●平成19(行ケ)10391審決取消請求事件「コンマー CONMER」

 本日は、『平成19(行ケ)10391 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「コンマー CONMER」平成20年06月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080626153626.pdf)について取り上げます。


 本件は、本件商標登録がを公序良俗違反として商標法4条1項7号違反による無効審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容され、審決が取り消された事案です。


 本件では、法4条1項7号に該当するとした審決の認定が誤りとした点で、参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 上田洋幸)は、

1 法4条1項7号に該当するとした審決の認定,判断の当否

 被告は,法4条1項7号,10号,15号,19号に該当することを理由として,本件商標の無効審判請求をした。これに対して,審決は,本件商標が法4条1項7号に該当する商標について登録されたものであるから,法46条1項の無効理由が存在すると判断した。すなわち,審決は,原告が,「CONMAR」との文字からなる米国商標が被告の商標であることを認識していたにもかかわらず,「CONMAR」との文字からなる商標が日本において商標登録されていないことを奇貨として,被告に無断で剽窃的に,スライドファスナーを含む「ボタン類」を指定商品として本件商標を出願し,登録を受け,ひいては被告の日本国内への参入を阻止しているものであり,そうすると,本件商標の登録を認めることは,公正な取引秩序を乱し,社会一般の道徳観念ないしは国際信義に反し,公の秩序を害するものであるから,本件商標は法4条1項7号に該当すると判断した。


 しかし,当裁判所は,審決が認定した事実の下において,少なくとも法4条1項7号に該当するとした点には誤りがあり,審決は取り消すべきものと判断する。


 以下,この点について述べる。

(1) 法4条1項7号について

 商標法は,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」について商標登録を受けることができず,また,無効理由に該当する旨定めている(法4条1項7号,46条1項1号)。法4条1項7号は,本来,商標を構成する「文字,図形,記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」(標章)それ自体が公の秩序又は善良な風俗に反するような場合に,そのような商標について,登録商標による権利を付与しないことを目的として設けられた規定である(商標の構成に着目した公序良俗違反)。


 ところで,法4条1項7号は,上記のような場合ばかりではなく,商標登録を受けるべきでない者からされた登録出願についても,商標保護を目的とする商標法の精神にもとり,商品流通社会の秩序を害し,公の秩序又は善良な風俗に反することになるから,そのような者から出願された商標について,登録による権利を付与しないことを目的として適用される例がなくはない(主体に着目した公序良俗違反)。


 確かに,例えば,外国等で周知著名となった商標等について,その商標の付された商品の主体とはおよそ関係のない第三者が,日本において,無断で商標登録をしたような場合,又は,誰でも自由に使用できる公有ともいうべき状態になっており,特定の者に独占させることが好ましくない商標等について,特定の者が商標登録したような場合に,その出願経緯等の事情いかんによっては,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,国家・社会の利益,すなわち公益を害すると評価し得る場合が全く存在しないとはいえない。


 しかし,商標法は,出願人からされた商標登録出願について,当該商標について特定の権利利益を有する者との関係ごとに,類型を分けて,商標登録を受けることができない要件を,法4条各号で個別的具体的に定めているから,このことに照らすならば,当該出願が商標登録を受けるべきでない者からされたか否かについては,特段の事情がない限り,当該各号の該当性の有無によって判断されるべきであるといえる。


 すなわち,商標法は,商標登録を受けることができない商標について,同項8号で「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」と規定し,同項10号で「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標・・・」と規定し,同項15号で「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標・・・」と規定し,同項19号で「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって,不正の目的・・・をもって使用をするもの・・・」と規定している。


 商標法のこのような構造を前提とするならば,少なくとも,これらの条項(上記の法4条1項8号,10号,15号,19号)の該当性の有無と密接不可分とされる事情については,専ら,当該条項の該当性の有無によって判断すべきであるといえる。


 また,当該出願人が本来商標登録を受けるべき者であるか否かを判断するに際して,先願主義を採用している日本の商標法の制度趣旨や,国際調和や不正目的に基づく商標出願を排除する目的で設けられた法4条1項19号の趣旨に照らすならば,それらの趣旨から離れて,法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ」を私的領域にまで拡大解釈することによって商標登録出願を排除することは,商標登録の適格性に関する予測可能性及び法的安定性を著しく損なうことになるので,特段の事情のある例外的な場合を除くほか,許されないというべきである。


 そして,特段の事情があるか否かの判断に当たっても,出願人と,本来商標登録を受けるべきと主張する者(例えば,出願された商標と同一の商標を既に外国で使用している外国法人など)との関係を検討して,例えば,本来商標登録を受けるべきであると主張する者が,自らすみやかに出願することが可能であったにもかかわらず,出願を怠っていたような場合や,契約等によって他者からの登録出願について適切な措置を採ることができたにもかかわらず,適切な措置を怠っていたような場合(例えば,外国法人が,あらかじめ日本のライセンシーとの契約において,ライセンシーが自ら商標登録出願をしないことや,ライセンシーが商標登録出願して登録を得た場合にその登録された商標の商標権の譲渡を受けることを約するなどの措置を採ることができたにもかかわらず,そのような措置を怠っていたような場合)は,出願人と本来商標登録を受けるべきと主張する者との間の商標権の帰属等をめぐる問題は,あくまでも,当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから,そのような場合にまで,「公の秩序や善良な風俗を害する」特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当でない。


 以下,上記の観点から,審決を検討する。


(2) 審決の理由について

ア 審決の事実認定及び判断の内容

 審決の事実認定及び判断の内容は,次のとおりである。


(ア) 「CONMAR」の文字からなる米国商標は,もともとは米国のコンマー社が,その製造販売するファスナーに使用していたものであり,コンマー社のファスナーは,第二次世界大戦以降,米軍用フライトジャケットに多く採用され,1950年,60年代においては,米軍用フライトジャケットのファスナーにおいて大きなシェアを占めていた。その後コンマー社は廃業し,「CONMAR」の文字からなる米国商標は,スコービル社に承継された。


 被告は,昭和11年に米国で設立されたファスナーの製造会社であり,当該分野で世界第2位の規模を有しており,9か国に営業所を有している。被告は,平成8年にスコービル社を吸収合併し,その際にスコービル社から「CONMAR」の文字からなる米国商標を承継したが,同米国商標は,同年3月失効した。その後,被告は,「CONMAR」の文字からなる米国商標を,ファスナーについて取得した。


 米国及び日本にはフライトジャケットの愛好者がおり,専門業者や専門誌が存在し,古着の米軍用フライトジャケットや米軍用フライトジャケットを復刻したものなどが取引されている。ファスナーは,フライトジャケットの製造年代やモデルを識別するための重要な手がかりとなるため,フライトジャケットの取引に当たっては,ファスナーのブランドを明記する場合が多い。(イ) リアルマッコイズ社は,服飾類の販売等を目的とする株式会社であり,平成14年に解散しているが,その本店所在地は,原告の従前の本店所在地と同一であり,原告の代表取締役であるA,原告の取締役であったBは,いずれもリアルマッコイズ社の取締役,代表取締役であったことがある。


 リアルマッコイズ社は,平成4年末から平成7年末にかけてスコービル社との間で,「CONMAR」との表示を付したファスナーの製造委託について交渉した。被告は,平成10年から平成12年にかけて,リアルマッコイズ社との間で,「CONMAR」との表示を付したファスナーについて商談を行い,「CONMAR」との表示を付したファスナーをリアルマッコイズ社に供給した。


(ウ) 上記の事実によれば,「CONMAR」の文字からなる米国商標は,本件商標の登録出願時である平成15年6月の時点において,既に米国のみならず日本においても,フライトジャケットの分野においてある程度知られた存在になっていた。そうすると,リアルマッコイズ社がスコービル社との間で,「CONMAR」との表示を付したファスナーの製造委託について交渉し,更にその後被告と商談を行い,被告から「CONMAR」との表示を付したファスナーの供給を受けたのは,「CONMAR」の文字からなる米国商標が付されたファスナーが存在すること及び同米国商標が被告に帰属することを知っていたためと推認される。


 原告は,リアルマッコイズ社を原告の前身会社として自認しており,原告とリアルマッコイズ社が本店所在地,役員において共通していることから,原告とリアルマッコイズ社は実質的に同一といい得るのであって,リアルマッコイズ社が「CONMAR」の文字からなる米国商標が付されたファスナーの存在及び同米国商標の被告への帰属を知っていたことからすると,原告もこれらを知っていた。


(エ) 以上を総合すると,原告は,「CONMAR」との文字からなる米国商標が被告の商標であることを認識しながら,「CONMAR」との文字からなる商標が日本において商標登録されていないことを奇貨として,被告に無断で剽窃的に,スライドファスナーを含む「ボタン類」を指定商品として本件商標を出願し,登録を受け,ひいては被告の日本国内への参入を阻止しているものであり,そうすると,本件商標の登録を認めることは,公正な取引秩序を乱し,社会一般の道徳観念ないしは国際信義に反し,公の秩序を害するものであるから,本件商標は法4条1項7号に該当する。


イ 審決の認定,判断の当否


 しかし,本件商標が法4条1項7号に該当するとした審決の判断には,以下のとおり,誤りがあると解する。


 すなわち,確かに,リアルマッコイズ社は,平成4年末から平成7年末にかけてスコービル社との間で,「CONMAR」との表示を付したファスナーの製造委託について交渉したこと,そして,リアルマッコイズ社は,平成10年から平成12年にかけて,被告から「CONMAR」との表示を付したファスナーの供給を受けたことから,リアルマッコイズ社は,「CONMAR」との米国商標が被告に帰属したとの事実を認識していたと推認される事情があったと解される。


 しかし,

(i)原告と被告との間の紛争は,本来,当事者間における契約や交渉等によって解決,調整が図られるべき事項であって,一般国民に影響を与える公益とは,関係のない事項であること
(ii)本件のような私人間の紛争については,正に法4条1項19号が規定する「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって,不正の目的・・・をもって使用をするもの・・・」との要件への該当性の有無によって判断されるべきであること
(iii)被告が米国において有している商標権は,あくまでも私権であり,被告がそのような権利を有したからといって,原告が,日本において,同商標と類似又は同一の商標に係る出願行為をすることが,当然に「公の秩序又は善良な風俗を害する」という公益に反する事情に該当するものとは解されないこと
(iv)被告は,スコービル社から承継した「CONMAR」との文字からなる米国商標(第324689号)に係る商標権については,平成8年3月,更新せずに消滅させており,また,ファスナーについて「CONMAR」との文字からなる米国商標の登録を平成13年12月に受けた者から,同米国商標に係る商標権の譲渡を受けているなどの事情があり,その子細は必ずしも明らかでないこと,
(v)審決において,原告が本件商標の登録を受けたことは認定されているが,それを超えて原告が被告の日本国内への参入を阻止していることを基礎づける具体的な事実は,何ら認定されていないこと,
(vi)原告の本件商標の出願は,後記認定のとおり,法4条1項19号に該当するのみならず,同項10号,15号にも該当する事由が存在するといえること

等を総合すると,本件について,原告の出願に係る本件商標が「公の秩序又は善良な風俗を害する」とした審決の判断には,誤りがあるというべきである。


 したがって,本件商標に法4条1項7号所定の無効事由があるとした審決は取り消すべきものと判断する。


2 付加的判断


 当裁判所は,被告が,法4条1項7号,10号,15号,19号に該当することを理由として,本件商標の無効審判請求をしたのに対し,審決が法4条1項7号に該当するとの判断をした点において,誤りがあると解するものであるが,本件紛争のすみやかな解決に資するため,以下のとおり付加して判断を示すこととする。


(1) 事実認定

 ・・・省略・・・

 以上のとおり,リアルマッコイズ社が登録を受けて原告に移転登録された商標及び原告が登録を受けた商標は,いずれも「CONMAR」との表示と類似し,又は共通する部分を含むものである。


(2) 各無効事由の存否について


 以上の事実を前提として,本件商標が,法4条1項10号,15号,19号に該当するか否かについて検討する。


ア 「CONMAR」との表示は,遅くとも日本においてフライトジャケットの市場が成立していた平成8年から現在に至るまで,コンマー社及びそのファスナーに関する事業を引き継いだ者(現在は,被告である。)のファスナーを表示するものとして,これらのファスナーの需要者であるフライトジャケットの取引業者や愛好家の間で広く知られているから,他人の業務に係る商品(ファスナー)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標に該当するものと認められる。


 本件商標は,「CONMAR」との表示に類似する商標である。また,ファスナーは,本件商標の指定商品は「ボタン類」の範囲に含まれ,原告が,フライトジャケットや,ファスナーなどフライトジャケットの構成部材の取引を行っていることから,本件商標は,フライトジャケット又はその他の衣類のファスナーに使用されるものと推認される。そうすると,本件商標は,他人の業務に係る商品(ファスナー)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標に類似する商標であって,その商品(ファスナー)に使用をするものに該当すると認められる。したがって,本件商標には,法4条1項10号の無効事由があると認められる。



イ また,本件商標は,「CONMAR」との表示に類似する商標であり,「CONMAR」との表示が使用されているのと同一商品(ファスナー)に使用されるから,本件商標は,他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれのある商標に該当すると認められる。


 したがって,仮に本件商標に法4条1項10号の無効事由がないとしても,本件商標には,法4条1項15号の無効事由があると認められる。


ウ さらに,本件商標は,他人の業務に係る商品(ファスナー)を表示するものとして日本国内及び米国において需要者の間に広く認識されている商標と類似の商標であると認められる。そして,前記(1)の認定事実中,(i)原告代表者のAは,フライトジャケットやその構成部材であるファスナーについて深い知識を有しており,リアルマッコイズ社及び原告において,中心的な立場で,フライトジャケットやファスナーの取引を行うとともに,ボタン類(ファスナーを含む)等を指定商品とする商標登録(本件商標を含む。)を行っていたこと(前記(1)エ(ウ)),(ii)リアルマッコイズ社は,スコービル社及び被告と「CONMAR」の表示が付されたファスナーの取引をし,被告により,被告から購入する「CONMAR」との表示を付したファスナーを販売する限りにおいて「CONMAR」との表示を使用する非独占的な使用権を許諾されていたこと(前記(1)オ),(iii)リアルマッコイズ社が登録を受けて原告に移転登録された商標及び原告が登録を受けた商標(本件商標を含む。)は,「CONMAR」との表示と類似し又は共通する部分を含むものであること(前記(1)キ)を総合考慮すると,原告は,「CONMAR」との表示がコンマー社及びそのファスナーに関する事業を引き継いだ被告のファスナーの表示として需要者の間で広く認識されていることを知りながら,その表示と類似する本件商標の登録を得てこれを使用するものであり,本件商標は,原告が,不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的をもって使用をするものであると認められる。

 したがって,仮に本件商標に法4条1項の1号から18号までの各号に掲げる無効事由がないとしても,本件商標には,法4条1項19号の無効事由があると認められる。


3 結論


 前記1で判示したとおり,本訴請求は理由があるから,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 なお、『平成19(行ケ)10392 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「コンマー CONMAR」平成20年06月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080626154359.pdf)も同様の判決のようです。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 追伸;<気になった記事>

●『歴史上の人物名、商標登録を制限 特許庁、審査基準見直しへ』http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080627AT3S2601626062008.html
●『歴史上の人物、登録ダメ 特許庁、商標基準見直し』http://www.47news.jp/CN/200806/CN2008062701000942.html
●『特許の国際出願件数、過去最高に 07年、新興国への出願増える』http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080627AT3S2703927062008.html
●『任天堂、控訴する方針=米連邦地裁の特許侵害訴訟で』http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008062700753
●『沖データ、アカシア子会社との特許係争に和解でライセンス契約』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3835