●平成23(行ケ)10018 審決取消請求事件 特許権 行政訴「うっ血性

 本日は、『平成23(行ケ)10018 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」平成23年11月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111201105314.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、いわゆる進歩性の判断における顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 八木貴美子、裁判官 知野明)は、


『当裁判所は,訂正発明1における顕著な作用効果を考慮することなく,同発明が特許法29条2項に該当するとした審決には,誤りがあると判断する。その理由は,以下のとおりである。事案にかんがみ,取消事由4について判断する。


1 顕著な作用効果を看過した誤り(取消事由4)について

 当該発明が引用発明から容易想到であったか否かを判断するに当たっては,当該発明と引用発明とを対比して,当該発明の引用発明との相違点に係る構成を確定した上で,当業者において,引用発明及び他の公知発明とを組み合わせることによって,当該発明の引用発明との相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かによって判断する。相違点に係る構成に到達することが容易であったと判断するに当たっては,当該発明と引用発明それぞれにおいて,解決しようとした課題内容,課題解決方法など技術的特徴における共通性等の観点から検討されることが一般であり,共通性等が認められるような場合には,当該発明の容易想到性が肯定される場合が多いといえる。


 他方,引用発明と対比して,当該発明の作用・効果が,顕著である(同性質の効果が著しい)場合とか,特異である(異なる性質の効果が認められる)場合には,そのような作用・効果が顕著又は特異である点は,当該発明が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となり得ると解するのが相当である。

 
 以下,上記の観点から,検討する。


(1) 事実認定


 ・・・省略・・・


(2) 判断

 上記事実を基礎に,判断する。

ア 刊行物Aとの対比

 訂正発明1については,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性が67%減少する旨のデータが示されている。


 これに対し,刊行物Aには,カルベジロールは虚血性心不全である冠動脈疾患により引き起こされた心不全の患者の症状,運動耐容能,長期左心室機能を改善する点の示唆はあるものの,死亡率改善については何らの記載もない。また,刊行物Aには,カルベジロールを特発性拡張型心筋症により引き起こされた非虚血性心不全患者に対し,少なくとも3か月投与したところ,左心室収縮機能等の改善が認められたことが記載されているが,死亡率の低下について記載はない。


イ その他の公知文献との対比

 本願優先日前,β遮断薬のほかACE阻害薬にも心不全に対する有用性が認められていた,そして,ACE阻害薬及びβ遮断薬の死亡率減少に対する効果に関する報告をみると,?ACE阻害薬であるエナラプリルを駆出率が減少している慢性うっ血性心不全患者(虚血性と非虚血性を含む。)に投与したところ,死亡率のリスクが16%減少したこと(甲21の1文献),?重度うっ血性心不全(虚血性と非虚血性を含む。)の患者にエナラプリルを投与したところ,試験終了時点(20か月)までで,死亡率が27%減少したこと(甲27),?心筋梗塞を発症した左室機能不全患者にACE阻害薬であるカプトプリルを投与したところ,死亡率のリスクが19%減少したこと(甲21の2),?CIBIS試験では,β遮断薬であるビソプロロールを心不全患者(虚血性と非虚血性を含む。)に投与した場合の生存率の改善は実証されていないこと(甲20文献)が報告されている。


 上記のとおり,本願優先日前,β遮断薬による虚血性心不全患者の死亡率の低下については,統計上有意の差は認められていなかったと解される。また,本願優先日前に報告されていたACE阻害薬の投与による虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率の減少は16ないし27%にすぎず,また,虚血性心不全患者の死亡率の低下は19%にすぎなかった。したがって,訂正発明1の前記効果,すなわち,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより死亡率の危険性を67%減少させる効果は,ACE阻害薬を投与した場合と対比しても,顕著な優位性を示している。


ウ 虚血性心不全と非虚血性心不全の治療効果の差異

 虚血性心不全は冠動脈疾患を原因とする心不全であるのに対し,非虚血性心不全は冠動脈疾患以外の原因で発生する心不全であり,その発生原因が異なるため,生存率も異なり(虚血性心不全の方が非虚血性心不全より生存率が悪い。),薬剤投与の効果も異なるということが,本願優先日前の当業者の技術常識であったと認められる(甲6,37,38,40,41,45ないし47,51,52)。


 甲20文献には,CIBIS試験のサブ群分析によると,心筋梗塞症の既往のある症例では,プラセボ投与群とビソプロロール投与群との死亡率には有意差がなかったが,心筋梗塞症の既往のない症例では,プラセボ投与群の死亡率が22.5%であったのに対し,ビソプロロール投与群の死亡率が12%であり,心筋梗塞症の既往の有無による死亡率の差は有意である旨の示唆がなされており,これによると,虚血性心不全患者にビソプロロールを投与しても,非虚血性心不全患者に投与した場合と同様の死亡率減少効果は期待できない旨の示唆がなされていたといえる。本願優先日前に頒布された刊行物である甲50には,左室駆出分画が20%以下の虚血性又は特発性の拡張型心筋症患者にβ遮断薬であるメトプロロール又はプロプラノロールを投与したところ,統計上有意な差異とはいえないものの,平均駆出率が,虚血性心筋症の患者の場合は2.0倍に,特発性拡張型心筋症の患者の場合は2.4倍に増加したことが観察されたことが記載されており,また,本願優先日前に頒布された刊行物である甲51には,虚血性拡張型心筋症に起因する心不全を有する患者と特発性拡張型心筋症に起因する心不全を有する患者に対し,β遮断薬あるブシンドロールを投与したところ,被験者集団全体では,左室駆出文画,左室径,左室充満圧,1回仕事係数,症状評価スコア及び中心静脈内ノルエピネフリン濃度について有意な改善が認められたが,虚血性心筋症患者のサブグループでは,統計学的に有意な改善が認められたのは左室径のみであったことから,「β遮断薬の投与下では,心筋症の種類によって,程度の異なる治療効果が得られる可能性がある。」という結論が導かれたことが記載されている。


 以上によると,前記のとおり,ACE阻害薬の投与により虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率が16ないし27%減少したという報告がなされていたとしても,虚血性心不全患者に限った場合,同程度の死亡率減少効果が認められると予測し得るとはいえない。


エ 以上のとおり,訂正発明1の構成を採用したことによる効果(死亡率を減少させるとの効果)は,訂正発明1の顕著な効果であると解することができる。訂正発明1は,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性を67%減少させる効果を得ることができる発明であり,訂正発明1における死亡率の危険性を67%減少させるとの上記効果は,「カルベジロールを『非虚血性心不全患者』に少なくとも3か月間投与し,左心室収縮機能等を改善するという効果を奏する」との刊行物A発明からは,容易に想到することはできないと解すべきである。


オ 被告の主張に対して

 この点,被告は,訂正発明1に係る特許請求の範囲において,「死亡率の減少」という効果に係る臨界的意義と関連する構成が記載されておらず,訂正発明1は,薬剤の使用態様としては,この分野で従来行われてきた治療のための使用態様と差異がなく,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与することと明確には区別できないことから,死亡率の減少は単なる発見にすぎないことを理由に,訂正発明1が容易想到であるとした審決の判断に,違法はない旨主張する。


 しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。


 すなわち,特許法29条2項の容易想到性の有無の判断に当たって,特許請求の範囲に記載されていない限り,発明の作用,効果の顕著性等を考慮要素とすることが許されないものではない(この点は,例えば,遺伝子配列に係る発明の容易想到性の有無を判断するに当たって,特許請求の範囲には記載されず,発明の詳細な説明欄にのみ記載されている効果等を総合考慮することは,一般的に合理的な判断手法として許容されているところである。)。


 また,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与する例が従来から存在すること,及び「治療」目的と「死亡率減少」目的との間には,相互に共通する要素があり得ることは,原告主張に係る取消理由2の4に対する反論としては,成り立ち得ないではない。すなわち,「『死亡率の減少』との効果が存在することのみによって,直ちに当該発明が容易想到でないとはいえない」という限りにおいては,合理的な反論になり得るといえよう。しかし,被告の論旨は,原告主張に係る取消事由4(「死亡率の減少が予測を超えた顕著性を有する」)に対しては,有効な反論と評価することはできず,その点は,既に述べたとおりである。


2 結論

 以上のとおり,原告主張に係る取消事由4には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになるから,その余の点を判断するまでもなく,違法である。


 よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。』


 と判示されした。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。