●平成7(ワ)1110 実用新案権 民事訴訟「蝶番」

 本日は、昨日紹介した均等侵害の認められた『平成7(ワ)1110 実用新案権 民事訴訟「蝶番」平成12年05月23日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/029DE913524C646D49256A77000EC32D.pdf)について取り上げます。


 つまり、大阪地裁(裁判長裁判官 小松一雄、裁判官 高松宏之、裁判官 水上周)は、


『2 特許権侵害訴訟において、特許請求の範囲に記載された構成中に、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、
(i) 右部分が特許発明の本質的部分ではなく(均等要件(i))、
(ii) 右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(均等要件(ii))、
(iii) 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(均等要件(iii))、
(iv) 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく(均等要件(iv))、かつ、
(v) 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(均等要件(v))は、

 右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(前掲最高裁平成一〇年二月二四日判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。そしてこの理は、実用新案権についても妥当するものと解される(ただし、要件(iv)は「きわめて容易に推考できたものでなく」と読み替える。実用新案法三条二項参照。)。


    そして、右各要件のうち、(i)ないし(iii)は、特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一であるというための要件であるのに対し、(iv)及び(v)はこれを否定するための要件であるというべきであるから、これらの要件を基礎付ける事実の証明責任という意味においては、(i)ないし(iii)については均等を主張する者が、(iv)及び(v)についてはこれを否定する者が証明責任を負担すると解するのが相当である。


 ホ号物件が本件第三考案の構成要件A及びBを充足することは当事者間に争いがないので、以下、右原告主張に係る相違点にもかかわらず、ホ号物件が本件第三考案の構成Cと均等であるといえるための要件を満たすか否かを検討する。


3 均等要件(i)について

(一) 前記のとおり、均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分でないことを要する。


 右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付け、特有の作用効果を生じるための特徴的部分、換言すれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。


そして、右の特許発明における本質的部分を把握するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された一部を形式的に取り出すのではなく、当該特許発明の実質的価値を具現する構成が何であるのかを実質的に探求して判断すべきである。この理は、実用新案権の場合でも同様である。


(二) 乙18によれば、本件第三明細書には、次の記載があることが認められる。

(1) 考案が解決しようとする課題
(2) 作用欄
(3) 実施例欄
(4) 考案の効果欄


(三) 以上のような本件第三明細書の記載からすると、本件第三考案は、(i)ヒンジに取り付けた後にも召合せ部材の上下方向の位置調整を可能とすること、(ii)簡単に取り付けられること、(iii)確実に取り付けることの3つの効果を奏することを目的としていると解されるところ、召合せ部材の取付後も上下位置調整ができるようにする(目的(i))ためには、召合せ部材を可動部材と物理的に一体化しない(ネジ止め等をしない)ようにすればよい。しかし、物理的に一体化しない場合でも、召合せ部材を確実に取り付けること(目的(iii))が必要である。そこで、これらを同時に満たすために、本件第三考案は、「外嵌保持」や「抱着挟持」というように、召合せ部材を可動部材が外から挾み、締め付けて確実に保持するという構成を採用したものであるが、同時に、本件第三考案は、召合せ部材を簡単に取り付けることができるようにする(目的(ii))ことも目的としたので、この要請も同時に満たす必要がある。


 そこで、本件第三考案では、A召合せ部材と略同幅に形成された取付部の幅方向両端に一対の挟持壁を設けて、それにより召合せ部材を幅方向に締め付けるとともに、B一対の挟持壁の先端部の幅が召合せ部材の幅よりも小となるようにして、取付部と挟持壁によって、可動部材が召合せ部材を厚さ方向にも締め付けることとし(この点は本件第三明細書の記載からは必ずしも明らかではないが、この構成が召合せ部材の脱抜防止の効果を有するとの本件第三明細書の記載及び実施例に関する第1図及び第9図からは右のように解される。)、これらによって取付後の位置調整(目的(i))と確実な保持(目的(iii))を可能にするとともに、C取付部、挟持壁及び挟持壁先端によって形成される空間の開放部から召合せ部材を挿入してワンタッチ装着を可能にし(目的(ii))、D右開放部を設けた構成と可動部材を弾性を有する合成樹脂で形成した構成によって、召合せ部材が挟持壁を押し広げるように挿入され、挿入後は復元して召合せ部材を締め付けるようにしたものである。


 そして、召合せ部材取付用ヒンジにおいて、本件第三考案のように、召合せ部材をワンタッチ装着できるようにしつつ、取付後の位置調整を可能とし、なおかつ確実な取付けを可能とするという技術的課題を提示し、それを解決する構成を提示した技術が、公知技術に存したことは、本件全証拠によっても窺われない。


(四) 本件第三考案についての以上のような理解を前提に検討すると、確かに本件第三考案の実用新案登録請求の範囲を形式的に分説した場合には、本件第三考案の本質的部分は構成要件Cにあるといえる。


 しかし、発明の本質的部分の意義について先に検討したところからすれば、本件第三考案において、前記課題を解決し、前記作用効果を奏させているのは、取付部及び挟持壁の組合せによって召合せ部材を幅方向及び厚さ方向の双方から外嵌保持すると同時に、それらによって形成される空間に開放口を設けて召合せ部材をワンタッチ挿入できるようにした点にあり、取付部及び挟持壁を幅方向と厚さ方向のいずれの方向に設けるかという点や、召合せ部材の挿入口が設けられているのが幅方向であることは、本件第三考案が前記課題を解決し、前記作用効果を奏するための解決原理となっているわけではないと解するのが相当である。


 以上からすれば、本件第三考案における「幅」とされている要件を「厚さ」に置換することは、本質的部分での相違ではなく、均等要件(i)は満たされるというべきである。

4 均等要件(ii)について

(一) 検乙4の1によれば、ホ号物件は、前記本件第三考案の作用効果と同一の作用効果を奏するものと認められるから、均等要件(ii)を満たす。


(二) この点について原告は、ホ号物件では、本件第三考案の「幅」を「厚さ」に変えたことによって、召合せ部材の取付時に要する力や上下位置調整時に要する力がはるかに小さくなったから、両者は作用効果を異にすると主張する。

 確かに、(i)甲51によれば、本件第三明細書の第1図類似の計算モデルAとホ号物件類似の計算モデルBについて、挟持壁部分を〇・五?たわませるのに要する荷重を計算によって求めたところ、計算モデルAでは一三・四?であったのに対し、計算モデルBでは〇・八?であったこと、(ii)甲53によれば、本件第三考案の実施品である検乙4の3とホ号物件である検乙4の1について、装着に要する力と上下位置調整に要する力を測定したところ、装着力については、実施品では一六?であったのがホ号物件では二・四?であり、上下位置調整力については、実施品では三・四四?であったものがホ号物件では〇・四九六?であったこと、(iii)甲67によれば、右実施品とホ号物件について、それぞれ取付部の開口部を広げる際に要する負荷を測定したところ、変移量が〇・二?の場合には実施品が〇・八kgfであるのに対してホ号物件が〇・二kgf、変移量が一・〇?の場合には実施品が四・六kgfであるのに対してホ号物件が〇・四ないし〇・五kgfであったこと、(iv)甲68によれば、右実施品とホ号物件とでは、取付けに要する時間について差があり、ホ号物件の方が
取付に要する時間が短いことが認められる。


 しかし、前記のような明細書の記載に加え、本件第三考案の出願前に前記のような技術課題とその解決手段を提示した公知技術が存しなかったことからすれば、本件第三考案は、公知技術に比べて、装着や上下位置移動に要する負荷の大小といった量的なものを改善した考案と解することはできず、したがってその作用効果が装着や上下位置移動に要する力の強弱によって限界付けられることはないと解するのが相当である。確かに、前記のとおり、本件第三明細書の効果欄には、強い力をかけて上下方向に位置調整する旨が記載されているが、召合せ部材を確実に保持するためには、わずかの力で召合せ部材が移動すると不都合であるのは自明であって、右記載は、それ以上の趣旨を述べるものとは解されない。


 また、実際の製品において装着や上下位置調整に要する力をどのようなものとするかは、本件第三考案を実施して製品を製造する際の設計の仕方によって適宜変わってくるものであるから、甲51のようなある条件下でのモデル計算や、甲53のようなある実施例との比較によって、ホ号物件と本件第三考案との作用効果の同一性を論じることは正当とはいえない。

 このように、召合せ部材をワンタッチ装着でき、取付後も上下位置調整ができ、なおかつ確実に保持できるという定性的な作用効果が奏される限り、装着や上下位置移動に要する力の強弱いかんにかかわらず、本件第三考案と同一の作用効果を奏すると解するのが相当であり、原告の主張は採用できない。


5 均等要件(iii)について

 ホ号物件の製造が開始された平成八年三月ころの時点において、召合せ部材取付用ヒンジについて、ホ号物件のように挟持壁を厚さ方向に設けて召合せ部材を外嵌保持する技術が実際に存在したことを認めるに足りる証拠はない。

 しかし、ある物を外嵌保持する場合に、挟持壁を幅方向に設けるか厚さ方向に設けるかは、ヒンジの分野に限らず、相互に置換可能な常套手段であると考えられるから、本件第三明細書に接した当業者が、ホ号物件の構成を想到するのは、特段の実験等を要するまでもなく容易であったと認めるのが相当である。


 なお、4で述べたとおり、本件第三考案の実施品及びその計算モデルとホ号物件及びその計算モデルとの間には、召合せ部材の装着や上下位置調整に要する力に強弱の差があるが、前記のとおり、そのような力の強弱の差は、本件第三考案の作用効果の観点からは問題とすべきものではないから、このような力の強弱は、均等要件(iii)を認める障害とはならない。


6 均等要件(iv)について

 ホ号物件が、本件第三考案の実用新案登録出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時にきわめて容易に推考できたとの事情を認めるに足りる証拠はない(この事情がないことは当事者間に争いがない。)。


7 均等要件(v)について

(一) 甲35によれば、本件第三考案の出願経過について、次の事実が認められる。

(1) 本件第三考案の出願当初の明細書における実用新案登録請求の範囲の記載は、次のとおりであった(甲35の5)。

「観音開き形式の左右一対の回動扉20、21と、両回動扉20、21の召合せ部間隙Sを閉塞する召合せ部材22とを備え、更に該召合せ部材22はヒンジ1によって一方の回動扉20に取付けられて、回動扉20、21の内面側で召合せ部間隙Sを閉塞する閉塞姿勢Aと、他方の回動扉21との衝突を回避すべく後方回動した回避姿勢Bとに回動自在とされると共に、該ヒンジ1に設けたバネ4により常時回避姿勢B方向に付勢され、一方の回動扉20の閉塞時に、召合せ部材22内面側と相対移動自在に当接して、召合せ部材22を閉塞姿勢Aとさせる受承面部27がケース本体25側に設けられたものにおいて、前記ヒンジ1は一方の回動扉20の自由端に固定される固定部材2と、該固定部材2に立設された支持片7、7に支持される枢支部10及び該枢支部10から延設して召合せ部材22を幅方向に抱着挟持する取付部11とを一体に有する可動部材3と、該可動部材3を常時回避姿勢に付勢するバネ4とからなることを特徴とするケースの扉構造における召合せ部材取付け用ヒンジ」


(2) これに対しては、平成六年六月二九日付け拒絶理由通知書において、本件第三考案は、引用例1(実開昭六一ー一三六〇八三号のマイクロフィルム)及び引用例2(実開昭六四ー三三八九四号のマイクロフィルム)からきわめて容易に考案することができたものであるとされた(甲35の10)。


(3) これに対して被告奥田製作所は、平成六年九月一九日、実用新案登録請求の範囲の記載を別紙実用新案権目録3記載のとおりに補正する(甲35の12、13)とともに、同日付けで意見書(甲35の11)を提出した。

 右意見書の中で、被告奥田製作所は、補正後の本件第三考案と各引用例との相違について、次のように述べた。

「引用例1は、隙間8を裏側から塞ぐ目地板7を、枢着手段9の目地板取り付け板13に木ねじ15により取り付けるようにしており、本願考案の一対の挟持壁12a、12bに相当するものは全く存在しない。また、引用例2は、一方の扉1aに取付けた取付板2に本願考案の召合せ部材22に相当する回動板4を枢軸3を介して連結した構成であり、この引用例2も本願考案の召合せ部材22を幅方向に抱着挟持する一対の挟持壁12a、12bに相当するものは全く開示していない。

 従って、引用例1及び引用例2の場合、本願考案の如く召合せ部材22をヒンジ1に取付けた後に上下方向に位置調整することは不可能であり、召合せ部材を最適な位置に簡単かつ確実に取り付けることはできない。」

(二) 右認定事実によれば、被告奥田製作所は、出願当初の明細書においては、実用新案登録請求の範囲の記載を「該枢支部10から延設して召合せ部材22を幅方向に抱着挟持する取付部11」とのみしていたのを、拒絶理由通知を受けて構成要件Cのように補正したものであるといえる。しかし、右補正の内容からすると、右補正は、召合せ部材22を抱着挟持する構成をより明確にしたものにすぎず、公知技術を回避するためになされたものとは認められないし、また、意見書の内容を見ても、ホ号物件のように挟持壁を厚さ方向に設ける構成を特に意識的に除外したとも認められない。
 他に均等要件(v)の特段の事情を認めるに足りる証拠はない。


8 結論

 以上によれば、ホ号物件は、本件第三考案の構成と均等であり、その技術的範囲に属する。 』


 と判示されました。


 詳細は,本判決文を参照してください。


追伸;<気になった記事>

●『JST特許情報データベース機能拡充 外国出願など一括検索 』http://www.business-i.jp/news/ind-page/news/200805020013a.nwc
●『米特許商標庁と欧州特許庁が9月から特許審査ハイウェイの試行を開始(USPTO)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3379