●平成18(行ケ)10489審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 知財高裁

 本日は、『平成18(行ケ)10489 審決取消請求事件(特許権行政訴訟「フルオロエーテル組成物及び,ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法」平成21年04月23日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090508134910.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判請の棄却審決の取消しを求め、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由5(実施可能要件についての判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義、裁判官 浅井憲、裁判官 杜下弘記)は、


1 取消事由5(実施可能要件についての判断の誤り)について

(1) 旧特許法36条4項に定めるいわゆる実施可能要件について

 旧特許法36条4項は,「・・・発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物(麻酔薬組成物)の発明である本件発明1にあっては当該物の生産,使用等を,物を生産する方法(麻酔薬組成物の調製法)の発明である本件発明2及び3にあっては当該方法の使用,当該方法により生産した物の使用等を,方法(一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法)の発明である本件発明4にあっては当該方法の使用をそれぞれいうものであるから,本件各発明について実施可能要件を満たすというためには,発明の詳細な説明の記載が,本件発明1については当業者が同発明に係る麻酔薬組成物を,本件発明2及び3については当業者が同各発明に係る麻酔薬組成物の調製法を,本件発明4については当業者が同発明に係る一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法をそれぞれ使用することができる程度のものでなければならない。


 そして,本件発明1のような組成物の発明においては,当業者にとって,当該組成物を構成する各物質名及びその組成割合が示されたとしても,それのみによっては,当該組成物がその所期する作用効果を奏するか否かを予測することが困難であるため,当該組成物を容易に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,発明の詳細な説明に,当該組成物がその所期する作用効果を奏することを裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。また,上述したところは,本件発明2及び3のような組成物の調製法の発明並びに本件発明4のような物質間の化学反応を防止する方法の発明においても,同様に妥当するものというべきである。

 ・・・省略・・・

イ 上記アのとおり,発明の詳細な説明には,本件数値(少なくとも150ppm)の水を含ませることにより所期の作用効果を奏したとの直接の記載は一切なく,実験に用いられた水の量のうち本件数値に最も近似する水の量である109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたとの記載(実施例4のうち40℃の場合)があるのみである。


ウ この点に関し,被告らは,109ppmと206ppmの中間値を本件数値として採用した旨主張し,次のとおり,その合理性の根拠を挙げるので,被告らの主張に即して検討する。


(イ) 被告らは,「実施例1〜7は,『最悪の場合のシナリオ』においてすら本件作用効果を奏することを記載するものであり,当該記載により,当業者は,実際の保存状態においてセボフルランがさらされ得る大抵の場合には,それ以上に効果を奏することを容易に理解することができるものである(したがって,『実際のセボフルランの製造現場における条件に置き換えるためのテスト』なども必要がない。)」と主張する。


 確かに,実施例4のサンプル7及び8の実験条件は,フレームシールを施した上,40℃の恒温装置に200時間置いたというものであり,当業者は,かかる実験条件を,通常のセボフルラン含有麻酔薬の製造,保存等における環境下では生じ得ない条件であると理解し得るものと認められる。


 しかしながら,上記条件下において,109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたとの実験結果から,これを通常のセボフルランの製造,保存等における環境下に置き換えることにより,150ppmの水が存在すれば所期の作用効果を奏することができるとの結論を導き得ることを合理的に説明する証拠は一切存在しない。


 ましてや,本件優先日当時の当業者は,セボフルランがルイス酸によって分解されるという事実を知らず,当該分解の原因に関する知識も有しておらず,むしろ,セボフルランがルイス酸に対して安定であると考えていた(当事者間に争いがない。)のであるから,「最悪の場合のシナリオ」の記載に接した当業者が,「実際の保存状態においてセボフルランがさらされ得る大抵の場合」には,150ppmの水が存在すれば所期の作用効果を奏することを容易に理解することができたものと認めることができないことは,論を待たない。


 したがって,被告らの上記主張も,これを採用することができない。


(ウ) なお,被告らは,甲9実験に関してではあるが,実施例4に「温度が上昇すると,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大する」との記載があること,化学反応において,その原因たる化学種の量や接触時間に応じて当該化学反応の程度が増減することが当業者の技術常識であることを根拠に,「発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,当業者は,加熱のない常温下での保存,ルイス酸の少ない容器を用いた保存,短時間の保存といった保存条件下では,水の量が少なくても,セボフルランの分解を防止するのに有効であろうことを理解することができる」と主張する。


 しかしながら,上記主張は,一般論としてそのようにいえるとしても,具体的に,150ppmの水が存在すれば「加熱のない常温下での保存」等の場合に所期の作用効果を奏することができることを何ら説明するものではないから,失当といわざるを得ない。


エ 小括

 以上によれば,発明の詳細な説明には,本件各発明について,本件数値の水を含有させることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載があるものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はないから,発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえないというべきである。

 ・・・省略・・・

(7) 以上のとおりであるから,発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえず,審決の判断は誤りであるから,取消事由5のうち,本件数値の水によっても所期の作用効果を奏するものと当業者が理解し得ない旨をいう部分は,理由がある。


2 結論

よって,その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由があるから,同請求を認容することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 組成物の発明等の化学分野の発明は、効果の予測可能性が低いため、実施可能要件を満たすためにはその効果を示す実験結果等が必要ですので、

 『そして,本件発明1のような組成物の発明においては,当業者にとって,当該組成物を構成する各物質名及びその組成割合が示されたとしても,それのみによっては,当該組成物がその所期する作用効果を奏するか否かを予測することが困難であるため,当該組成物を容易に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,発明の詳細な説明に,当該組成物がその所期する作用効果を奏することを裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。また,上述したところは,本件発明2及び3のような組成物の調製法の発明並びに本件発明4のような物質間の化学反応を防止する方法の発明においても,同様に妥当するものというべきである。

 ということになります。 
 

 詳細は、本判決文を参照してください。