●平成22年(ネ)第10043号 特許権侵害差止請求控訴事件(要旨)

 本日は、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの要旨の認定について判断した知財高裁大合議事件の『平成22年(ネ)第10043号 特許権侵害差止請求控訴事件 平成24年1月27日』の判決の要旨について取り上げます。


 本事件の要旨が知財高裁のHPの(http://www.ip.courts.go.jp/documents/pdf/g_panel/10043.pdf)に掲載されており、次のような内容とのことです。


『○ いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲について,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在しない場合は,その技術的範囲は,クレームに記載された製造方法によって製造された物に限定されるとした事例


特許法104条の3に係る抗弁に関し,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの要旨の認定について,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在しない場合は,その発明の要旨は,クレームに記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるとした事例


(要旨)

 本件は,発明の名称を「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物」とする特許権(特許第3737801号)を有する控訴人が,被控訴人に対し,被告製品は控訴人の特許権を侵害するとして,被告製品の製造販売の差止め及び在庫品の廃棄を求めた事案である。


 本件特許権の特許請求の範囲請求項1(本件発明1)は,物の発明において特許請求の範囲に製造方法が記載されている形式(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)である。


 主な争点は,(1) 被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか,(2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか等であるが,特に,プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈が問題となった。


 原判決(東京地裁)は,上記争点(1)についてのみ判断し,物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されているときは,物の構成を記載することが困難であるなどの特段の事情があるときを除き,製造方法を除外して技術的範囲を解釈することはできず,被告製品の製造方法は本件発明1の製法要件を充足しないと判示して,控訴人の請求を棄却した。


 本判決は,プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲及び要旨認定方法に関し,下記のように判断し,本件特許の技術的範囲及び要旨認定は,本件特許の請求項1に記載された本件製法要件によって製造された物に限定されると判示した上,原判決は結論において正当であるとし,控訴を棄却した。


                         記

1 本件各発明の技術的範囲について

(1) 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について

特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,特許法70条は,その第1項で「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」とし,その第2項で「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」などと定めている。


 したがって,特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画しているものと解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないなどと解釈することになると,特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる。


 そうすると,本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。


 もっとも,本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした特許法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,特許法36条6項2号にも反しないと解される。


 そして,そのような事情が存在する場合には,その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる。


イところで,物の発明において,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合,このような形式のクレームは,広く「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と称されることもある。


 前記アで述べた観点に照らすならば,上記プロダクト・バイ・プロセス・クレームには,「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき」(本件では,このようなクレームを,便宜上「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)と,「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」(本件では,このようなクレームを,便宜上「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)の2種類があることになるから,これを区別して検討を加えることとする。


 そして,前記アによれば,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」と解釈されるのに対し,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈されることになる。


 また,特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと,物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,その記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすことができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である。


(2) 本件発明1には,上記「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情」は存在しないから,上記不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであると理解すべきであり,その技術的範囲は,本件製法要件によって製造された物に限定される。


(3) 被告製法は,本件発明1の製法要件のうち,工程a)を充足しない。以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は本件発明1の技術的範囲には属さないと認められる。


2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものかについて

 前記1で述べたことによると,一審被告たる被控訴人の製造販売する被告製品は本件発明1の技術的範囲に属しないことになるが,以下,念のため,一審被告たる被控訴人が抗弁として主張する「本件特許が特許無効審判により無効にされるべき」かについての判断も示すこととする。


(1) 発明の要旨の認定

 特許法104条の3は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定するが,特許法104条の3に係る抗弁の成否を判断する前提となる発明の要旨は,上記特許無効審判請求手続において特許庁(審判体)が把握すべき請求項の具体的内容と同様に認定されるべきである。


 すなわち,本件のように,「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている前記プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定については,前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により,? 発明の対象となる物の構成を,製造方法によることなく,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは,その発明の要旨は,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム),? 上記?のような事情が存在するといえないときは,その発明の要旨は,記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。この場合において,上記?のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これを上記?の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。


 上記の観点から本件を検討するに,本件特許には,上記?にいう不可能又は困難であるとの事情の存在が認められないことは前述のとおりであるから,特許無効審判請求における発明の要旨の認定に際しても,特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として,その手続を進めるべきものと解されるから,特許法104条の3に係る抗弁においても同様に解すべきである。


(2) 本件発明1は,乙30発明並びに乙1文献及び技術常識から本件優先日当時当業者が容易に発明することができたものと認められるから,特許法29条2項に違反してなされたものであり,特許無効審判において無効にされるべきものである。』