●平成21(ワ)5717 損害賠償請求事件 特許権「文書作成システム」

 本日は、『平成21(ワ)5717 損害賠償請求事件 特許権「文書作成システム」平成22年10月15日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101022150732.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権の損害賠償請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、争点(1)(構成要件B,C,Dの充足)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第40部 裁判長裁判官 岡本岳、裁判官 坂本康博、裁判官 寺田利彦)は、


『1 争点(1)(構成要件B,C,Dの充足)について

(1) 本件特許発明の「文法辞書」について

 本件特許の特許請求の範囲には,「文法辞書」の用語は,構成要件Bにおいて「仮名漢字変換装置部(1)は,文法辞書(12)と,仮名漢字変換部(11)とを有し」と,構成要件Cにおいて「文法辞書(12)は,現代仮名遣いの文法規則並びに歴史的仮名遣いの文法規則及び各仮名遣いに対する漢字候補を統合的に登録してあり」と,構成要件Dにおいて「仮名漢字変換部(11)は,仮名入力手段(10)から入力された文字列を,文法辞書(12)を参照して仮名漢字変換して仮名漢字混じり文字列として出力」すると記載されている。


 したがって,本件特許発明の「文法辞書」とは,上記4つの内容(現代仮名遣いの文法規則,現代仮名遣いに対する漢字候補,歴史的仮名遣いの文法規則及び歴史的仮名遣いに対する漢字候補)を「統合的に登録」(その意味については,後記(2)で検討する。)し,仮名漢字変換部によって「参照」されるものである。そして,本件特許発明は「仮名漢字変換する文書作成システムとして普及しているワードプロセッサ,日本語文書作成ソフトウェア搭載のパーソナルコンピュータ」(本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0003】)に係る技術分野に関するものであり,本件特許出願当時において,「辞書」とは,「ワード-プロセッサー・自動翻訳システムにおいて,漢字・熟語・文法などを登録してあるファイル」(乙38)を意味していたことからすると,本件特許発明のように仮名漢字変換をする文書作成システムの技術分野における「文法辞書」は,「ファイル」であると解される。


 この点について,本件明細書には「文法辞書」の意味や具体例の記載は認められないが,発明の詳細な説明の段落【0020】〜【0021】の「仮名漢字変換装置部1及び正字体変換装置部2は単一の,又は各別のコンピュータによって作成される。仮名漢字変換装置部1は,原稿を仮名入力するキーボード10に接続されており,キーボード10で入力された仮名文字列を仮名漢字混じり文字列に変換する仮名漢字変換部11と,現代仮名遣いの文法規則及び歴史的仮名遣いの文法規則,並びにそれぞれの仮名遣いの読みに対応する常用漢字候補,さらには入力確度が高い「てふてふ」及び歴史的仮名遣いのみの表記も予想される「にほふ」「きはめる」等の字音に対応する常用漢字候補が統合的に登録されている文法辞書12を備えており」との記載からすると,仮名漢字変換装置部はコンピュータによって作成され,その仮名漢字変換装置部に文法辞書が備えられていることが認められ,コンピュータはファイルを扱うものであるから,本件明細書の記載は,文法辞書がファイルであるという上記解釈と整合する。また,本件明細書の「文法辞書12に,現代仮名遣いの文法規則に加えて登録する歴史的仮名遣いの文法規則を具体的に説明する」(段落【0024】)との記載も,文法辞書が追加的な登録が可能である「ファイル」の形式で存在するという上記解釈と整合するものである。


 したがって,本件特許発明における「文法辞書」とは,現代仮名遣いの文法規則並びに歴史的仮名遣いの文法規則及び各仮名遣いに対する漢字候補を統合的に登録した「ファイル」であって,仮名漢字変換部によって参照されるものであると解される。


(2) 本件特許発明の「統合的に登録」の意味

 「統合」とは,2つ以上のものを1つに統べ合わせること(広辞苑第4版)を意味するが,構成要件Cの「統合的に登録」がどのように統べ合わせることを意味するのかは一義的に明確ではない。


 本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明はこのような問題点を解決するためになされたものであって,現代仮名遣いの文法に加えて歴史的仮名遣いの文法を統合して辞書に格納することにより,原文の仮名表記どおりに入力された仮名文を,原文と同じ現代仮名遣い又は歴史的仮名遣いの仮名漢字混じり文に変換する文書作成システムの提供を目的とする。」(段落【0013】)との記載がある。


 そして,【発明が解決しようとする課題】として,「新字体旧字体の字体別の漢字候補を辞書に登録しておき,仮名漢字変換後の文書の字体を設定する手段により設定された字体に対応する漢字候補を辞書の中から選別し,選別された漢字候補の中からオペレータが所望の漢字を選択できる文書作成システム」は「歴史的仮名遣いの原文の仮名漢字変換は不可能である」こと(段落【0008】),「現代口語表現で入力された原文を文語表現,古語表現による旧表現の文体に変換する文体変換手段を設けた文書作成システム」は「旧表現で書かれている原稿をオペレータは現代の口語表現に読み替えて仮名入力しなければならない」こと(段落【0010】),「口語用,文語用の2種類の辞書を切り換えて使用する切り換え手段を設け,口語文,文語文,又はこれらの混淆文を作成する文書作成システム」は「歴史的仮名遣いの口語文を作成することはできない」こと(段落【0011】),「入力された仮名文を現代仮名遣いで文法解析できない場合に旧仮名遣いと判定し,入力された仮名文を現代仮名遣いに変換して再度仮名漢字変換を行う文書作成システム」は「現代仮名遣いの文法で解析できない場合に初めて歴史的仮名遣いと認識するので,歴史的仮名遣いの原文が現代仮名遣いの文法で誤って解析されてしまった場合に誤った変換が行われる」こと(段落【0012】)が記載され,これらの文書作成システムでは,現代仮名遣い又は歴史的仮名遣いで入力された原文を同様に変換してそれぞれの仮名漢字混じり文に変換することができないことが認められる。


 これに対し,本件特許発明は「このような問題点を解決するために…現代仮名遣いの文法に加えて歴史的仮名遣いの文法を統合して辞書に格納することにより,原文の仮名表記どおりに入力された仮名文を,原文と同じ現代仮名遣い又は歴史的仮名遣いの仮名漢字混じり文に変換する」(段落【0013】)ものであって,現代仮名遣い又は歴史的仮名遣いで入力された仮名文を同様に変換できるようにするという課題を解決するために「統合的に登録」するものであるから,構成要件Cの「統合的に登録」とは,現代仮名遣い又は歴史的仮名遣いで入力された仮名文を変換するに当たって,現代仮名遣いの文法規則並びに歴史的仮名遣いの文法規則及び各仮名遣いに対する漢字候補を同様に参照して変換できるように登録することを意味すると解される。


(3) 被告装置の構成

 被告装置においては,キーボードからローマ字が入力されると,その読み(例えば,「わらふ」)に基づく辞書検索が行われ,登録された単語(例えば,「笑」)が辞書群から検索される。そして,検索された単語につき登録されている品詞コードに基づき,対応する活用の内容(例えば,ハ行4段活用の動詞が「は・ひ・ふ・ふ・へ・へ」の語尾を伴い,「笑ふ」,「笑へば」というように活用されること。)が参照され,入力された仮名(「わらふ」の場合は「ふ」)が当該単語を活用した結果の活用語尾として適切であれば,単語に活用語尾を付した文節(「笑ふ」)が生成される。(乙13,16,39,弁論の全趣旨)


 上記活用の内容として参照されるデータが「活用語尾テーブル」と「付属語テーブル」であり(乙16),「活用語尾テーブル」は,例えば,ワ行5段活用,ハ行4段活用といった現代仮名遣い及び歴史的仮名遣いに係る動詞が採り得る活用語尾の情報を含むものである。「活用語尾テーブル」と「付属語テーブル」は,「ATOK21W.IME」というファイル(ファイルα)に格納されており,ファイルαは被告製品の漢字変換エンジンに相当するものであるとともに,DLL(動的リンクライブラリ)ファイルであって,アプリケーションの起動時にメインメモリ上にロードされ,その終了までメインメモリ上に展開されたまま動作するものである。


 したがって,ファイルα内に格納されている「活用語尾テーブル」及び「付属語テーブル」は,アプリケーションの起動時にメインメモリ上にロードされ,その終了までメインメモリ上に展開されたまま動作するものと認められる。(乙16,33〜35)。


 また,被告製品の辞書群を構成する各辞書には,登録された各単語ごとに「単語(動詞であれば語幹)」,「読み」,「品詞の属性を特定する識別子(品詞コード)」が登録されており,辞書群は,「ATOK21.DIC」等,ファイルαの外部に存在するファイル(ファイルγ)である。仮名漢字変換処理の過程において,当該辞書ファイルはメインメモリ上にロードされておらず,検索の結果,使用可能な部分がメインメモリ上に展開され文節生成が行われる。(乙39,弁論の全趣旨)。


(4) 属否の判断

 以上に認定した事実によれば,被告装置においては,活用語尾を付した文節を生成するためには,読み,単語,品詞コード,活用語尾テーブルを参照する必要があるが,品詞の活用の具体的な内容を特定するためには品詞コードと活用語尾テーブルが必要であることから,品詞コードと活用語尾テーブルを併せたものが「現代仮名遣いの文法規則並びに歴史的仮名遣いの文法規則」に当たると認められる。


 また,ファイルα(ATOK21W.IME)はアプリケーションの起動時にメインメモリ上にロードされ,メインメモリ上に展開されたまま動作するため,ファイルα内に格納された「活用語尾テーブル」は,仮名漢字変換に当たり参照される際にはメインメモリ上に展開されおり,ファイルとして存在するものとは認められない。


 他方で,ファイルγ(辞書群ファイル)は,メインメモリ上にロードされておらず,検索の結果,使用可能な部分のみがメインメモリ上に展開され文節生成が行われるのであるから「品詞コード」は,仮名漢字変換部によりファイルとして参照されるものと認められる。


 (1)で説示したように,本件特許発明における「文法辞書」とは,現代仮名遣いの文法規則並びに歴史的仮名遣いの文法規則及び各仮名遣いに対する漢字候補を統合的に登録した「ファイル」であり,「ファイル」として仮名漢字変換部によって参照されるものであるが,被告装置における文法辞書の一部である「活用語尾テーブル」は,ファイルα(ATOK21W.IME)に格納されているデータではあるものの,仮名漢字変換に当たり参照される際にはメインメモリ上に展開されており,「ファイル」として存在するものではないため,被告装置の仮名漢字変換部は,「ファイル」としての「文法辞書」を参照するものと認めることはできない。


 そうすると,被告装置は,本件特許発明の構成要件B〜Dの上記「『ファイル』として仮名漢字変換部によって参照される」「文法辞書」の構成を有しないものであるから,上記構成要件を充足するものとは認められない。


 原告は,ファイルとはOSにおけるデータの管理単位であるが,本件明細書においてはファイル及びOSについて一切言及していないから,本件特許発明の「文法辞書」の解釈を,OSレベルの管理単位であるファイルに準拠して行うことはできないと主張する。


 しかし,本件特許出願当時の特許法施行規則24条は,「願書に添附すべき明細書は,様式第29により作成しなければならない。」と定め,様式第29の備考8は,「用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用する。ただし,特定の意味で使用しようとする場合において,その意味を定義して使用するときは,この限りでない。」と定めていたのであるから,明細書に用語の定義がない場合は,用語はその有する普通の意味で理解すべきことになる。


 そうすると,上記(1)で説示したように,本件特許発明は,「仮名漢字変換する文書作成システムとして普及しているワードプロセッサ,日本語文書作成ソフトウェア搭載のパーソナルコンピュータ」(本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0003】)に係る技術分野に関するものであり,本件特許出願当時において,「辞書」とは,「ワード-プロセッサー・自動翻訳システムにおいて,漢字・熟語・文法などを登録してあるファイル」を意味していたのであるから,本件特許発明における「文法辞書」は「ファイル」であると解すべきであって,原告の主張を採用することはできない。


(5) 以上検討したところによれば,被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属するということはできないから,被告製品を製造,販売する行為が本件特許権の間接侵害(特許法101条2号)に該当するということはできない。


2 結論

 よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。