●「人工乳首事件」について

 パテントの7月号に「人工乳首事件(H15.10.8東京高裁平成14(行ケ)539特許権行政訴訟事件)」についての論文が掲載されていました。
 国内優先出願の先の出願と後の出願との間に、第三者から追加実施例の発明の出願がなされていたため、後の出願に関して特許法第29条の2の規定の適用を受けたが、後の出願の請求項はもともと先の出願の請求項として記載されていたもので、上位概念で書かれた請求項に関して特許要件の判断の基準時が先の出願の出願日に遡及するか否かについて争われた事件です。いわゆる実施例補充型の国内優先のパターンの優先権の効果を審査段階で判断したものです。
 結局、後の追加実施例を削除した形で特許になりました。
 問題は、先の出願では、実施例中に、伸長部が環状のものが記載され、後の出願で螺旋状のものが追加され最終的には削除され特許になったが、先の出願の請求項1を見ると、後の出願で追加した螺旋状の伸長部の実施例のものも含まれる点、のようです。
 個人的には、この解釈で問題ないと思います。すなわち、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲に基づいて判断しますが(特70条1項)、裁判では、70条2項にも明記されているように、明細書の記載および図面も考慮してその技術的範囲を定めています。
 つまり、請求項の文面が一字一句同じでも、明細書に開示された実施例が広範囲な特許と、その実施例が狭い特許とでは、権利解釈上は、その特許発明の技術的範囲が異なる、ということです。これは、訂正審判等において、1項や4項の制限があるものの、3項により明細書または図面の開示範囲内で訂正を認めている点からも裏付けられると思います。
 上記の場合であれば、第三者が螺旋状の伸長部を有するイ号を実施する限り、本件特許の侵害となりますが、例えば、第三者が螺旋状の伸長部を有する構造で特許を取得した場合には、本件特許権者も、螺旋状の伸長部を有する構造を実施する限り、第三者特許権を侵害することになるのです。
 これに対し、本件特許権者が、出願当初から螺旋状の伸長部を有する構造を実施例として開示していれば、第三者特許権を取得できないので侵害にはなりません。このような意味で、例え、請求項の文面が同じでも、明細書に開示された実施例の範囲が異なる場合、権利解釈上は、特許発明の技術的範囲(専用権の範囲となるのでしょうか?)が異なるものと、と考えます。