●平成22(行ケ)10234 審決取消請求事件「無水石膏の製造方法及び無

 本日は、『平成22(行ケ)10234 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「無水石膏の製造方法及び無水石膏焼成システム」平成23年03月23日 知的財産高等裁判所(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110325111349.pdf)について取り上げます。


 本件は、無効審判の請求不成立の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、まず、取消事由1(本件訂正の適否に関する判断の誤り)において、ソルダーレジスト知財高裁大合議事件を引用して、明細書中に500℃という温度が明記されていない場合でも、請求項における『該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下に加熱しながら』の記載を,『該本体の内部で該石膏廃材を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら』とする訂正を認めた点で、参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、


『2 取消事由1(本件訂正の適否に関する判断の誤り)に対する判断

 審決は,本件訂正は願書等に記載されている事項の範囲内の訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもないから適法であるとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。


(1) 本件各発明の意義

ア 当初明細書(本件特許公報,甲10)には,次の記載がある。


(2) 本件訂正の内容

 平成22年1月22日付けでなされた本件訂正は,訂正事項aないしdを内容とするものであり,その内容は前記第3,1(3) のとおりである。


(3) 訂正事項aの適否について

ア 訂正事項aは,審決が認定するとおり,訂正事項(障ネ)ないし(障ル)(審決4頁17〜32行)を含むものであるが,(障ネ),(障ハ),(障ミ)及び(障ル)の訂正については当事者間に争いがないので,訂正事項a(ii)の適否について検討する。


イ(ア) 訂正事項a(ii)は,「『該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下に加熱しながら』とあるのを,『該本体の内部で該石膏廃材を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら』に訂正する。」というものである。


 当該訂正事項は,本体の内部での石膏廃材の加熱に関し,「該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下に加熱」とあるのを「該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱」というように温度の測定位置と設定温度の範囲を限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。


(イ) ところで,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず(特許法134条の2第5項,126条3項),また,上記規定中,「願書に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とは,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということができるというべきである(なお,平成6年改正前の特許法17条2項にいう「明細書又は図面に記載した事項」に関する知財高裁平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日特別部判決参照)。


 そして,上記明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明であれば,特段の事情がない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認めるのが相当である。


(ウ) そこで,訂正事項a(ii)が「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」でなされたか否かについて検討する。

a まず,訂正前の「該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下に加熱しながら」との事項は,本体内部における石膏廃材の加熱温度を330℃以上840℃以下という範囲に数値を限定するものであるところ,上記当初明細書の記載(本件特許公報,甲10)によれば,上記数値限定の意味は,原料としての石膏廃材粉末から?型無水石膏を生成するために必要とされる温度(330℃以上)を下限とし,石膏自体の分解温度(1000℃以上)や石膏廃材に混和剤として含有されるナフタレンスルホン酸基の分解温度(850℃以上)に加熱されることを避けるための温度(840℃以下)を上限とすることによって,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制するための数値限定であると認められる(段落【0011】参照)。したがって,上記数値限定事項は,本件各発明において,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制するという効果を奏するために「明細書又は図面によって開示された技術的事項」であると認められる。


 そこで,このような技術的事項を,訂正事項a(ii)の「該本体の内部で該石膏廃材を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」と訂正することが,上記技術的事項との関係において,「新たな技術的事項を導入しないものである」と認められるか否かが問題となる。


b ところで,本体内部の温度限定を「出口における粉粒体温度」と限定することは,本体内部の温度限定を上位概念と捉えれば,当初明細書等の実施例で記載されるとおり,本体内部に属する出口における粉粒体温度に限定するものにすぎず,もともと当初明細書等の実施例においては,【表2】において炉出口粉粒体温度で結果が表示されているように,本体内部の温度の特定は炉出口における粉粒体温度でなされていることを考慮すると,「出口における粉粒体温度」で限定することは,当初明細書等の記載から自明である技術的事項と認められるから,上記訂正をもって,「新たな技術的事項を導入しないもの」と認めるのが相当である。



c この点に関し,原告は,前記第3,1(5) ア(ア) aのとおり,当初明細書等には,炉の本体内部の温度が本体出口部の温度と実質的に同じとする記載は一切ないことや当初明細書等の段落【0030】の記載を根拠に,石膏廃材の加熱温度を本体内部で規定することと,炉本体出口の温度で規定することとは技術的な意味が異なると主張する。


 しかし,当初明細書等に記載された実施例においては,炉出口粉粒体温度が460℃になることを目標とした旨記載され(段落【0034】,【0035】),当初明細書等の【表2】には,実施例における「炉出口粉粒体温度(℃)」が,「460℃」(実施例1),「470℃」(実施例2),「450℃」(実施例3),「470℃」(実施例4)であったことが記載されていることから,本件各発明を具体的に実施する際には,炉出口(本体出口)での粉粒体温度によって設定温度を特定して運転条件を調整しているものと認められ,訂正前の「本体内部で・・・以下に加熱しながら」との記載も必ずしも炉出口以外の本体内部における最高温度領域の温度を測定することに限定していると解することはできないこと,当初明細書等に記載された実施例の加熱炉の炉出口とは,例えば,図3の記載によれば,「33 本体」から「23 製品排出管」に通じる「13d 開口部」として図示された箇所に相当すると認められるところ,本件各発明においては,その構造上当該箇所が「23 製品排出管」の中にあって外気に直接さらされる所ではないこと,石膏廃材Mは,噴出した燃焼ガスにより本体13の下部3aにおいて流動化し,燃焼ガスと熱交換し,熱交換が完了すると製品としての無水石膏Pに変化し,エアーランス14を介して導入されたコンプレッサ6からの圧縮空気Cにより流動化されて,開口部13dから製品排出管23を介して排出されること(段落【0030】)も考慮すれば,エアーランス14を介して導入されたコンプレッサ6からの圧縮空気Cによって,炉出口付近の石膏廃材の温度が多少低くなることを考慮しても,本体出口において測定される温度は,本体内部での加熱温度と実質的には変わらないとみることが可能であるから,新たな技術的事項を導入したものとはいえず,この点に関する原告の主張は採用することができない。


(エ) 次に「330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」と訂正する点について検討する。


a 訂正事項a(ii)の「・・・該石膏廃材を,・・・粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」という事項は,本体内部での石膏廃材の加熱に関し,粉粒体温度を330℃以上500℃以下になるように数値範囲を限定するものであるから,訂正前の数値限定の範囲の上限値を「840℃以下」から「500℃以下」に変更するものである。


 ところで,上記「500℃」という値は当初明細書等に明示的に表現されているものではない。そこで,上記「500℃」という値が,当初明細書等に記載された事項から自明であるといえるかどうかが問題となる。


 しかし,「500℃」という特定温度は,もともと訂正前の「330℃以上840℃以下」の温度の範囲内にある温度であるから,上記「500℃」という温度が当初明細書等に明示的に表現されていないとしても,硫黄酸化物の発生抑制のための温度として分解温度以下である以上他の温度と異なることはなく,実質的には記載されているに等しいと認められること,当初明細書等に記載された実施例においては,炉出口粉粒体温度が460℃になることを目標とした旨が記載され(段落【0034】,【0035】),当初明細書等の【表2】には,実施例における「炉出口粉粒体温度(℃)」が,「460℃」(実施例1),「470℃」(実施例2),「450℃」(実施例3),「470℃」(実施例4)であったことが記載されていることからすれば,具体例の温度自体にも開示に幅があるといえること,したがって,具体的に開示された数値に対して30℃ないし50℃高い数値である近接した500℃という温度を上限値として設定することも十分に考えられること,また,訂正後の上限値である「500℃」に臨界的意義が存しないことは当事者間に争いがないのであるから,訂正前の上限値である「840℃」よりも低い「500℃」に訂正することは,それによって,新たな臨界的意義を持たせるものでないことはもちろん,500℃付近に設定することで新たな技術的意義を持たせるものでもないといえるから,「500℃」という上限値は当初明細書等に記載された事項から自明な事項であって,新たな技術的事項を導入するものではないというべきである。


b この点に関し,原告は,前記第3,1(5) ア(ア) bのとおり,当初明細書等の記載によると,実施例1ないし4の炉出口粉粒体温度は目標値である460℃を中心に,上下に10℃の変動があることを示しているにすぎないにもかかわらず,審決の判断に基づくならば,炉出口粉粒体温度を460℃を目標として本体炉内で加熱する場合,「500℃」という測定値は,目標温度に対し少なくとも上方に40℃程度変動することもあり得る解釈となること,本件各発明の無水石膏の製造方法における石膏廃材を加熱焼成して?型無水石膏が得られる反応は発熱反応ではなく吸熱反応であり,外部から熱を加えて石膏廃材を処理する場合,通常,運転目標値に対して実測温度が目標値を中心に平均的に上下にばらつくか低くなる傾向を示すのであって,実測温度が若干高くなることが多くなるという技術的根拠はないから,運転目標値に対して実測温度が若干高くなることが多くなることを根拠とした「500℃」の訂正は,特許明細書等の記載事項に新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。


 しかし,新たな技術的事項を導入しないものか否かを判断するに際しては,「500℃」という特定の温度が当初明細書等を総合した場合に自明といえるか否かが問題となるのであって,本件各発明においては,もともと「500℃」という特定の温度には何ら技術的意義はないのであるから,「500℃」という特定の温度が当初明細書等に記載された実施例の目標温度や実測値と比較して多少高めの温度であったとしても,臨界的意義はもちろん技術的意義の面でも実質的な差はない当初明細書等の「330℃以上840℃以下」という数値の範囲内である限り,「500℃」の訂正は,特許明細書等の記載事項に新たな技術的事項を導入するものとはいえないというべきであり,この点に関する原告の主張は採用することができない。


(オ) 小括

 以上のとおり,訂正事項a(ii)は,当初明細書等に記載した事項の範囲内であって,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものと認めることはできない。』


 と判示されました。


 本事件より、ソルダーレジスト知財高裁大合議事件の新規事項追加の判断基準は、「除くクレーム」の補正だけでなく、請求項に用語を追加する限定補正の場合でも適用されることがわかります。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。