●平成10(ワ)8345等 「養殖貝類の耳吊り装置事件」(1)

 今日は、午後から弁理士会の継続研修「不正競争防止法の改正について」を受講してきました。講師は、著名な小松陽一郎弁護士です。2時間という短い講義時間でしたが、メリハリをつけた分かりやすい説明でとても参考になりました。特に、色々と不正競争防止法判決例も紹介されていましので、このブログで取上げてなく、面白そうな判決例があれば、今後、紹介していきたいと思います。


 さて、本日は、『平成10(ワ)8345等 特許権差止請求権不存在確認等請求事件 特許権 民事訴訟「養殖貝類の耳吊り装置事件」平成11年12月21日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/69EB14895A4067D449256A7700082D14.pdf)について取上げます。


 本件は、特許権差止請求権不存在確認等請求事件で、原告が各装置を製造や譲渡等する行為について、被告が差止請求権を有しないことが確認等された事件です。


 本件では、まず、本件特許発明の請求項の構成要件A(1)における「積層状に並べ」の解釈と、分割出願でる本件発明と親出願の出願当初明細書の開示範囲との関係などの点で参考になる事案かと思います。


 つまり、東京地裁(第四六部 裁判長裁判官 三村量一、裁判官 大西勝滋、裁判官 中吉徹郎)は、


1 構成要件A(1)における「積層状に並べ」の解釈について

(一) 構成要件A(1)では、本件発明の養殖貝類の耳吊り装置において、貝吊り用のロープと稚貝の耳部に貫通孔を形成するとともにそこに係止具を刺し通す際における右ロープと稚貝の耳部の並べ方が、「積層」の状態になるものであるとされている。


 そこで、まず「積層」なる用語の意義につき考察するに、「積層」とは「幾重にも層を重ねること。」(三省堂大辞林」)、「板状のものを何枚も積み重ねること。」(小学館「国語大辞典」)を、また、「積み重ねる」とは「あるものの上に幾重にも他のものを加える。上へ上へとのせる。」(小学館「国語大辞典」)ことを、「層」とは「上へ上へと積み重なっていること。また、その重なり。」(三省堂大辞林」)をそれぞれ意味するものであり、これらを総合すると、「積層」なる用語は、本来、「複数の物を、一つの物の上に他の物を順次のせていくように、配置すること」を意味する用語であって、「複数の物を、一つの物の隣に他の物を順次並べていくように、配置すること」をも含む概念ではないということができる。


 そして、右のような「積層」の語の本来的な意味に忠実に、構成要件A(1)の「積層状に並べ」を解釈すれば、構成要件A(1)は、ロープと稚貝の耳部を水平置きにすることを要求しているのであり、これらを垂直置きにすることは、構成要件A(1)における「積層状に並べ」には含まれないというべきである。

なお、被告は、「積層」の語が右のとおりに解釈されるとしても、「積層状」との表現は、「積層」の概念よりも広く、「積層」に近い状態をも包含するものであり、垂直置きに並べることも「積層状」のなかに含まれる旨主張する。


 しかしながら、「××状」との表現は、物のありさまが「××」のようであることを意味する表現であるところ、「積層」とは、前記のとおり「複数の物を上下に重ねて配置する」ことを意味するのであるから、これとは全く異なった物の配置状態というべき「左右に並べる配置」が、「積層」のような状態であるといえないことは明らかである。したがって、被告の右主張も、採用することができない。


(二) また、右のような「積層状に並べ」の解釈は、次のような本件出願の経過に関する事情に照らしても、合理的なものとして是認できる。


(1) 本件出願は、平成九年五月一六日に、本件原出願からの分割出願としてなされたものであるところ、本件原出願明細書の「特許請求の範囲」においては、本件発明と同様の養殖貝類の耳吊り装置に関する発明が、請求項1ないし7として示されている。そして、このうち請求項1及び2においては、ロープ及び稚貝の耳部に貫通孔を形成し係止具を刺し通すに当たっての稚貝位置決め部の構成について、「前記ロープ(3)ならびに前記一および他の稚貝(5)の耳部(5a)が上下に積層状に重なるように前記一および他の稚貝(5)を水平方向に位置決めする」ものであることが明示されており、請求項3ないし7は、いずれも請求項1又は2を引用する形式で記載された請求項であるところ、そこでは、稚貝位置決め部の構成は右と同様のものとされている。また、「発明の詳細な説明」においても、「課題を解決する手段」の項で、請求項1及び2に関して、右同様の構成の位置決め部の説明がされ、「実施例」の項及び図面においても、二枚の稚貝を稚貝位置決め部において水平方向に位置決めし、ロープと稚貝の耳部を上下に重ねる構成の装置のみが記載されている。(以上につき、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨)


(2) ところで、本件出願のような分割出願が適法なものとして特許法四四条二項による出願日の遡及が認められるためには、(i)分割の基になる原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されており、(ii)右記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること(同法四四条一項)のほかに、(iii)分割出願が原出願について補正のできる範囲で行われることが、必要と解される。けだし、分割出願に出願日遡及の効果が認められている以上、このように解さなければ、本来許されないはずの補正が分割の方法を用いることによって実質的に可能になるという、不当な結果を招くからである。


 そして、本件において、分割出願が原出願について補正のできる範囲で行われているといえるためには、分割出願の明細書又は図面が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないことを要するのであり(本件においては、平成六年法律第一一六号による改正前の特許法一七条二項による。)、具体的には、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項そのもの又は右記載事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項以外の事項を含まないことを、要するものと解すべきである(甲第三一号証一六一頁、九三頁以下参照。同号証は、前記平成六年改正後の特許法の下における特許庁の「審査・審判の運用の手引き」であるが、補正の範囲についての基本的な規定内容は、右改正前の特許法一七条二項と右改正後の特許法一七条の二第三項との間で異ならないから、右「手引き」における運用の原則は、右改正前の特許法の下でも同様に妥当するものといえる。)。


 この点について、被告は、当業者にとって自明な事項については、明細書又は図面に記載がなくともそこに記載されているものとして補正のできる範囲に含まれる旨主張するが、右のような解釈は、補正の範囲を限定し新規事項の追加を禁止する旨の一七条二項が設けられた平成五年法律第二六号による改正後の特許法の下においては、採り得ない解釈というべきである。


(3) 分割出願の適法要件について前記(2)のような理解に立った上で、前記(1)のような本件原出願明細書の記載と本件明細書の記載とを対比し、本件出願が分割出願の適法要件を満たすものであるか否かについて検討すると、仮に、被告の主張するように、本件発明の構成要件A(1)における「積層状に並べ」がロープと稚貝の耳部を水平置きにする構成のみならずこれらを垂直置きにする構成をも含むと解釈するならば、次に述べるとおり、本件出願は、分割出願の適法要件を満たさないこととなる。


 すなわち、被告主張のような解釈に立つとすると、本件明細書には、本件発明に係る装置として、ロープと稚貝の耳部に貫通孔を形成しそこに係止具を刺し通す際の位置決めに際しこれらを垂直置きにする構成のものについても記載されていることになるところ、前記(1)で述べたとおり、本件原出願明細書においては、その特許請求の範囲で、ロープと稚貝の耳部の位置決めを「上下に積層状に重なるように」「水平方向」にするものであること、すなわち水平置きにする構成のものに限定されることが明記され、発明の詳細な説明や図面においても右のような構成の装置のみが記載されているのであるから、ロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成の本件原出願の発明に係る装置が本件原出願明細書及び図面に直接記載されていないことは明らかであり、また、本件原出願明細書及び図面の記載内容を精査しても、当業者がそこからロープと稚貝の耳部を垂直置きににして位置決めする構成の本件原出願の発明に係る装置を直接的かつ一義的に導き出せるような記載を認めることはできない。


 そうすると、本件発明の構成要件A(1)の「積層状に並べ」を被告主張のように解釈すると、本件明細書には本件原出願明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものが含まれることになり、本件出願は前記(2)記載の分割出願の適法要件のうち(iii)の要件を欠くことになる。


 この点に関し、被告は、本件原出願明細書の「発明の詳細な説明」における従来技術の説明でロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成の耳吊り装置に関する発明が記載されている旨主張するところ、なるほど、本件原出願明細書の「発明の詳細な説明」の「従来の技術」の項には、特開平五ー二一一八二六号及び特開平五ー二一一八二七号の各公開公報が参照文献の一つとして挙げられ、右各公開公報中の図面に、ロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成の耳吊り装置が記載されていることが認められる(乙第一一号証、第一二号証)。


 しかしながら、本件原出願明細書の右記載は、本件原出願の発明の前提となる従来技術の説明に付随して参照文献として右各公開公報を挙示しているのみであり、右各公開公報に係る発明の内容を具体的に説明する記載はなく、右各公開公報に記載されたロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成を本件原出願の発明において採用することを示唆する記載もないから、結局のところ、右各公開公報に関する本件原出願明細書の記載から、又はそれと本件原出願明細書中の他の記載とを総合することによって、当業者がロープと稚貝の耳部を垂直置きににして位置決めする構成の本件原出願の発明に係る装置を直接的かつ一義的に導き出すことができるとはいえない。


 したがって、被告が主張する右各公開公報に関する本件原出願明細書中の記載の存在を考慮しても、前記の結論が左右されるものではない。

(4) 右のように、本件出願が分割出願の適法要件を欠くということになると、特許法四四条二項による出願日の遡及は認められず、現実の出願日である平成九年五月一六日が本件発明の出願日になるところ、右出願日の前である平成八年四月二三日には既に本件原出願の発明が公開されており(乙第一〇号証)、さらに、本件原出願の発明にはないロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めするという構成の養殖貝類の耳吊り装置も右出願日以前に既に公知であったことが認められるから(乙第五号証、第六号証、第一一号証及び第一二号証)、右の現実の出願日(平成九年五月一六日)の時点を基準とすると、本件発明が、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が公知の技術に基づいて容易に発明することができたものに該当することは明らかであり、本件特許には明白な無効事由(特許法一二三条一項二号、二九条二項)が存するということになる。


(5) 右のように、本件発明の構成要件A(1)の「積層状に並べ」について、仮に、被告主張のように、ロープと稚貝の耳部を水平置きにする構成のみならずこれらを垂直置きにする構成をも含むと解釈すると、本件出願は違法な分割出願となって出願日の遡及が認められず、ひいては本件特許に明白な無効事由が存するという結論が導き出されることになる。


 これに対して、構成要件A(1)の「積層状に並べ」がロープと稚貝の耳部を水平置きにする構成のみを意味するとの前記(一)のような解釈に立てば、右構成は、本件原出願明細書の「特許請求の範囲」におけるロープと稚貝の耳部を「上下に積層状に重なるように」「水平方向」に位置決めする稚貝位置決め部の構成と同様のものということになるから、本件出願が前記(2)記載の分割要件を欠くことにはならず、したがって、本件特許に無効事由があるということにもならない。


 このような場合には、本件出願を分割出願として行った出願人の意思及び本件出願を適法な分割出願と認めて特許した特許庁の判断を尊重し、できる限り本件特許に前記のような無効事由が生ずることのないようにその特許請求の範囲を解釈するのが相当というべきであり、かかる観点からすれば、構成要件A(1)の「積層状に並べ」については、ロープと稚貝の耳部を水平置きにする場合のみを意味するものと解釈するのが、相当である。


(三) 被告は、構成要件A(1)の「積層状に並べ」についての右のような解釈を否定する根拠として、(i)本件発明の目的・効果からみてロープと稚貝の耳部の並べ方が垂直置きか水平置きかは問題とならないこと、(ii)本件原出願当時における養殖貝類の耳吊り装置としては、ロープと稚貝の耳部を水平置きにするもののみならず、垂直置きにするものも公知であったこと、(iii)本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載中に垂直置きの状態のものを「積層状」と表現している部分があることを主張する。


 しかしながら、右(i)及び(ii)の点については、仮に被告が主張するとおりの事情があるとしても、これらの事情にかかわらず、出願人において特許出願の対象とする発明の範囲をロープと稚貝の耳部を水平置きに位置決めする構成のもののみに特に限定することも妨げられないところ、前記(一)で述べたような「積層状」なる文言の本来的な意味と前記(二)で述べたような本件出願の経過に関する事情を総合すれば、本件発明においては、その特許請求の範囲において、ロープと稚貝の耳部の位置決めに関する構成につき、「積層状」なる文言が用いられることによって、水平置きにする構成のもののみに限定されたものと解するのが相当というべきであるから、被告の主張する右(i)及び(ii)の点は、構成要件A(1)に関する前記のような解釈を否定し得る根拠とはいえない。


 また、右(iii)の点に関しては、確かに、本件明細書の「発明の詳細な説明」の「発明の実施の形態」の項に、「ストック部52には、作業の開始に先立ってシート状のカートリッジ85が多数横並びの積層状にストックされ」(本件公報第九欄四行目ないし六行目)との記載があり、図19ではカートリッジ85が垂直置きの状態でストック部52に収納されていることが認められるが、右記載は、実施例の説明に関する記載の一部にすぎず、内容的にみても、多数のシート状カートリッジのストック部における収納状態に関するものであって本件発明の特許請求の範囲に記載された構成自体に関する説明部分ではないことからすると、右記載における表現が必ずしも特許請求の範囲における記載文言の解釈を拘束するものとはいえない。したがって、被告が主張する右(iii)の点も、前記(一)及び(二)のような事情に基づく解釈を否定し得るだけの根拠になるとはいえない。


(四) 以上を総合すると、本件発明の構成要件A(1)を充足するためには、貝吊り用のロープと稚貝の耳部に貫通孔を形成するとともにそこに係止具を刺し通す際に、右ロープと稚貝の耳部を水平にして上下に重ねて配置する装置であることを要するものと、解される。


2 原告各装置が構成要件A(1)を充足するか。

 原告各装置においてはいずれも、養殖ロープ51と貝7の耳部7aに貫通孔を形成するとともに右貫通孔に係止ピン59を刺し通す際、二枚の貝7が養殖ロープ51の両側にそれぞれ耳部7aを下に向けた状態で垂直に配置される状態となるのであり(別紙製品目録(一)の図7A及び7B、別紙製品目録(二)の図6A及び6B)、貝吊り用のロープと稚貝の耳部を水平にして上下に重ねて配置するものでないことは明らかであるから、原告各装置はいずれも本件発明の構成要件A(1)を充足しない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。