●平成19(行ケ)10367 審決取消請求事件「光触媒体の製造法」

 本日は、『平成19(行ケ)10367 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟光触媒体の製造法」平成20年10月16日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081016134200.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、請求項2ないし5に係る発明についての特許を無効とした部分が取り消された事案です。


 本件では、特許庁の特許無効審決が支持された請求項1におけるサポート要件の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


『(1) 本件特許発明1のサポート要件に係る認定判断(理由(1)ア)の誤りについて


 原告らは,本件特許発明1における「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させ」るとの構成が詳細な説明に記載されたものとはいえないとした審決の判断が誤りであると主張する。


 しかし,以下のとおり,原告らの上記主張は失当である。

ア サポート要件について

 特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号が規定する「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」という要件(サポート要件)に適合するものでなければならないところ,特許請求の範囲の記載が同要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号事件・平成17年11月11日特別部判決参照)。


 そこで,上記の観点から,本件特許明細書の特許請求の範囲の記載と詳細な説明の記載とを対比し,本件特許発明1が詳細な説明に記載された発明ということができるか否かについて,検討する。


イ 本件特許発明1の構成

(ア) 本件特許明細書(甲4)の特許請求の範囲の記載は,前記第2,2のとおりであり,請求項1の記載は,「光触媒を基体に担持固定してなる光触媒体の製造法であって,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させて得たことを特徴とする光触媒体の製造法。」というものである。


 これによれば,本件特許発明1は,「光触媒体の製造法」に関するものであって,光触媒体を「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させて得たことを特徴とする」ものであることが認められる。


(イ) そして,請求項1の上記記載に照らせば,本件特許発明1では,光触媒体を得る工程は,「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させ」る工程により,完結するものと理解され,同発明は,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合したものを乾燥・固化させた後,更に焼結ないし焼成させて光触媒体を得ることを対象とするものではないと解される。


 上記の理解は,本件特許の出願経緯にも沿うものである。


 すなわち,本件特許の願書に最初に添付した明細書(甲10の2)では,請求項1に「光触媒体を基体に担持固定してなる光触媒体の製造法であって,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを用いることを特徴とする光触媒体の製造法。」と記載され,段落【0025】及び【0027】に,実施例1及び3として,酸化チタンゾル光触媒)とアモルファス型過酸化チタンゾルとを混合したものを乾燥・固化させた後,更に焼結ないし焼成させて光触媒体を得たことが記載されていたところ,本件特許明細書(甲4)では,請求項1に「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させて得たことを特徴とする」との限定が付加され,上記実施例1及び3がそれぞれ参考例3及び4に変更されている。かかる出願経緯は,本件特許の出願人自身が,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合したものを乾燥・固化させた後,更に焼結ないし焼成させて光触媒体を得ることは,本件特許発明1の対象でないと理解していたことを示すものである。


(ウ) また,請求項1の前記記載からは,本件特許発明2及び3のように,基体と「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとの混合物を用いて調製した第二層」との間に,介在層(第一層)を設けることは,読みとれない。


 上記の理解は,本件特許明細書の記載や原告らの主張に沿うものである。

 
 すなわち,本件特許明細書の段落【0005】は,「光触媒を基体に担持固定してなる光触媒体の製造法であって,酸化チタン等の光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを用いる光触媒体の製造法」と「基体上に,アモルファス型過酸化チタンゾルを用いて調製した光触機能を有さない第一層を設け,該第一層の上に,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを用いて調製した第二層を設けてなる光触媒体の製造法」とを併記し,両者を別の発明と位置付けており,原告らも,本件特許発明1は,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルを有する層を単独で設ける場合であり,本件特許発明2は,「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとの混合物」を用いる構成(第二層)に,「基体上に,光触媒によって分解されない結着剤からなる第一層」を付加した発明であり,本件特許発明3は,「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとの混合物」を用いる構成(第二層)に,「基体上に,アモルファス型過酸化チタンゾルを用いて調製した光触機能を有さない第一層」を付加した発明であるとしている。


(エ) そうすると,本件特許発明1は,光触媒体を「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させて得」るものであって,乾燥・固化させた後,更に焼結ないし焼成させて光触媒体を得るものではなく,また,基体と「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させた」層との間に,介在層を設けるものではないと解するのが相当である。


ウ 詳細な説明の記載


 本件特許明細書(甲4)によれば,詳細な説明には,従来技術,発明が解決すべき課題,課題を解決するための手段,実施例・参考例,効果等に関し,次の記載があることが認められる。


 ・・・省略・・・


エ 対比・検討

(ア) 請求項1の前記イ(ア)の記載と,詳細な説明の前記ウ(ア)ないし(エ),(キ)ないし(ケ)及び(サ)の各記載を総合すれば,(i)従来から,光触媒粒子を基体上に,その光触媒機能を損なわせることなく,強固に,かつ,長期間にわたって担持させる方法が求められていたが(前記ウ(イ)),(ii)従来の技術では,接着強度が十分ではなく,長期間にわたって坦持することができるものが少なく,接着強度を高め長期間坦持できるものを作ろうとすると,逆に光触媒機能が低下するという問題があったところ(前記ウ(ア),(イ)),(iii)本件特許発明は,「アモルファス型過酸化チタンゾルをバインダーとして使用すると意外にも,光触媒粒子をあらゆる基体上に,その光触媒機能を損なわせることなく,強固に,かつ,長期間にわたって担持させることができる」との知見に基づいて,上記課題を解決したものであり(前記ウ(ウ)),?このうち,本件特許発明1は,「酸化チタン等の光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを用いる光触媒体の製造法」であって(前記ウ(エ)),「酸化チタンゾルアモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し」(前記ウ(キ)),「塗布あるいは吹き付けたりしてコーティングした後,乾燥させ,固化させて」(前記ウ(ク),(ケ)),光触媒体を得るというものであることが,理解される。


 したがって,詳細な説明には,本件特許発明1の構成のうち,「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後」,「乾燥させ,固化させて得たことを特徴とする」との部分に対応する記載があるということができる。


(イ) しかし,以下のとおり,詳細な説明には,本件特許発明1の構成のうち,「80℃以下で」乾燥させ,固化させて得たとの部分に対応する記載があるとは,認められない。


a 詳細な説明には,以下に検討するように,本件特許発明1に関する具体例の記載がない。


 ・・・省略・・・


b 詳細な説明は,以下に検討するように,本件特許発明1において,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度を「80℃以下」と規定していることと,これにより得られる効果との関係の技術的意義について,具体例の開示がなくとも当業者が理解できる程度に記載されているということはできない。


(a) 段落【0015】には,「なお,アモルファス型過酸化チタンゾルを第一層として用いる場合は,250℃以上に加熱すると,アナターゼ型酸化チタンの結晶となり光触媒機能が生じるので,それより低温,例えば80℃以下で乾燥固化させる。」との記載がある(前記ウ(ケ))。


 しかし,同段落における「80℃以下で乾燥固化させる」との記載は,基体と「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させた」層との間に,介在層(第一層)を設ける構成に関するものであって,本件特許発明1の構成に関するものではない。


 また,同記載は,アモルファス型過酸化チタンゾルの介在層(第一層)を設ける場合について,第二層を乾燥・固化させる温度を,第一層中のアモルファス型過酸化チタンゾルがアナタ−ゼ型酸化チタンの結晶となり,光触媒機能が生じる温度であるとされる250℃よりも,低温である範囲の一例として示されたものにすぎず,上記の場合において「80℃以下で乾燥固化させる」ことについての格別の技術的意義を示したものとはいえないし(なお,上記の場合についての具体例である実施例1では,前記a(c)のとおり,第二層の「乾燥・固化は,アクリル樹脂板は120℃で3分間,メタクリル樹脂板は乾燥機の温度が119℃へ上昇したところで終了した」ものであって,「80℃以下」ではない。),まして,本件特許発明1において,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度範囲を「80℃以下」とした技術的意義を説明ないし示唆するものではない。


(b) 段落【0004】には,「アモルファス型過酸化チタンゾルをバインダーとして使用すると意外にも,光触媒粒子をあらゆる基体上に,その光触媒機能を損なわせることなく,強固に,かつ,長期間にわたって担持させることができる」との記載があり(前記ウ(ウ)),段落【0007】には,「なお,アモルファス型の過酸化チタンのゾルを100℃以上で加熱すると,アナターゼ型酸化チタンゾルになり」との記載(前記ウ(オ)),段落【0009】には,「ゾル状の酸化チタン,すなわち酸化チタンゾルは,上記のように,アモルファス型過酸化チタンゾルを100℃以上の温度で加熱することにより製造できる」との記載がある(前記ウ(カ))。


 しかし,(i)本件特許発明1における「アモルファス型過酸化チタンゾルをバインダーとして使用する」という課題解決手段や同手段を採用したことによる作用効果が,本件特許の出願時の技術常識から自明であると認めるに足りる証拠は見当たらないこと,(ii)段落【0013】の記載(前記ウ(キ))によれば,酸化チタンゾル光触媒)とアモルファス型過酸化チタンゾルとの混合割合が,アモルファス型過酸化チタンゾルのバインダーとしての機能に影響することがうかがわれることからすれば,アモルファス型の過酸化チタンのゾルを100℃以上で加熱するとアナターゼ型酸化チタンゾルになるという開示に基づいて,アモルファス型過酸化チタンゾルのバインダーとしての機能に影響を生ずることのない乾燥・固化温度(光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度)を当業者が認識することはできないというべきである。


 そうすると,請求項1に記載された「80℃」という乾燥・固化温度(光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度)が,段落【0007】,【0009】に記載された「100℃」(アモルファス型過酸化チタンゾルがアナターゼ型酸化チタンゾルになる加熱温度)を下回るということのみから,直ちに本件特許発明1において,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度を「80℃以下」と規定した技術的意義が明らかであるとはいえない。


(ウ) 原告らは,詳細な説明の段落【0015】に記載された「80℃以下で乾燥固化させる」という条件は,アモルファス型の過酸化チタンのゾルを結晶化させない条件として記載されたものであって,本件特許発明3のようにアモルファス型過酸化チタンゾルを用いて調製した光触媒機能を有さない第一層を設ける場合のみならず,本件特許発明1のように光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルを有する層を単独で設ける場合にも適用できるから,詳細な説明には,「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させ」ることが記載されているといえると主張する。


 しかし,原告らの主張は,以下のとおり失当である。すなわち,前記(イ)b(a)のとおり,段落【0015】の「80℃以下で乾燥固化させる」との記載は,そもそも,本件特許発明1の構成に関するものではなく,本件特許発明1において,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度範囲を「80℃以下」とした技術的意義を説明ないし示唆するものではない。


 また,同段落に記載された「80℃以下で乾燥固化させる」という条件を本件特許発明1に適用することが技術的に可能であったとしても,その点が直ちに,詳細な説明に記載ないし示唆していることの根拠にはならないというべきであるから,この点の原告らの主張も理由がない。原告らの主張は採用することができない。


(エ) 以上によれば,詳細な説明は,本件特許発明1において,光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度を「80℃以下」と規定していることと,これにより得られる効果との関係の技術的意義について,具体例を欠くものであり,また,具体例の開示がなくとも当業者が理解できる程度に記載されているということもできない。したがって,本件特許発明1は,詳細な説明に記載されたものであるということができないものというべきである。


オ まとめ

 以上検討したところによれば,詳細な説明には,本件特許発明1における「光触媒アモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させて得たことを特徴とする」との構成のうち,「80℃以下で乾燥させ,固化させて得た」との部分に対応する記載があるとは認められない。


 そうすると,本件特許発明1についての特許がサポート要件を満たしていないとした審決の判断は,その結論において相当であり,理由(1)アに係る認定判断の誤りをいう原告ら主張は理由がない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。