●平成22(行ケ)10402 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟(1)

本日は、『平成22(行ケ)10402 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「抗菌,抗ウィルス,及び抗真菌組成物,及びその製造方法」平成23年12月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120104101453.pdf)について取り上げます。


本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、取消事由1(新規事項の有無についての判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、


『ア 取消事由1(新規事項の有無についての判断の誤り)について

(ア) 本件補正(第2次補正)は,本願発明(第1次補正)における「・・・キノンからなる群から選択される酸化能力を有する試薬」との記載を「・・・酸化能力を有する試剤は,アズレンキノン,1,2−ジヒドロキノン,および1,4−ジヒドロキノンからなる群から選択され」との記載に訂正する内容を含んでいる。


 しかし,特許法にいう補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項),乙1文献によれば,「ジヒドロキノン」とは「ヒドロキノン」の2量体を意味するから,原告が本件補正において追加しようとした「1,2−ジヒドロキノン」及び「1,4−ジヒドロキノン」なる名称の化学物質が何を指すのか不明といわざるを得ないし,少なくともそのような名称を正しい名称とする化学物質が実在することを認めるに足りる的確な証拠はなく,このことは,原告が指摘する甲17文献及び甲18文献の前記記載によっても左右されない。そうすると,当業者(発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,このような名称を有する化学物質がいかなる化学構造を有する物質であるかを理解することができず,そもそも上記補正が当初明細書等に記載した事項の範囲内か否かを判断することができないので,上記補正は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものということはできない。


 したがって,「本件補正は,当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものとはいえないので,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない」との審決の判断に誤りはない。


(イ) この点に関し原告は,本願の当初明細書(甲1)の段落【0006】には,「・・・酸化能力を有する試剤の例は,これに限定するものではないが・・・アズレンキノン(azulenequinone)等のキノン,及び派生物である。」との記載があるところ,「1,2−ジヒドロキノン」や「1,4−ジヒドロキノン」はキノン類に属することは明らかであって,ヒドロキシル基がp位に位置する場合が「1,4−ジヒドロキノン」であり,ヒドロキシル基がo位に位置する場合が「1,2−ジヒドロキノン」であるから,「1,2−ジヒドロキノン」及び「1,4−ジヒドロキノン」は「キノン」のうちベンゼン環に結合するヒドロキシル基の位置を限定したにすぎず,特許請求の範囲の限定的減縮に相当するものである旨主張する。


 しかし,原告の上記主張を前提とすると,乙2文献によれば,原告が主張する「1,2−ジヒドロキノン」は「ピロカテコール」であり,「1,4−ジヒドロキノン」は「ヒドロキノン」であると理解されるが,甲14文献によると,「キノン」とは芳香族化合物のCH原子団二つをCO原子団に変え,さらに二重結合をキノイド構造にするのに必要なだけ動かしてできる化合物の総称であって,CO原子団をその化学構造中に有することを要件とするものであると認められるところ,「ピロカテコール」や「ヒドロキノン」はその構造中にCO原子団を含まないから,それらが「キノン」に属しないことは明らかである。


(ウ) また,原告は,「1,2−ジヒドロキノン」や「1,4−ジヒドロキノン」などの「ヒドロキノン」は容易に酸化されて「1,2−ベンゾキノン(オルソベンゾキノン)」や「1,4−ベンゾキノン(パラベンゾキノン)」などの「ベンゾキノン」に変化し,「ベンゾキノン」が還元されると「ヒドロキノン」に変化するという関係に鑑みれば,「ヒドロキノン」,すなわち「1,2−ジヒドロキノン」や「1,4−ジヒドロキノン」はキノン類に属することは明らかであるとも主張する。


 しかし,特許法17条の2第3項の「明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるというべきところ,当初明細書等の全ての記載を総合しても,本願補正発明の抗菌,抗ウイルス及び抗真菌組成物において,酸化能力を有する試剤である過酸化水素アズレンキノン等のキノンが,さらに酸化を受けた後に組成物中でその作用を発揮するということはできないので,当初明細書等に,酸化を受けて酸化能力を有する試剤に変換される物質を酸化能力を有する試剤に含めることが記載されているということはできない。


 したがって,「1,2−ジヒドロキノン」及び「1,4−ジヒドロキノン」が,酸化されて「1,2−ベンゾキノン」及び「1,4−ベンゾキノン」に変化することを根拠とする原告の上記主張を採用することはできない。』

 と判示されました。