●平成19(行ケ)10369審決取消請求事件「双方向歯科治療ネットワーク

 本日は、『平成19(行ケ)10369 審決取消請求事件 特許権「双方向歯科治療ネットワーク事件」平成20年06月24日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080625101726.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、特許庁において特許法第29条1項柱書の「発明」に該当しないとされた本件発明が、知財高裁においてリパーゼ最高裁判決の例外により(※なお、本判決文中では、リパーゼ最高裁判決を引用していません。)発明の詳細な説明の記載を参酌して同項柱書の「発明」に該当すると判断された点で、今後の実務に影響を与える事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 本多知成、裁判官 田中孝一)は、

2 取消事由2(発明該当性の判断の誤り)について

(1) 本願発明1について

ア 審決は,「請求項1には,『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』とが発明特定事項として記載されている。」「そして,歯科医師が,その精神活動の一環として,患者からの歯科治療要求を判定したり,初期治療計画を策定するものであることは社会常識であるから,請求項1の『要求される歯科修復を判定する』,『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する』の主体は,歯科医師であるといえる。そうすると,請求項1において,歯科医師が,その精神活動の一環として『判定する』こと,『策定する』ことを,それぞれ「手段」と表現したものと認められる。」「念のため,この点について,特許請求の範囲の記載以外の明細書の記載及び図面の記載を見ても,『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』に関し,何らかの定義,即ち,歯科医師が主体でない,或いは歯科医師の精神活動に基づくものでないなどの定義は記載されていない。・・・」「請求項1は,当初の『双方向歯科治療方法』から『コンピュータに基づいた歯科治療システム』の発明に補正され,『判定し』,『策定し』を『判定する手段』,『策定する手段』に補正しているが,『判定する手段』,『策定する手段』に関して,上述のとおりその発明の特定事項として,歯科医師が主体の精神活動に基づく判定,策定することを,上記「手段」と表現したものであるから,請求項1に係る発明全体をみても,自然法則を利用した技術的創作とすることはできない。」「してみると,請求項1に係る発明は,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」と認定判断する(8頁32行〜9頁35行)。


 そこで,審決の上記判断について,以下検討する。


イ(ア) 本件補正前の請求項1の記載は,次のとおりである(甲4)。

「歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと;
 前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;
 データベースに蓄積された情報にアクセスし,この情報を人間が読める形式で表示するための1台または複数台のコンピュータであって少なくとも歯科診療室に設置されたコンピュータと;
 要求される歯科修復を判定する手段と;
 前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり,
 前記通信ネットワークは初期治療計画を歯科技工室に伝送し;
 また前記通信ネットワークは必要に応じて初期治療計画に対する修正を含む最終治療計画を歯科治療室に伝送してなる,コンピュータに基づいた歯科治療システム。」


(イ) この請求項1の記載から,本願発明1は,「歯科治療システム」に関するものであり,「データベースを備えるネットワークサーバ」,「通信ネットワーク」,「1台または複数台のコンピュータ」,「要求される歯科修復を判定する手段」及び「初期治療計画を策定する手段」をその要素として含み,「コンピュータに基づ」いて実現されるものである,と理解することができる。


 また,「システム」とは,「複数の要素が有機的に関係しあい,全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体」(広辞苑第4版)をいうから,本願発明1は,上記の要素の集合体であり,全体がコンピュータに基づいて関係し合って,歯科治療のための機能を発揮するものと解することができる。


ウ ところで,特許の対象となる「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり(特許法2条1項),一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。


 したがって,人の精神活動それ自体は,「発明」ではなく,特許の対象とならないといえる。


 しかしながら,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,「発明」に当たらないということもできない。けだし,どのような技術的手段であっても,人により生み出され,精神活動を含む人の活動に役立ち,これを助け,又はこれに置き換わる手段を提供するものであり,人の活動と必ず何らかの関連性を有するからである。


 そうすると,請求項に何らかの技術的手段が提示されているとしても,請求項に記載された内容を全体として考察した結果,発明の本質が,精神活動それ自体に向けられている場合は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当するとはいえない。


 他方,人の精神活動による行為が含まれている,又は精神活動に関連する場合であっても,発明の本質が,人の精神活動を支援する,又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は,「発明」に当たらないとしてこれを特許の対象から排除すべきものではないということができる。


 エ これを本願発明1について検討するに,請求項1における「要求される歯科修復を判定する手段」,「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」という記載だけでは,どの範囲でコンピュータに基づくものなのか特定することができず,また,「システム」という言葉の本来の意味から見ても,必ずしも,その要素として人が排除されるというものではないことから,上記「判定する手段」,「策定する手段」には,人による行為,精神活動が含まれると解することができる。さらに,そもそも,最終的に,「要求される歯科修復を判定」し,「治療計画を策定」するのは人であるから,本願発明1は,少なくとも人の精神活動に関連するものであるということができる。


 しかし,上記ウのとおり,請求項に記載された内容につき,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,特許の対象から排除されるものではないから,さらに,本願発明1の本質について検討することになる。


オ そして,上記エのとおり,請求項1に記載の「要求される歯科修復を判定する手段」,「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず,その結果,本願発明1の要旨の認定については,特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとの特段の事情があるということができるから,更に明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することとする。


(ア) 本願発明の明細書には,次の記載がある。

 ・・・・・・

(イ) 以上の記載を参酌すると,本願発明は,歯科治療において,これまでは使用し得る材料及び技術の数が限られていたため,治療方式の選択が簡単だったものが,近年,新しい材料及び技術が開発され,処置の選択が劇的に増大した結果,歯科医師が個々のケースについて最適の材料及び治療方法を選択するための情報が過多となったという課題認識の下,歯科医師と歯科技工士が歯科治療計画及び最適な修復歯科治療計画を作成し,最適な材料を使用することを支援する方法及びシステムを提供するものであり,従来歯科医師や歯科技工士が行っていた行為の一部を支援する手段を提供するものであることが理解できる。


 そして,データベースには,歯科補綴材の材料,処理方法及びプレパラートに関する情報が蓄積され,ネットワークサーバには,歯科補綴材の材料や処理方法についてデータベースを照会することを可能にするプログラムが備えられ,診療室又は歯科技工室には,人間が読み取れる形式で表示する端末が置かれ,コンピュータを使用して歯科補綴材の材料若しくは処理方法を確認,確立,修正又は評価し,この照会に対するデータベースからの回答を受信するように構成されている。さらに,歯及び歯のプレパラートのカラー画像を分析する手段を有し,歯科補綴材の色を患者の歯に最も近く整合させるために必要なデジタル画像を表示できるようにされている。


(ウ) 本願発明の明細書には,「発明の詳細」として,更に次の記載等がある。

 ・・・・・・

 また,【0024】以下には,デジタルカメラによる歯等の撮影装置と歯等の画像データの処理方法について記載され,【0118】ないし【0121】には,【図16】とともに,本願発明の双方向ネットワークシステムについて記述され,最後に,付録Aとして,本願発明の一部に使用するコンピュータ・プログラムのリストが添付されている。


(エ) 以上のうち,【0010】,【0012】,【0013】及び【0015】の記載によれば,初期治療計画は歯等のデジタル画像を含むものであり,そのデジタル画像に基づいて歯の治療に使用される材料,処理方法,加工デザイン等が選択され,その選択に必要なデータはデータベースに蓄積されており,策定された初期治療計画はネットワークを介して診療室と歯科技工室とで通信されるものと理解することができる。そして,画像の取得,選択,材料等の選択には歯科医師の行為が必要になると考えられるが,これらはネットワークに接続された画像の表示のできる端末により行うものと理解できる。


 また,【0020】,【0021】及び【0022】の記載によれば,本願発明は,スキャナを備え,歯又は歯のプレパラートをスキャンしてデータを入力し,データベースに蓄積されている仕様と比較することによって,治療計画の修正が必要かどうかが確認できるものであることが理解できる。もっとも,実際の確認の作業は,人が行うものと考えられる。


カ 以上によれば,請求項1に規定された「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」には,人の行為により実現される要素が含まれ,また,本願発明1を実施するためには,評価,判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの,明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと,本願発明1は,精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く,全体としてみると,むしろ,「データベースを備えるネットワークサーバ」,「通信ネットワーク」,「歯科治療室に設置されたコンピュータ」及び「画像表示と処理ができる装置」とを備え,コンピュータに基づいて機能する,歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる。


キ したがって,本願発明1は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものということができ,本願発明1が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断は是認することができない。


(2) 本願発明2ないし10について

ア 審決は,(i)本願発明2ないし10につき「請求項1に係る発明は,自然法則を利用した技術的創作に該当しないものであるから,これを直接,或いは間接的に引用した請求項であって,請求項1の『判定する手段』,『策定する手段』については何ら限定するものではない請求項に係る発明も,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」(9頁36行〜10頁3行),(ii)本願発明2,3,6及び7につき「主要な発明特定事項として,『歯科治療室において,初期治療計画,ならびに歯科治療要求のデジタル画像プレパラートを含むデザイン規準を作成する』(請求項2),『最終治療計画を歯科治療室に伝送する前に初期治療計画を技工室において評価することをさらに含む』(請求項3),『最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し,この補綴材を患者に装着することをさらに含む』(請求項6),『歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って作成されたかどうかを確認することをさらに含む』(請求項7)を有するものであるが,これらは何れも歯科医師,技工士を主体とし,人の精神活動そのもの或いはそれに基づく行為を特定したものであるといえる。」「してみると,請求項2,3,6,7に係る発明は,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」(10頁5〜17行)と認定判断する。


イ しかしながら,上記ア(i)の認定判断は,本願発明1が特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないことを前提とするものであって,採用することができない。


 また,上記ア(ii)の認定判断についても,上記(1)の認定判断によれば,請求項1を直接又は間接に引用する請求項2,3,6及び7に係る上記の主要な発明特定事項とされるものにつき,いずれも人の精神活動そのもの又はそれに基づく行為を特定したものであるとの理由をもって特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないということはできず,採用することができない。

ウ したがって,本願発明2ないし10が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断も是認することができない。


3 結論


 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がないが,本願発明1ないし10が特許法2条1項に規定する「発明」に該当せず,本願発明が同法29条1項柱書にいう「発明」に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は是認することができず,取消事由2は理由があることになるから,審決は違法として取消しを免れない。』

 と判示されました。



 なお、上記判決文中の、

そして,上記エのとおり,請求項1に記載の「要求される歯科修復を判定する手段」,「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず,その結果,本願発明1の要旨の認定については,特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとの特段の事情があるということができるから,更に明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することとする。

 が、新規性や進歩性の判断において出願に係る発明の要旨を認定する際、特許請求の範囲の記載の用語の技術的意義を一義的に明確に理解することができない等の特段の事情がある場合、発明の詳細な説明の記載を参酌する、というリパーゼ最高裁判決(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/75CB63A39AC99F3449256A8500311EAF.pdf))の例外部分です。


 私の知る限り、特許法第29条1項柱書の「発明」の該当性の判断に、リパーゼ最高裁判決の例外を適用して判断した判決は、初めてでないかと思いますので、本件は、今後、特許法第29条1項柱書の「発明」の該当性の判断の審査・審判実務などに影響を与えるものと思われます。


 詳細は、本判決文を参照してください。