●平成20(ワ)22178 特許権承継対価請求事件 特許権 民事訴訟

 本日は、『平成20(ワ)22178 特許権承継対価請求事件 特許権 民事訴訟 平成23年01月28日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110216103651.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権承継対価請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、相当の対価額の算定方法についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第46部 裁判長裁判官 大鷹一郎、裁判官 大西勝滋、裁判官 上田真史)は、


『1 相当の対価額の算定方法について

(1) 原告らは,被告は,本件各発明の実施品である熱交換器(本件熱交換器)を用いたエアコン(本件エアコン)を製造販売し,本件各発明について,他社に実施許諾をせずに,自社で独占実施(自己実施)してきたところ,被告の本件エアコンの売上高のうち,本件熱交換器に係る部分には,被告が法定通常実施権(特許法35条1項)に基づく実施を超えて本件各特許権に基づいて独占的に売り上げることができた超過売上高が含まれており,その超過売上高に係る実施料相当分(想定実施料)が,「独占の利益」すなわち特許法旧35条4項所定の「発明により使用者等が受けるべき利益」に当たるといえるから,特許法旧35条3項,4項の規定に従って定められる本件各発明に係る相当の対価は,(本件エアコンの売上総額)×(本件エアコンにおける本件各発明の寄与度)×(超過売上高の割合)×(想定実施料率)×(1−被告の貢献度)の算定式(原告算定式)によって算定すべきである旨主張する。


 そこで検討するに,特許法旧35条3項は,「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定し,同条4項は,「前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定している。


 これらの規定によれば,特許法旧35条3項の相当の対価の額は,同条4項の趣旨・内容に合致するものでなければならないというべきであるから,勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。


 ところで,特許法旧35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益」は,使用者等が「受けた利益」そのものではなく,「受けるべき利益」であるから,使用者等が職務発明についての特許を受ける権利を承継した時に客観的に見込まれる利益をいうものと解されるところ,使用者等は,特許を受ける権利を承継せずに,従業者等が特許を受けた場合であっても,その特許権について特許法35条1項に基づく無償の通常実施権を有することに照らすと,「発明により使用者等が受けるべき利益」には,このような法定通常実施権を行使し得ることにより受けられる利益は含まず,使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継し,当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することによって受けることが客観的に見込まれる利益,すなわち「独占の利益」をいうものと解される。


 また,特許を受ける権利の承継の時点では,将来特許を受けることができるかどうか自体が不確実であり,その発明により将来いかなる利益を得ることができるのかを具体的に予測することは困難であることなどに照らすと,発明の実施又は実施許諾による使用者等の利益の有無やその額など,特許を受ける権利の承継後の事情についても,その承継の時点において客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とすることができると解される。


 そして,使用者等が,第三者に当該発明を実施許諾することなく,自ら実施(自己実施)している場合には,特許権が存在することにより,第三者に当該発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が得ることができた利益,すなわち,特許権に基づく第三者に対する禁止権の効果として,使用者等の自己実施による売上高のうち,当該特許権を使用者等に承継させずに,自ら特許を受けた従業者等が第三者に当該発明を実施許諾していたと想定した場合に予想される使用者等の売上高を超える分(「超過売上高」)について得ることができたものと見込まれる利益(「超過利益」)が「独占の利益」に該当するものというべきである。


 この「超過利益」の額は,従業者等が第三者に当該発明の実施許諾をしていたと想定した場合に得られる実施料相当額を下回るものではないと考えられるので,超過利益を超過売上高に当該実施料率(仮想実施料率)を乗じて算定する方法にも合理性があるものと解される。


 したがって,本件においては,原告らが主張するように,超過売上高を認定し,その部分に係る利益(独占の利益)をもって「その発明により使用者等が受けるべき利益」とし,これと被告の貢献の程度(「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度)を考慮して相当の対価の額を認定することは許されるものと解される。


(2)アこれに対し被告は,被告規程は,特許法旧35条4項に規定する考慮要素を踏まえて定められ,長年にわたって,特許法旧35条の対価の支払のために運用されてきたものであって,企業の実情に即した相応の合理性を有していることなどを根拠として挙げて,原告らにおいて本件各発明について被告規程を適用することが不合理とする特段の事情を示さない限り,被告に対し,被告が被告規程に基づいて原告ら3名に支払った報償金を上回る額を特許法旧35条の相当の対価として請求することはできない旨主張する。


 しかし,?被告規程は,特許法旧35条3項の「契約,勤務規則その他の定」にいう「勤務規則の定」に当たるが(争いがない。),被告規程が策定及び改正された具体的な経過については明らかではなく,被告とその従業者側との間で協議がされ,その協議の結果が被告規程において考慮されているのか証拠上定かでないこと,?本件各出願の出願時に効力を有する被告規程(乙1の1)においては,実施報償は,●(省略)●,これが上限額になっているものと認められること,?本件各特許権の設定登録時に効力を有する平成9年改正被告規程(乙1の4)においては,実施報償は,●(省略)●(前記第2の1(3)イ(イ)),これらが上限額となっていることが認められること,?もっとも,平成9年改正被告規程においては,●(省略)●とされていること,?被告が本件各発明に係る実施報償金の額を定めるに当たり,原告ら3名から事前の意見聴取をした形跡はうかがわれないことなどに鑑みると,被告が主張するように被告規程が様々な要素を考慮した合理性を持つ定めであるといえるとしても,その具体的適用においては●(省略)●の広範な裁量に委ねられ,しかも,上限額が上記の金額であることからすると,被告が被告規程に基づいて具体的に支給した金額であるからといってそれが直ちに特許法旧35条4項の規定の趣旨に合致した相当の対価の額に当たるものということはできず,それが相当の対価の額に当たるかどうかについては上記支給した金額についての個別的な検討が必要となるものと解される。


したがって,被告の上記主張は,採用することができない。


イまた,被告は,原告算定式によって本件各発明に係る相当の対価の額が算定されることになると,本件においては,「超過売上げ」あるいは「独占の利益」は発生していないから,相当な対価はゼロとなり,被告が原告ら3名に対して被告規程に基づいて報償金を支払ったのは,特許法旧35条によれば必要のない支払であったことになり,原告算定式によって特許法旧35条の相当の対価を算定することは,現実から遊離したものであって,妥当でない旨主張する。


 しかし,本件においては,あくまで原告らが主張する本件各発明に係る相当の対価の不足額の存否を判断するものであって,その判断あるいはその判断の理由如何によって,被告が被告規程に基づいて原告ら3名に既に支払った対価(報償金)が法律上の原因を欠くことになるなどの事態が生じるものではないというべきであり,被告の上記主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。


 そこで,以下においては,まず,被告の「独占の利益」の有無について判断することとする。』


 と判示されました。


 なお、本件中で引用している最高裁事件は、

●『平成13(受)1256 補償金請求事件 特許権 民事訴訟職務発明事件」平成15年04月22日 最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120712615686.pdf

 です。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。