)と説示しているとおり,本件周知装置は,審判段階においては,飽くまでも「本願出願前周知な技術事項」であって,本願発明と対比されるべき引用例とされていたのではなく,まして,本願発明との対比判断に係る検討を経ていたわけでもないところ,このような事情の下で,訴訟段階に至って,主引用例の差替えの主張を許すことは,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁の判示する審決取消訴訟の審理範囲を逸脱するものというべきであって許されないものというべきである。のみならず,既に判示したとおり,本願発明と引用発明とは,そもそも発明の課題及び目的が相違し,相違点1及び3に係る本願発明の構成が,引用発明及び本件周知装置に開示も示唆もされておらず,これらを組み合わせて同構成を得ることの動機付けも見いだし難い。いずれにせよ,被告の上記主張は,失当である。』
とも判断しています。


 詳細は、上記判決文を参照して下さい。


 なお、今日を含め、3件ほど(他の2件は6/24(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20060624)、25(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20060625)の日記で取り上げています。)特許庁の拒絶審決を取消した高裁判決を見てきましたが、これら3件を見る限り、知財高裁は、進歩性の判断に際し、審査基準と同様に、引用発明の本質や、課題、作用効果等の共通性から引用発明の適用や組み合わせの動機付けを判断しているものと思いました。