●平成21(行ケ)10361審決取消請求事件 特許権「耐油汚れの評価方法

 本日は、『平成21(行ケ)10361 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「耐油汚れの評価方法」平成22年05月27日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100527145701.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取り消しを求めた審決取り消し訴訟で、その請求が認容され、拒絶審決が取り消された事案です。


 本件では、進歩性の容易想到性判断の誤りについて判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 大須賀滋)は、


『1 取消事由2(相違点(い)に係る容易想到性判断の誤り)について

 当裁判所は,審決が,相違点(い)について,引用刊行物A,C等に基づいて容易に想到することができたとした点には,誤りがあると判断する。すなわち,審決は,?本願発明と引用刊行物A記載の発明とは,本願発明において,擬似油汚れを被評価物の表面に滴下した後,乾燥工程を経由することなく,水を被評価物の表面に滴下しているのに対して,引用発明においては,流下水を滴下した後,乾燥工程を経由している点で相違すると認定した上,?同相違点に係る本願発明の構成は,引用刊行物Cに,乾燥することなく直ちに水洗して試料の汚れの付着の影響を評価する技術事項が記載されているから,本願発明に到達することができる旨の判断をする。


 しかし,本願発明は,引用刊行物Aと解決課題や発明の技術思想において異なるものであり,これに,同様に本願発明と解決課題や発明の技術思想の異なる引用刊行物Cの技術事項の一部を適用して本願発明に到達することはないと解すべきである。その理由は,以下のとおりである。


 ・・・省略・・・


・ 判断

ア 本願発明及び各引用発明の解決課題及び解決方法

・ 本願発明は,水回り製品において,耐油汚れの評価をするに際して,従来は,高価な試験装置が必要となり,また測定のために多くの時間と労力が必要であったことから,耐油汚れの評価のための時間,労力,価格を抑えることを解決課題とした耐油汚れの評価方法に関する発明である。上記目的に沿って,本願発明は,前記第2の2のとおりの構成を採用している。その概要は,?被評価物を傾斜して固定し,?特定量の擬似油汚れを滴下し,?特定量の水を特定の高さから滴下し,?擬似油汚れの残留状態によって被評価物の耐油汚れ性能を評価することからなる。耐油汚れ性能を評価するためには,擬似油汚れが被評価物に付着すること(本願発明の場合は滴下されることにより付着すること)が必要となるが,本願発明は,特定量の擬似油汚れを滴下することにより初期値を設定し,乾燥させる等の工程は省いている。要するに,本願発明は,耐油汚れにおける評価試験において,信頼性・実用性が担保される範囲内で,できる限り時間,労力,価格を抑えることを目的として,手順を簡略化しようとする発明である。乾燥工程を省いていることは,滴下した擬似油汚れの初期状態をそのままの状態で評価の一要素として用いるために必要であるとの技術的意味があり,上記課題を解決するための特徴的な構成の1つであるといえる。


・ これに対して,引用刊行物A記載の発明は,基材上に光半導体を含有する表面層を形成し,この表面層の最表面の表面平均粗さ(Ra)を1μm以上とすることを特徴とする基材が親水性及び防汚性を発揮するという発明に係る特許公報における発明の詳細な説明中,実施例を評価した経過を説明した部分を抽出したものである。引用刊行物Aには,上記発明に係る実施例における効果(親水性及び防汚性)を確認・評価する方法として,基材上に光半導体を含有するなどの処理を施した表面層について実施された試験の内容について,以下のとおり説明されている。すなわち,?45°に傾斜した試料の上端に流下水を150ml滴下し,15分乾燥させる,?その後,蒸留水を150ml滴下し,15分乾燥させる,?上記サイクルを1サイクルとし,25回操作を繰り返したときの,汚れの度合いにより評価する方法を採用したことが記載されている。


 引用刊行物A記載の発明は,客観的なデータを得るために,ごく通常行われている試験方法であり,時間,労力,価格等の低減,抑制という解決課題についての,格別の開示ないし示唆はない。かえって,同記載部分は,「流下物の滴下,乾燥,蒸留水の滴下,乾燥」操作を25回繰り返していることに照らすならば,時間,労力,価格等の抑制ではなく,丁寧な手順を行うことによって,確実で正確な客観的なデータを得ようとする目的の下に実施された実験過程が記述されていると解するのが相当である。


イ 審決は,本願発明と引用刊行物A記載の発明の相違点は,本願発明と引用刊行物A記載の発明との相違点(い)として,「本願発明では,『擬似油汚れを該被評価物の表面に滴下し,続いて特定量の水を該擬似油汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから滴下』しているのに対して,引用発明では『流下水を150ml滴下し,15分乾燥させ,その後,蒸留水を150ml滴下し,15分乾燥させ』ているが,蒸留水を150ml滴下する際にどのように試料に蒸留水を滴下しているのか不明である点。」と認定した(同事項を相違点と認定した点に誤りがないことについては,当事者間に争いはない。)。


 しかし,審決が,上記の相違点(い)に係る構成中の「本願発明では,油汚れを付着するために乾燥を必要としないとした」との技術が,引用刊行物C記載の技術事項を組み合わせることによって,容易に想到することができたと判断した点は,誤りである。その理由は,以下のとおりである。


・ 引用刊行物Cは,実験報告に係る論文である。同論文では,各種汚れに対する親水・撥水表面の防汚特性を把握する目的で,表面への有機物付着の影響評価を実施した実験結果が報告,説明されている。その具体的な評価方法として,?有機物は,関東ローム及び油の水分散液を表面に滴下後直ちに水洗する操作を繰り返して付着させる旨,?防汚性能は,20%関東ローム/水分散液を防汚表面に滴下,乾燥後,流水に1分間さらし,汚れ付着前の表面との明度差(ΔL)を測定して泥の水洗除去性を測定する,有機物付着量は,XPS測定(検出角度5度)により求めた表面炭素量で評価する方法を採用した旨が記載されている。


確かに,引用刊行物Cでは,有機物について,滴下後,乾燥工程を経由することなく,水洗する操作を繰り返す旨記載がされている。


 しかし,引用刊行物Cには,?同操作が繰り返して実施される旨記載されていること,また,?滴下及び水洗過程は,特定量を滴下して,滴下した量等を簡易廉価な評価のデータとするのではなく,擬似汚れ(有機物)を付着させる目的で実施されている旨が明確に記載されていることに照らすならば,同操作は,光触媒酸化チタン系触媒等の被実験物表面の効果を確認する前段階の処理として,擬似汚れ(有機物)を確実に付着させるために行われているものと解される(これに対して,本願発明では,滴下する擬似油汚れは特定の量であるとされていることから,格別の手順を踏むことなく初期値を把握することができ,時間,労力,価格の低減に資する。滴下量は,油汚れを評価する際の初期データとして用いられることが前提とされている。)。


 また,引用刊行物Cでは,防汚性能の評価段階においては,20%関東ローム/水分散液を防汚表面に滴下,乾燥後,流水に1分間さらし,汚れ付着前の表面との明度差を測定するとして,乾燥工程を付加している。


 以上を総合すると,引用刊行物Cからは,耐油汚れの評価に当たって,時間,労力,価格を抑え,手順を簡略化しようとする本願発明の解決課題についての示唆はない。


 引用刊行物C記載の発明における,「乾燥工程を経由しない滴下」という操作は,本願発明における同様の操作と,その目的や意義を異にするものであって,引用刊行物C記載の発明は,本願発明と解決課題及び技術思想を異にする発明である。


・ 前記のとおり,引用刊行物A記載の発明は,擬似油汚れについて特定量を滴下し乾燥工程を設けないとする相違点(い)に係る構成を欠くものである。同発明は,本願発明における時間,労力,価格を抑えることを目的として,手順を簡略化しようとする解決課題を有していない点で,異なる技術思想の下で実施された評価試験に係る技術であるということができる。


 このように,本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づく引用刊行物A記載の発明を起点として,同様に,本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づき実施された評価試験に係る技術である引用刊行物C記載の発明の構成を適用することによって,本願発明に到達することはないというべきである。


・ 本願発明は,決して複雑なものではなく,むしろ平易な構成からなる。したがって,耐油汚れに対する安価な評価方法を得ようという目的(解決課題)を設定した場合,その解決手段として本願発明の構成を採用することは,一見すると容易であると考える余地が生じる。本願発明のような平易な構成からなる発明では,判断をする者によって,評価が分かれる可能性が高いといえる。


 このような論点について結論を導く場合には,主観や直感に基づいた判断を回避し,予測可能性を高めることが,特に,要請される。その手法としては,従来実施されているような手法,すなわち,当該発明と出願前公知の文献に記載された発明等とを対比し,公知発明と相違する本願発明の構成が,当該発明の課題解決及び解決方法の技術的観点から,どのような意義を有するかを分析検討し,他の出願前公知文献に記載された技術を補うことによって,相違する本願発明の構成を得て,本願発明に到達することができるための論理プロセスを的確に行うことが要請されるのであって,そのような判断過程に基づいた説明が尽くせない限り,特許法29条2項の要件を充足したとの結論を導くことは許されない。


 本件において,審決は,上記のとおり,本願発明と引用刊行物A記載の発明と対比し,擬似油汚れについて特定量を滴下し,乾燥工程を経由しないで水洗するとの構成を相違点と認定している。


 しかし,審決は,本願発明と,解決課題及び解決手段の技術的な意味を異にする引用刊行物A記載の発明に,同様の前提に立った引用刊行物C記載の事項を組み合わせると本願発明の相違点に係る構成に到達することが,何故可能であるかについての説明をすることなく,この点を肯定したが,同判断は,結局のところ,主観的な観点から結論を導いたものと評価せざるを得ない。


 以上のとおり,審決の示した理由を,結論を導く論理過程において十分な説明がされているとはいえない。その他,被告は,縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。

2 結論

 以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告ら主張の取消事由2は理由がある。よって,主文のとおり判決する。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。