●平成20(行ケ)10276 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成20(行ケ)10276 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「フルオロエーテル組成物及び,ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法」平成22年01月19日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100120153430.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由1(分割要件についての判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、


『(2) 取消事由1(分割要件についての判断の誤り)について

ア 本件発明1の構成要件(D)の「被覆」について

(ア) 本件発明1の構成要件(D)の「被覆」は,前記(1) の明細書の記載を考慮すれば,あくまでも容器内壁が「フルオロエーテル組成物」によって被覆状態になったということを意味する。

 ところで,「被覆」という用語は,一般的な技術用語として捉えると,本件発明の実施例3及び7のような,液状物質で一時的に覆われた「被覆」状態だけでなく,塗料を塗布し,乾燥ないし硬化して恒常的な塗膜とした「被覆」や,予め形成されたシートを貼り付けた「被覆」も包含するものと認められるところ,本件発明では,本件明細書中に「被覆」の具体的な説明や定義もないから,「ルイス酸抑制剤」から形成される「被覆」には,上述のような広範な「被覆」が包含されることとなる。


 ところが,前記第3の1(1) ア(イ) において原告が主張するように,原出願明細書等に「被覆」という用語が記載されている箇所は,実施例3に関する段落【0040】及び実施例7に関する段落【0056】だけである。このうち,段落【0040】には,「それらのアンプルを119℃で3時間オートクレーブした。セットAのサンプルは一晩振とう機に掛け,水分をガラス表面に被覆できるようにした。」と記載されているが,実施例3については,結局,水分をガラス表面に被覆した場合としない場合とで「有意な差がない」(段落【0042】)と結論付けられているから,本件発明に係る「被覆」には該当しない実施例というべきであり,本件発明とは関係がないというほかない。


 また,段落【0056】には,「次いで,各ボトルに約125mLの水飽和セボフルランを入れた。その後,その5本のボトルを回転機に約2時間掛け,活性化されたガラス表面に水を被覆できるようにした。」と記載されているところ,この実施例7は,要するに,「活性化されたタイプIII褐色ガラス製ボトル」の内壁を水飽和セボフルランで回転機に約2時間掛けて「水」を被覆することが記載されているにすぎず,この段落【0056】の記載を前提としても,「被覆」の態様は回転機に2時間掛けるという特殊な態様に限定されている上,「ガラス容器」以外の容器の内壁に「水」以外のルイス酸抑制剤を被覆することは何ら開示されていない。


 このように,段落【0040】及び【0056】に記載されているのはルイス酸抑制剤の一例としての「水」であり,しかも,いずれの場合もセボフルランに溶解していることが前提とされているのであるから,当業者が,出願時の技術常識に照らして,セボフルランに溶解していない水以外のルイス酸抑制剤で容器の内壁を「被覆」することでセボフルランの分解を抑制できるという技術的事項がそこに記載されているのと同然であると理解できるとはいえない。


 したがって,原出願明細書等に,「水飽和セボフルランを入れて,ボトルを回転機に約2時間掛けること」という態様の「被覆」以外に,ルイス酸抑制剤の量に応じて,適宜変更可能な各種の態様を含む広い上位概念としての「被覆」が実質的に記載されているとはいえない。


 以上のとおり,原出願明細書等には,構成要件(D),すなわち,「該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程」は記載されておらず,その記載から自明であるともいえないから,分割要件を満足するとした審決の判断は誤りである。


(イ) この点について,被告らは,前記第4の1(1) のとおり,前記(1) 記載の段落【0026】及び【0029】の記載に加え,段落【0030】及び【0033】の記載,さらには実施例3及び7の記載等も加味すれば,本件明細書には,「洗浄」や「すすぎ洗い」だけではなく,ルイス酸抑制剤の量に応じて,適宜変更可能な各種の態様を含む上位概念としての「被覆」が実質的に記載されているのは明らかである旨主張する。


 そこで,被告らが摘示する各記載をみると,段落【0026】には,「ルイス酸抑制剤」となる物質が例示され,段落【0029】には,ルイス酸抑制剤がルイス酸の空軌道に電子を供与し,該抑制剤と該酸との間に共有結合を形成し,これによってルイス酸によるフルオロエーテルの分解が抑制されることが説明されている。


 また,段落【0030】には,「容器をルイス酸抑制剤で洗浄またはすすぎ洗いした後,その容器にフルオロエーテル化合物が充填される」ことが記載され,段落【0033】には,「適量のルイス酸抑制剤を含有する少量の本組成物を用いて容器を洗浄またはすすぎ洗いし,容器に残っている可能性のあるルイス酸を中和することができる。ルイス酸を中和したら容器を空にし,その容器に付加量のフルオロエーテル化合物を加え」と記載されている。


 そして,実施例3には,「セットAのサンプルは一晩振とう機に掛け,水分をガラス表面に被覆できるようにした」(段落【0040】)との記載があり,また,実施例7には,水飽和セボフルランを入れたボトルを「回転機に約2時間掛け,活性化されたガラス表面に水を被覆できるようにした」(段落【0056】)との記載がある。


 これらの記載について,被告らは,段落【0030】に,「容器をルイス酸抑制剤単体で洗浄またはすすぎ洗い」する態様が,また,段落【0033】には,「適量のルイス酸抑制剤を含有する少量の本組成物を用いて容器を洗浄またはすすぎ洗い」する態様が,それぞれ記載されており,これらの記載によれば,ルイス酸抑制剤が多量の場合には,「洗浄」や「すすぎ洗い」という態様で,十分に「被覆」に当たるということが理解でき,さらに,実施例7には,1400ppmの水含有セボフルランの場合,「回転機に2時間掛ける」という態様が,また,実施例3には,109ないし951ppmの水含有セボフルランの場合,「一晩振とう機に掛ける」という態様が記載されており,これらの記載と,この段落【0030】や【0033】の記載とを対比すれば,ルイス酸抑制剤が少ないほど,その量に応じて中和反応を促進すべく,「被覆」をするためには,より激しい,あるいは,長期間の操作が望ましい,ということが理解できる旨主張する。


 しかし,段落【0030】は,「被覆」する工程の説明ではなく,組成物の調製方法を記載するものである。確かに,ルイス酸抑制剤による「洗浄またはすすぎ洗い」の文言の記載はあるものの,あくまでも「洗浄またはすすぎ洗い」の後,容器内に残ったルイス酸抑制剤が,その後に充填されるフルオロエーテルと共に組成物の成分となることを記載しているのであって,ここに記載されている「洗浄またはすすぎ洗い」が「被覆」を形成することを目的とする処理操作であるといえないことは明らかである。


 また,段落【0033】には,本件明細書の実施例3及び7において行われているような処理操作である,ルイス酸抑制剤を少量含有するフルオロエーテル組成物による「洗浄またはすすぎ洗い」によって容器に残っている可能性のあるルイス酸を中和することについて記載がある。しかしながら,単に「洗浄またはすすぎ洗いし」と記載されているのみであって,中和に必要なルイス酸抑制剤の量と操作条件の関係については,何ら記載されていない。逆に,前記(1) 記載の段落【0050】ないし【0054】によれば,実施例6においては,「すすぎ洗い」をしたにもかかわらず,ルイス酸抑制効果が見られなかった例が記載されているのである。


 したがって,実施例7に記載されているような特定の「被覆」については開示されているものの,それ以外にいかなる「被覆」が実施態様として望ましいのかについては一切開示されていないというほかない。


 このように,仮に,「洗浄またはすすぎ洗い」が「被覆する」ことと同義であったとしても,当業者は,「洗浄またはすすぎ洗い」する工程以外に,被覆する工程を理解することができない。


 したがって,被告が主張するように,段落【0030】及び【0033】の各記載を実施例3及び7などと関連させてみても,当業者は,本件発明の「被覆」を理解することができないといわざるを得ない。また,段落【0033】の記載,実施例3及び7の記載から,ルイス酸抑制剤量に応じて「被覆」の具体的態様を適宜変更可能であることが理解できるともいえない。


(ウ) 以上のとおり,本件特許の構成要件(D)は,分割出願明細書に記載されておらず,また,同明細書の記載から自明な事項ともいえないから,本件分割は,分割要件に違反しているというべきであって,分割要件を充足するとした審決の判断には誤りがある。


イ したがって,本件第3審判請求に対する審決は取消しを免れない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。