●平成20(行ケ)10261審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 知財高裁

Nbenrishi2009-05-04

 本日は、昨日取り上げた、●『平成20(行ケ)10121 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「切替弁及びその結合体事件」平成21年04月27日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090427160338.pdf)で引用されていた、●『平成20(行ケ)10261 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「上気道状態を治療するためのキシリトール調合物事件」平成21年03月25日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090326102834.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、引用発明を組合せての進歩性についての判断が参考になります。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


『1 取消事由1(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)

 当裁判所は,(i)引用例2につき「感染性の呼吸器疾患の治療のために(摘記事項(E),抗感染剤を局所投与すること(摘記事項(F)),全身投与より低い投与量で感染部位である鼻に投与できることが記載されている(摘記事項(G))」とした審決の認定,及び(ii)「引用例1のキシリトールの投与により上気道感染を処置する際に,経口投与に代えて,全身投与より低い投与量で投与し得る感染部位への投与,すなわち,鼻への投与を採用し,鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすること」が容易であるとした審決の判断に,誤りがあると解する。その理由は,以下に述べるとおりである。


 ・・・省略・・・


(2) 引用発明と引用発明2との組合せの容易想到性について

 審決は,引用例1に引用例2を組み合わせることによって,引用例1のキシリトールの投与により上気道感染を処置する際に,経口投与に代えて,全身投与より低い投与量で投与し得る感染部位への投与,すなわち,鼻への投与を採用し,鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすることは当業者が容易に想到し得ると判断した。


 しかし,審決の上記認定及び判断には,以下のとおり誤りであり,当該認定及び判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすと解すべきである。


 特許法29条2項が定める要件は,特許を受けることができないと判断する側(特許出願を拒絶する場合,又は拒絶を維持する場合においては特許庁側)が,その要件を充足することについての判断過程について論証することを要する。


 同項の要件である,当業者が先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたとの点は,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断されるべきものであるから,先行技術の内容を的確に認定することが必要であることはいうまでもない。


 また,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであることが通常であるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。


 そして,容易想到性の有無の判断においては,事後分析的な判断,論理に基づかない判断及び主観的な判断を極力排除するために,当該発明が目的とする「課題」の把握又は先行技術の内容の把握に当たって,その中に無意識的に当該発明の「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことのないように留意することが必要となる。


 さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等の存在することが必要であるというべきである知財高等裁判所平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件・平成21年1月28日判決参照)。


 そこで,以下,これらの点を踏まえて,検討する。


ア 各引用例及び本願明細書の記載

 ・・・省略・・・

イ 引用例1及び引用例2の組合せの容易性に関する判断


 以下のとおり,引用例1に引用例2を組み合わせることによって,相違点1(本願発明が鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であるのに対し,引用発明は経口投与用溶液製剤であるとの相違点)に係る構成に到達することはないと判断する。すなわち,


(ア)引用例1には,「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する,S.pneumoniaeによる上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」が記載され,また,「上気道感染において子供に食品であるキシリトールチューインガムによって,キシリトールを経口(全身)投与する臨床試験結果」が示されているが,キシリトールを「経口投与用」溶液製剤として用いることによる作用,機序,副作用回避等の事項までが格別開示されているわけではない。


 引用例2には,PIV3,Ad−5,又は他の感染性剤により引き起こされた病気を患っている検体の気道下部に,病気等の緩和,回復のために,小さい粒子のエアロゾルの形態の有効量のコルチコステロイド又は抗炎症薬を直接デリバリーするための手段を含んで成る治療装置を提供する発明が開示されている。


 引用発明(上気道感染について子供達にキシリトールチューインガムの形態で経口(全身)投与をするとの臨床試験に基づいて想到した「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する,・・・上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」)と引用発明2(肺炎等の気道下部感染症においてコルチコステロイド等をエアロゾルの形態で局所投与をする処置方法)とは,解決課題,解決に至る機序,投与量等に共通性はなく,相違するから,それらを組み合わせる合理的理由を見いだすことはできないし,そもそも,エアロゾルの形態のままでは吸気しながら鼻へ投与すると,有効成分(キシリトール)が感染部位とは異なる気道下部にまで到達することがあるため,感染部位である鼻内への局所投与の実現は,困難であるというべきである。


 以上のとおりであり,引用例1に接した当業者は,これに気道下部の感染を緩和するための目的でエアロゾルの形態の有効量のコルチコステロイド又は抗炎症薬を投与する引用例2を適用することによって,安全性,多目的性,効率性,安定性等を有するとともに,安価で調合及び投与を可能とするために採用された本願発明の構成(相違点1の構成)に容易に想到できたと解することはできない。


(イ) この点について,成分や用途に係る医薬品等に係る発明が存在する場合に,その投与量の軽減化,安全性の向上等を図ることは,当業者であれば,当然に目標とすべき解決課題といえるであろうし,そのための手段として格別の技術的要素を伴うことなく,課題を解決することができる場合もあり得よう。


 しかし,そのような事情があるからといって,審決が,本願発明の相違点1の構成は,引用例2の記載内容から容易であるとの理由を示して結論を導いている場合に,その理由付けに誤りがある以上,上記のような事情が存在することから直ちに審決のした判断を是認することは許されない。


 けだし,審決書の理由に,当該発明の構成に至ることが容易に想到し得たとの論理を記載しなければならない趣旨は,事後分析的な判断,論理に基づかない判断など,およそ主観的な判断を極力排除し,また,当該発明が目的とする「課題」等把握に当たって,その中に当該発明が採用した「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことを回避するためであって,審判体は,本願発明の構成に到達することが容易であるとの理解を裏付けるための過程を客観的,論理的に示すべきだからである。

(ウ) 被告は,仮に,引用例2の摘記事項(G)の記載が気道下部の疾患のみの開示であり,引用例2の認定に関する誤りがあったとしても,(i)全身投与に比べて局所投与をすると少ない総投与量で既知の副作用を回避することができるという利点は,局所投与に起因するものであるから,「気道下部」の疾患に限らず,「上気道」の疾患に対しても局所投与をすることにより得られるであろうと当業者が当然に理解することができる,(ii)そうすれば,引用例2に接した当業者にとって,上気道感染の治療に関する引用発明において,経口投与に代えて,経口投与に比べ,低い全投与量で,感染部位により高い濃度の薬をデリバリーでき,副作用を回避できることが期待される鼻内への局所投与を採用することは容易に想到し得る,(iii)そして,鼻内投与の形態として,エアロゾルや鼻洗浄調合物が周知であるから,具体的な鼻内投与の態様を鼻洗浄調合物とすることに何ら困難性はないので,容易想到性を認めた審決の判断に影響を及ぼさない旨を主張する。


 しかし,上記(ア)及び(イ)で述べたとおり,引用発明に引用発明2を組み合わせることにより,本願発明の相違点1に係る構成に到達することができたとする審決の判断は是認できないのであるから,被告の上記主張の当否については,審判手続において,改めて出願人である原告に対して,本願発明の容易想到性の有無に関する主張,立証をする機会を付与した上で,審決において再度判断するのが相当であるといえる。


ウ小括

 以上のとおりであるから,引用例1のキシリトールの投与により上気道感染を処置する際に,経口投与に代えて,鼻への投与を採用し,鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすることは,当業者が引用発明及び引用発明2に基づいて容易に想到し得るとした審決の判断は誤りである。


2 結論


 原告主張の取消事由1は理由があるから,その余の点について判断するまで
もなく,原告の請求は理由がある。よって,審決を取り消すこととし,主文の
とおり判決する。』


 と判示されました。


 尚、本判決中で引用されている知財高裁事件は、今年の2/1の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20090201)で取り上げた、

●『平成20(行ケ)10096 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「回路用接続部材」平成21年01月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090129104737.pdf)、

 です。