●平成22(行ケ)10163 審決取消請求事件 特許権「経管栄養剤」

 本日は、『平成22(行ケ)10163 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「経管栄養剤」平成22年12月22日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101224115555.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、進歩性の判断における「刊行物に記載された発明」についての解釈と、進歩性の判断の際、出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によって認定できるか否かについての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 高部眞規子、裁判官 井 上泰人)は、


『2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について

(1) 「刊行物に記載された発明」について

 特許法29条2項は,特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が,同条1項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明は,特許を受けることができない旨を規定している。


 そして,発明が技術的思想の創作であることからすると(特許法2条1項),特許を受けようとする発明が同条1項3号にいう特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」に基づいて容易に発明をすることができたか否かは,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それをもって足りると解するのが相当である。


 これを,特許を受けようとする発明が物の発明である場合についてみると,特許を受けようとする発明と対比される同条1項3号にいう刊行物の記載としては,その物の構成が,特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが,当業者が,当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて,その物ないしその物と同一性のある構成の物を入手することが可能であれば,必ずしも,当該刊行物にその物の性状が具体的に開示されている必要はなく,それをもって足りるというべきである。


(2) 引用発明の粘度について

ア引用例1には,次の記載がある(甲1)。

(ア) 既往歴:40才代に不整脈を指摘されていた。1995年食道癌にてA大学附属病院で食道亜全摘術(頚部食道胃吻合)を受けた。

(イ) 経過:2001年2月14日残胃にPEG施行。2月20日より胃瘻から液体の注腸栄養剤の注入を開始したが体動時や訓練時に嘔吐を繰り返した。3月5日より胃瘻から半固形状食品®テルミールソフトを注入したところ嘔吐はみられなくなり栄養は改善され体重は3ヶ月で7kg増加した。


(ウ) 考察:胃食道逆流でトラブルの起こる胃瘻患者に半固形状食品の有効性が示唆された。


イ上記の記載によると,引用例1には,胃瘻から注入する半固形状食品の「®テルミールソフト」が記載されていることが認められる。また,「®テルミールソフト」は,本件出願前からテルモ株式会社が販売する栄養剤であるところ,引用例1に記載されている上記テルミールソフトと同じ製品がテルモ株式会社により販売され,容易に入手可能であったものと認められる(甲6,弁論の全趣旨)。


 そうすると,刊行物である引用例1には,胃瘻から注入する半固形状食品の「®テルミールソフト」の発明が記載されているということができる。


ウそして,本願出願後に頒布されたものであることに争いのない刊行物D(甲17)には,「®テルミールソフト」が20℃で20000ミリパスカル秒の粘度であることが記載されている。この事実に弁論の全趣旨を総合すれば,本願出願時においても,同一商品名で販売されていた「®テルミールソフト」が,本願発明の粘度範囲である1000〜60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できる。


エ原告らは,本件審決が,本願出願後に頒布された刊行物D(甲17)に基づいて,引用例1記載の「®テルミールソフト」の粘度を認定したことは誤りであると主張する。


 しかしながら,発明の進歩性の有無を判断するに当たり,上記出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によって認定し,これにより上記進歩性の有無を判断しても,そのこと自体は,特許法29条2項の規定に反するものではない最高裁昭和51年(行ツ)第9号同年4月30日第二小法廷判決・判例タイムズ360号148頁参照)。


 よって,本願発明の進歩性の有無を判断するにあたって,引用発明である「®テルミールソフト」が持つ粘度を認定するために,本願出願後に頒布された刊行物Dを参酌したことは,特許法29条2項に反するものではない。


オ以上のとおり,引用発明に係る「®テルミールソフト」は,本願発明の粘度範囲である1000〜60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できるから,相違点1について,実質的に相違するものではないとした本件審決の判断に誤りはない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。