●平成24(ネ)10094 特許権侵害差止等請求控訴事件「パソコン等の器

 本日は、『平成24(ネ)10094 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「パソコン等の器具の盗難防止用連結具」平成25年6月6日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130610101956.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求控訴事件で、本件控訴が棄却された事案です。


 本件では、まず、機能的クレームの特許発明の技術的範囲の解釈が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 土肥章大、裁判官 田中芳樹、裁判官 荒井章光)は、


『当裁判所も,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり付加,訂正等するほかは,原判決の「事実及び理由」の第4の1以下に記載のとおりであるから,これを引用する。


 ・・・省略・・・


6原判決44頁本文8行目から45頁19行目の「しかしながら,」までを次のとおり改める。

「仮に前記の原告の主張を前提としても,本件各特許発明の「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」とのクレームのうち,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との機能的・抽象的な記載では,係合手段及び保持手段について,本件各特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものということはできない。


 このように,特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。


 しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。


 したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。


 ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。


 これを本件についてみると,「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。


 したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。


 これに対し,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームに対応する被告各製品の構成は,前記ウのとおり,主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかであって,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された主プレートと補助プレートの「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」を実現する構成とは,その構造が全く異なるものであって,当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできない。


 この点,控訴人は,複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であり,かかる慣用技術を踏まえれば,被告各製品の構成は,本件明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されている旨主張し,同主張に沿う書証として,甲14ないし18,20,22ないし29,30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。


 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」するとの技術が技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがないというべきである。加えて,」

 と判示されました。


 なお、上述の判示事項は、機能的クレームの特許発明の技術的範囲について判断を示した「磁気媒体リーダー事件」における判示事項と同じではないかと思います。