●平成24(ネ)10027 著作権侵害差止等請求控訴事件 著作権

 本日は、『平成24(ネ)10027 著作権侵害差止等請求控訴事件 著作権 民事訴訟 平成24年8月8日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120810141349.pdf)について取り上げます。


 本件は、著作権侵害差止等請求控訴事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、「魚の引き寄せ画面」に係る著作権及び著作者人格権の侵害の成否(争点1−1)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 高部眞規子、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、

『1 「魚の引き寄せ画面」に係る著作権及び著作者人格権の侵害の成否(争点1−1)について


(1) 翻案権及び同一性保持権について

 著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない著作物を創作する行為は,既存の著作物の翻案に当たらない最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。


 また,既存の著作物の著作者の意に反して,表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に変更,切除その他の改変を加えて,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを創作することは,著作権法20条2項に該当する場合を除き,同一性保持権の侵害に当たる著作権法20条,最高裁昭和51年(オ)第923号同55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁参照)。



(2) 認定事実

 第1審原告は,被告作品における「魚の引き寄せ画面」は,原告作品における「魚の引き寄せ画面」の翻案に当たる旨主張する。そして,第1審原告は,原告作品における「魚の引き寄せ画面」を原判決別紙比較対照表1の左欄記載の影像と特定し,被告作品における「魚の引き寄せ画面」を同表1の右欄記載の影像と特定して,著作権侵害を主張するのに対し,第1審被告らは,原判決別紙報告書(キャスティング・魚の引き寄せ影像)1(3)及び2(2)のとおり主張するところ,以下,両作品の「魚の引き寄せ画面」を対比する。



 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,書証には枝番を含む。以下同じ)。


 …省略…


(3) 翻案の成否

ア 原告作品と被告作品とは,いずれも携帯電話機向けに配信されるソーシャルネットワークシステムの釣りゲームであり,両作品の魚の引き寄せ画面は,水面より上の様子が画面から捨象され,水中のみが真横から水平方向に描かれている点,水中の画像には,画面のほぼ中央に,中心からほぼ等間隔である三重の同心円と,黒色の魚影及び釣り糸が描かれ,水中の画像の背景は,水の色を含め全体的に青色で,下方に岩陰が描かれている点,釣り針にかかった魚影は,水中全体を動き回るが,背景の画像は静止している点において,共通する。


しかしながら,そもそも,釣りゲームにおいて,まず,水中のみを描くことや,水中の画像に魚影,釣り糸及び岩陰を描くこと,水中の画像の配色が全体的に青色であることは,前記(2)ウのとおり,他の釣りゲームにも存在するものである上,実際の水中の影像と比較しても,ありふれた表現といわざるを得ない。


 次に,水中を真横から水平方向に描き,魚影が動き回る際にも背景の画像は静止していることは,原告作品の特徴の1つでもあるが,このような手法で水中の様子を描くこと自体は,アイデアというべきものである。


 また,三重の同心円を採用することは,従前の釣りゲームにはみられなかったものであるが,弓道,射撃及びダーツ等における同心円を釣りゲームに応用したものというべきものであって,釣りゲームに同心円を採用すること自体は,アイデアの範疇に属するものである。そして,同心円の態様は,いずれも画面のほぼ中央に描かれ,中心からほぼ等間隔の三重の同心円であるという点においては,共通するものの,両者の画面における水中の影像が占める部分が,原告作品では全体の約5分の3にすぎない横長の長方形で,そのために同心円が上下両端にややはみ出して接しており,大きさ等も変化がないのに対し,被告作品においては,水中の影像が画面全体のほぼ全部を占める略正方形で,大きさが変化する同心円が最大になった場合であっても両端に接することはなく,魚影が動き回っている間の同心円の大きさ,配色及び中央の円の部分の画像が変化するといった具体的表現において,相違する。


 しかも,原告作品における同心円の配色が,最も外側のドーナツ形状部分及び中心の円の部分には,水中を表現する青色よりも薄い色を用い,上記ドーナツ形状部分と中心の円部分の間の部分には,背景の水中画面がそのまま表示されているために,同心円が強調されているものではないのに対し,被告作品においては,放射状に仕切られた11個のパネルの,中心の円を除いた部分に,緑色と紫色が配色され,同心円の存在が強調されている点,同心円のパネルの配色部分の数及び場所も,魚の引き寄せ画面ごとに異なり,同一画面内でも変化する点,また,同心円の中心の円の部分は,コインが回転するような動きをし,緑色無地,銀色の背景に金色の釣り針,鮮やかな緑の背景に黄色の星マーク,金色の背景に銀色の銛,黒色の背景に赤字の×印の5種類に変化する点等において,相違する。そのため,原告作品及び被告作品ともに,「三重の同心円」が表示されるといっても,具体的表現が異なることから,これに接する者の印象は必ずしも同一のものとはいえない。


 さらに,黒色の魚影と釣り糸を表現している点についても,釣り上げに成功するまでの魚の姿を魚影で描き,釣り糸も描いているゲームは,前記(2)ウのとおり,従前から存在していたものであり,ありふれた表現というべきである。しかも,その具体的表現も,原告作品の魚影は魚を側面からみたものであるのに対し,被告作品の魚影は前面からみたものである点等において,異なる。


ウ 以上のとおり,抽象的にいえば,原告作品の魚の引き寄せ画面と被告作品の魚の引き寄せ画面とは,水面より上の様子が画面から捨象され,水中のみが真横から水平方向に描かれている点,水中の画像には,画面のほぼ中央に,中心からほぼ等間隔である三重の同心円と,黒色の魚影及び釣り糸が描かれ,水中の画像の背景は,水の色を含め全体的に青色で,下方に岩陰が描かれている点,釣り針にかかった魚影は,水中全体を動き回るが,背景の画像は静止している点において共通するとはいうものの,上記共通する部分は,表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分にすぎず,また,その具体的表現においても異なるものである。


 そして,原告作品の魚の引き寄せ画面と被告作品の魚の引き寄せ画面の全体について,同心円が表示された以降の画面をみても,被告作品においては,まず,水中が描かれる部分が,画面下の細い部分を除くほぼ全体を占める略正方形であって,横長の長方形である原告作品の水中が描かれた部分とは輪郭が異なり,そのため,同心円が占める大きさや位置関係が異なる。また,被告作品においては,同心円が両端に接することはない上,魚影が動き回っている間の同心円の大きさ,パネルの配色及び中心の円の部分の図柄が変化するため,同心円が画面の上下端に接して大きさ等が変わることもない原告作品のものとは異なる。さらに,被告作品において,引き寄せメーターの位置及び態様,魚影の描き方及び魚影と同心円との前後関係や,中央の円の部分に魚影がある際に決定キーを押すと,円の中心部分の表示に応じてアニメーションが表示され,その後の表示も異なってくるなどの点において,原告作品と相違するものである。その他,後記エ(カ)のとおり,同心円と魚影の位置関係に応じて決定キーを押した際の具体的表現においても相違する。なお,被告作品においては,同心円が表示される前に,水中の画面を魚影が移動する場面が存在する。


 以上のような原告作品の魚の引き寄せ画面との共通部分と相違部分の内容や創作性の有無又は程度に鑑みると,被告作品の魚の引き寄せ画面に接する者が,その全体から受ける印象を異にし,原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得できるということはできない。


エ 第1審原告の主張について


(ア) 第1審原告は,原告作品には,水中のみを画像として水中の真横から水平方向の視点で描き,視点が固定されている点に表現上の本質的な特徴がある旨主張する。


 しかしながら,前記のとおり,水中のみを描き,水平方向からの視点で水面及びその上を描写しない釣りゲームは,原告作品及び被告作品以外に少なくとも5作品は存在するのであるから(甲3),上記のように水中を描くことは,ありふれたものということができる。


(イ) 第1審原告は,原告作品は,中心からほぼ等間隔である三重の同心円が描かれ,同心円の中心が画面のほぼ中央に位置し,最も外側の円の大きさは,水中の画像の約半分を占める点において表現上の本質的な特徴がある旨主張する。


 上記のうち,三重の同心円を描くことは,従前の釣りゲームにおいて見られない特徴であり(甲3),被告作品においても,三重の同心円を採用したことから,第1審被告らは,この点につき原告作品からヒントを得たものであると推測される。


 しかしながら,釣りゲームに三重の同心円を採用することは,アイデアというべきものであり,同心円の具体的態様は,前記イのとおり,表現が異なる。よって,同心円を採用したことが共通することの一事をもって,表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとはいえない。なお,被告作品における同心円は,大きさが9段階に変化し,常に,水中の画像の約半分を占めるわけではない。


(ウ) 第1審原告は,原告作品には,背景の水中の色が全体的に薄暗い青で,水底の左右両端付近に同心円に沿うような形で岩陰があり,水草,他の生物,気泡等が描かれていない点において表現上の本質的な特徴がある旨主張する。


 しかし,釣りを描く上において,海や川の水の色が青系の色で表現されることや,水中の背景に岩陰を描くことは,ありふれた表現である(乙108,110)。しかも,原告作品の青色に比べ,被告作品の青色は,やや明るい色調であり,同一の青色を用いているわけではないし,両作品において岩陰の具体的な描き方及びその位置も必ずしも同一とはいえない。


(エ) 第1審原告は,原告作品は,魚の姿を黒色の魚影とし,魚の口から影像上部に伸びる黒い直線の糸の影を描いている点において表現上の本質的な特徴がある旨主張する。


 しかし,釣りゲームにおいて,魚や釣り糸を表現すること自体は,ありふれたものというべきである。そして,魚を具体的な魚の絵ではなく,魚影をもって表現すること自体は,アイデアの領域というべきものであるし,従前から,魚を魚影により表現したゲームも存在したものである(甲3,乙112)。しかも,原告作品における魚影は,円盤状の胴体と三角形の尾びれとの組合せにより側面からみた魚であるのに対し,被告作品における魚影は,尾びれ,背びれ及び胸びれを描いた前面からみた魚である点において,具体的表現は異なっている。なお,釣り糸についても,原告作品では,魚と連動して動くのに対し,被告作品では,魚の動きにかかわらず,釣り糸が常に画面左上に伸びている点においても,その具体的表現が異なる。


 …省略…


(キ) 第1審原告は,個々の要素がそれぞれバラバラでは表現上の創作性を有しない場合でも,複数の要素が全体として表現上の創作性を有することがあるから,一つのまとまりのある著作物を個々の構成部分に分解して,パーツに分けて創作性の有無や,アイデアか表現かを判断することは妥当ではないと主張する。


 しかしながら,著作物の創作的表現は,様々な創作的要素が集積して成り立っているものであるから,原告作品と被告作品の共通部分が表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを判断する際に,その構成要素を分析し,それぞれについて,表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを検討することは,有益であり,かつ必要なことであって,その上で,作品全体又は侵害が主張されている部分全体について,表現といえるか否か,また表現上の創作性を有するか否かを判断することは,正当な判断手法ということができる。


 本件において,魚の引き寄せ画面全体についてみると,被告作品においては原告作品にない画面やアニメーションの表示が存在することや,水中が描かれた部分の輪郭が異なり,そのため,同心円が占める大きさや位置関係が異なること,同心円の大きさ,配色及び中心の円の部分の図柄の変化,魚影の描き方及び魚影と同心円との前後関係等の具体的表現が異なっていることにより,これに接する者が魚の引き寄せ画面全体から受ける印象を異ならせるものである。


(ク) 第1審原告は,あくまで第1審原告が設定した枠内での対比をすべきであり,訴訟物の範囲外の,無関係の画面を持ち出すのは失当であると主張する。


 翻案権の侵害の成否が争われる訴訟において,著作権者である原告が,原告著作物の一部分が侵害されたと考える場合に,侵害されたと主張する部分を特定し,侵害したと主張するものと対比して主張立証すべきである。それがまとまりのある著作物といえる限り,当事者は,その範囲で侵害か非侵害かの主張立証を尽くす必要がある。


 しかし,本件において,第1審原告は,「魚の引き寄せ画面」についての翻案権侵害を主張するに際し,魚の引き寄せ画面は,同心円が表示された以降の画面をいい,魚の引き寄せ画面の冒頭の,同心円が現れる前に魚影が右から左へ移動し,更に画面奥に移動する等の画面は,これに含まれないと主張した上,被告作品の魚の引き寄せ画面に現に存在する,例えば,円の大きさやパネルの配色が変化することや,中央の円の部分に魚影がある際に決定キーを押すと,「必殺金縛り」,「確変」及び「一本釣りモード」などの表示がアニメーションとして表示される画面等を捨象して,原判決別紙比較対照表1における特定の画面のみを対比の対象として主張したものである。このように,著作権者が,まとまりのある著作物のうちから一部を捨象して特定の部分のみを対比の対象として主張した場合,相手方において,原判決別紙報告書(キャスティング・魚の引き寄せ影像)1(3)及び2(2)のとおり,まとまりのある著作物のうち捨象された部分を含めて対比したときには,表現上の本質的な特徴を直接感得することができないと主張立証することは,魚の引き寄せ画面の範囲内のものである限り,訴訟物の観点からそれが許されないと解すべき理由はない。


 なお,本件訴訟の訴訟物は,原告作品に係る著作権に基づく差止請求権等であって,第1審原告の「魚の引き寄せ画面」に関する主張は,それを基礎付ける攻撃方法の1つにすぎないから,第1審被告らの上記防御方法が,訴訟物の範囲外のものであるということはできない。仮に,本件訴訟の訴訟物が原告作品のうちの「魚の引き寄せ画面」に係る著作権に基づく差止請求権等であると解するとしても,第1審被告らの上記防御方法は,上記訴訟物の範囲外のものであるということはできない。


オ まとめ

 以上のとおり,被告作品の魚の引き寄せ画面は,アイデアなど表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において原告作品の魚の引き寄せ画面と同一性を有するにすぎないものというほかなく,これに接する者が原告作品の魚の引き寄せ画面の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないから,翻案に当たらない。


(4) 小括

 被告作品の魚の引き寄せ画面の表現から,原告作品の魚の引き寄せ画面の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできない。よって,第1審被告らが魚の引き寄せ画面を含む被告作品を製作したことが,第1審原告の原告作品に係る翻案権を侵害するものとはいえず,これを配信したことが,著作権法28条による公衆送信権を侵害するということもできない。また,同様に,第1審被告らが魚の引き寄せ画面を含む被告作品を製作したことが,第1審原告の原告作品に係る同一性保持権を侵害するということもできない。』

 と判示されました。