●平成23(ワ)27102 特許権侵害行為差止等請求事件「マルチアクセス

 本日は、『平成23(ワ)27102 特許権侵害行為差止等請求事件 特許権 民事訴訟「マルチアクセス方法」平成26年1月24日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140205101403.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害行為差止等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許請求の範囲に記載された用語の意義について原出願に係る明細書を参酌する点について参考になるかと思います。


 つまり、東京知裁(民事第40部 裁判長裁判官 東海林保、裁判官 今井弘晃、裁判官 足立拓人)は、


『2 争点(1)イ(構成要件Dの充足性)について

 本件の事案に鑑み,まず,被告各製品が,本件発明の構成要件Dを充足するか否かについて検討する。


(1) 「アクセス閾値」及び「アクセス閾値ビット」の意義

ア 特許請求の範囲の記載

 特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず,この場合,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載及び図面を考慮して解釈されなければならない特許法70条1項,2項)。


 そこで,本件発明における「アクセス閾値」及び「アクセス閾値ビット」の各用語の意義を検討するに当たって,まず,本件特許の特許請求の範囲の記載を検討するに,本件発明の構成要件Dは,「前記アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め,」というものであるところ,この「アクセス閾値」に関して,本件特許の特許請求の範囲には,移動局におけるアクセスクラス情報に基づく「検査」の結果によって,当該移動局のRACHへのアクセス権限がアクセス閾値の評価に依存して求められる場合があること(構成要件E),及び,この移動局におけるアクセス閾値評価をするために,アクセス閾値とランダム数又は擬似ランダム数とが比較されること(構成要件G)が記載されている。


 これらの記載及び「ある系に注目する反応をおこさせるとき必要な作用の大きさ・強度の最小値」(広辞苑第六版134頁)という「閾値」の用語の一般的な意味に照らせば,本件発明における「アクセス閾値」は,一つの移動局において,アクセス閾値の評価に依存してRACHへのアクセス権限が付与されるか否かが決定される場合に,そのアクセス権限が付与されるか,あるいは付与されないかを区分するための閾(しきい)となる値であって,本件発明2においては,その値は,ランダム数又は擬似ランダム数と比較されるものである,と認めることができる。


 他方,「アクセス閾値ビット」に関しては,本件特許の特許請求の範囲に,移動局が「ブロードキャストコントロールチャネルを介してアクセス閾値ビット・・・を受信」すること(構成要件C)及び「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ること(構成要件D)が記載されているから,本件発明における「アクセス閾値ビット」とは,BCCHを介して移動局に伝送されるビット形式で表現された値であって,当該移動局において,アクセス閾値という特定の値を求める際に用いられるものであると理解される。


 また,「アクセス閾値ビット」の「ビット」とは,一般的に,「二進数で情報を表現した時,そのある桁を表す0または1の数字。」(広辞苑第六版・2366頁)といわれているように,2進数で用いられる0又は1の数字を意味する用語と考えられるところ,BCCH上で伝送されるデータが2進数のビット形式で表現されることが技術常識であること(弁論の全趣旨)及び「アクセス閾値ビット」の用語が「アクセス閾値」と「ビット」を結合させた語であることに鑑みれば,「アクセス閾値ビット」とは,その用語自体から,「アクセス閾値」を,BCCHを介して伝送するために,2進数のビット形式に置き換えて表記したものであると解するのが最も自然であるということができる。


 もっとも,「アクセス閾値」と「アクセス閾値ビット」との関係については,本件特許の特許請求の範囲には,「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ること(構成要件D)が記載されているのみであるから,特許請求の範囲の記載からは,「アクセス閾値」が「アクセス閾値ビット」からどのように求められるのか,また,「アクセス閾値」と「アクセス閾値ビット」がどのような関係にあるのかについて,必ずしも一義的に明らかであるとはいえない。


イ 本件明細書等の記載


 ・・・省略・・・


ウ 分割出願に係る特許発明のクレーム解釈

(ア) 前記第2,2(2)イ記載のとおり,本件特許は,原出願(特願2000−604634)の出願人たる地位を承継した原告が,平成22年6月8日に,原出願を基に分割出願したものである。


 分割出願においては,分割出願に係る発明の技術的事項が原出願の特許請求の範囲,明細書又は図面に記載されていることを要し(特許法44条1項参照),分割出願において,原出願からみて新たな技術的事項を導入することは許されないのであるから,分割出願の特許請求の範囲の文言は,原出願の特許請求の範囲,明細書又は図面に記された事項の範囲外のものを含まないことを前提にしていると解するのが合理的であり,そうすると,分割出願の特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するにおいては,原出願及び分割出願の特許請求の範囲及び明細書等の全体を通じて統一的な意味に解釈すべきである。


 したがって,本件においても,本件発明の技術的範囲を確定するに当たっては,原出願に係る明細書である原出願翻訳文の記載についても参酌することが相当である。


(イ) 原出願翻訳文の内容


 ・・・省略・・・


 原出願翻訳文の「特許請求の範囲」及び「発明の利点」におけるこれらの記載に鑑みれば,原出願翻訳文に記載された発明において,「アクセス閾値」とは,加入者局にRACHへのアクセス権限をランダム分配するための閾となる値として,シグナリングチャネル(BCCHとして構成することができる。)を介して加入者局(移動局として構成することができる。)に対して伝送される値そのものであると解するのが相当である。


エ 検討


(ア) 上記ウのとおり,原出願翻訳文に記載された発明においては,「アクセス閾値」とは,BCCHを介して移動局に伝送される値そのものを意味すると解されるところ,このように解釈した場合,BCCHを介して伝送されるデータがビット形式で表記されていることが技術常識であることからすれば,その「アクセス閾値」の値は,BCCHを介して伝送するためにビット形式に置き換えられることになるが,そのように「アクセス閾値」の値を2進数表記に置き換えたビットを,「アクセス閾値ビット」と表現することは,「アクセス閾値ビット」との用語から通常把握される意義にも合致するということができる。


 また,本件明細書等及び原出願翻訳文における実施例の記載についても,「アクセス閾値ビットにより,アクセス閾値は2進符号化され」ることやアクセス閾値ビット「1000」からアクセス閾値「8」が得られるとの実施態様など,上記解釈に沿う記載がある一方で,上記解釈とは異なる実施形態を具体的に開示し,又は示唆する記載は見当たらない。


 そうすると,本件発明における「アクセス閾値」及び「アクセス閾値ビット」の各用語の意義については,「アクセス閾値」とはBCCHを介して伝送されて,移動局において閾値として用いられる特定の値であり,「アクセス閾値ビット」とは,そのアクセス閾値を,BCCHを介して伝送するためにビット形式で表記したものと解するのが相当である。


(イ) 「アクセス閾値」及び「アクセス閾値ビット」の技術的意義がそれぞれ上記のように解されることから,本件発明の構成要件Dの「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることは,移動局において閾値として用いられる特定の値が,基地局からBCCHを介して移動局に伝送される際にビット形式に置き換えられるところ,移動局において,このビット形式で表現されたデータ(アクセス閾値ビット)を受信して,このビット形式のデータから閾値となる上記の特定の値(アクセス閾値)を得ることを意味するものと解される。


 そうすると,例えば,ある特定の値(アクセス閾値)をビット形式に置き換えたデータ(アクセス閾値ビット)を受信した移動局が,そのビット形式のデータから元の値(アクセス閾値)を得ることは,構成要件Dの「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることに当たるが,その元の値を更に関数などに代入することによって算出される別の値は,それ自体がBCCHを介して伝送されたものでない以上,本件発明の「アクセス閾値」に当たるということはできないというべきであり,それゆえ,そのような別の値を求めることは,「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることには該当しないと解するのが相当である。』


 と判示されました。

 
 詳細は、本判決文を参照して下さい。