●平成19(行ケ)10171 審決取消請求事件「複合磁性体及びその製造方

Nbenrishi2008-04-09

 本日は、『平成19(行ケ)10171 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「複合磁性体及びその製造方法ならびに電磁干渉抑制体」平成20年04月07日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080408162838.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶査定審決の取消しを求めた取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の記載がいわゆる実施可能要件(特許法36条4項)を満足するか否かの判断の点で、参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 今井弘晃、裁判官 田中孝一)は、

(1) 取消事由1(実施可能要件の判断の誤り1)について

ア 原告は,本願発明に係る電磁干渉抑制体は,軟磁性体粉末と有機結合剤を含む複合磁性体のうち,特定の特性,即ち,反磁界HddとHdeの比Hdd/Hdeが4以上の複合磁性体を選別することによって得られるのであり,本願発明の趣旨は,製造条件によって特定された電磁干渉抑制体を得ることにあるのではなく,製造された複合磁性体のうち,特定の特性を備えた複合磁性体を選別することによって本願発明でいう電磁干渉抑制体を得ることにあるのであって,製造条件によって特定された複合磁性体ではない,したがって,本願発明に係る電磁干渉抑制体の製造方法としては,本願発明の電磁干渉抑制体に対する示唆及びその特性に対する目標値を与えれば,周知技術を使用している限り当業者が容易にかつ任意に実現でき,本願明細書(甲2,5)の実施例に記載された製造条件とそこから一義的に定まる条件に,当業者の技術常識を加味すれば,本願発明に係る電磁干渉抑制体を容易に得ることができるし,甲7の2(矢野宏「品質工学計算法入門」財団法人日本規格協会・2002年4月30日第7刷発行),甲8(田口玄一・横山巽子「経営工学シリーズ18 実験計画法」財団法人日本規格協会・1979年10月25日初版第1刷発行)等における直交表を用いれば,各製造条件での製造及び確認作業は,当業者に過度の試行錯誤を強いるものでないことは明らかであると主張する。


イ しかし,本願発明の特許請求の範囲は,前記第3,1,(1)のとおりであり,本願発明は,所定の条件下で測定した比Hdd/Hdeが4以上を呈するという特性を有する複合磁性体を材料とする電磁干渉抑制体及びその製造方法の発明であると認められる。


そうすると,本願発明(請求項1)において,所定の条件下で測定した比Hdd/Hdeが4以上を呈するという複合磁性体の特性は,あくまでその磁気損失特性が優れていることの数値的指標として,複合磁性体を特定する意味を有しているものであって,かかる特性自体が開示されたからと言って,同複合磁性体の製造方法が開示されたことにはならない。


 そして,物の発明については,どのように作るかについて具体的な記載がなくても明細書の記載や技術常識に基づき当業者がその物を製造できる場合を除き,製造方法を具体的に記載しなければならないというべきであり,本願発明(請求項1)も物の発明であるから,製造条件によって特定された複合磁性体を内容としていないとしても,本願明細書(甲2,5)の実施可能要件を満たすため,上記のような意味で,製造方法の具体的な記載が必要であることを左右することはできない。


 さらに,原告が,本願明細書(甲2,5)の実施例に記載された製造条件とそこから一義的に定まる条件に当業者の技術常識を加味すれば決定できる旨主張する条件は,前記2(3)ア,イ(ア)〜(ウ),ウで説示したとおり,本願発明(請求項1)の電磁干渉抑制体の材料としての,比Hdd/Hdeが4以上を呈する優れた磁気損失特性を有する複合磁性体を得る目的のために,扁平状の形状を有する軟磁性体粉末をできる限り同じ方向に並べるようにしてその配向度を改善するために設定する条件として開示すべき重要な事項であると認められる。


 そして,これらが,本願明細書(甲2,5)の実施例に記載された製造条件とそこから一義的に定まる条件に当業者の技術常識を加味すれば容易に決定される事項とみることができる具体的な根拠もないから,原告が主張するように,本願発明の電磁干渉抑制体に対する示唆及びその特性に対する目標値を与えれば周知技術を使用している限り当業者が容易にかつ任意に実現できるということはできない。


ウ さらに原告は,上記甲7,甲8等における直交表を用いれば,各製造条件での製造及び確認作業は,当業者に過度の試行錯誤を強いるものでないことは明らかであると主張するが,このような一般的な品質工学,経営工学の文献に記載された統計学的な手法について言及したとしても,前記2(3)ア,イ(ア)〜(ウ),ウで説示したとおり,本願発明において,高周波透磁率特性,電磁干渉抑制に優れるという効果を有する複合磁性体を製造するという目的のために,出発粗原料粉末を粉砕,延伸,引裂加工等により扁平化する際の加工手段及び加工条件を具体的にどのように設定するか,また,比Hdd/Hdeを4以上とするために,具体的にどのような条件で剪断応力を加えたり,外部磁界を印加したり,ロール圧延をするのか,について,なお当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえないことに変わりはない。


 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。


エ したがって,取消事由1の主張は,理由がない。


(2) 取消事由2(実施可能要件の判断の誤り2)について


ア 原告は,本願発明が,製造条件によって一義的に特定された「電磁干渉抑制体」を趣旨とするものではなく,当業者の技術常識である一般的な製造方法における製造条件を特定することを必須の要件としないことは明らかであるにもかかわらず,発明の詳細な説明には製造条件に関する記載がないとして実施可能要件の不備で拒絶した審決は,本願発明の趣旨を誤解したものである,本願発明は,電磁干渉抑制体として使用される複合磁性体の評価基準を与えることを企図したもので,請求項1で「該複合磁性体を立方体と成したときの磁化困難軸方向の反磁界Hddと磁化容易軸方向の反磁界Hdeとの比Hdd/Hdeを測定したときに」と記載するように,比Hdd/Hdeを測定した結果,その値が4以上の複合磁性体を選別して電磁干渉抑制体とすることを趣旨とし,特定の製造条件によって得られた複合磁性体を電磁干渉抑制体とするものではない,更に,請求項2は,「剪断応力を加える」こと,「外部磁界を印加する」こと,或いは,「ロール圧延する」ことによって,比Hdd/Hdeを4以上にできることを明記して,4以上の比Hdd/Hdeを有する電磁干渉抑制体は,一般的な製造方法を用いても実現できることを例示的に開示している,と主張する。


イ しかし,前記(1)イに説示したとおり,本願発明(請求項1)において,比Hdd/Hdeが4以上を呈するという複合磁性体の特性は,あくまでその磁気損失特性が優れていることの数値的指標として,複合磁性体を特定する意味を有しているものであって,かかる特性自体が開示されたからといって,同複合磁性体の製造方法が開示されたことにはならないし,また,物の発明については,どのように作るかについて具体的な記載がなくても明細書の記載や技術常識に基づき当業者がその物を製造できる場合を除き,製造方法を具体的に記載しなければならないというべきことは,物の発明である本願発明にも当てはまるというべきである。


 また,本願発明の要旨は,前記2(2)に記載したとおりであるから,同2(2)に説示したとおり,本願明細書(甲2,5)における開示事項が,本願発明の実施可能要件を満たすといえるためには,上記比Hdd/Hdeが4以上を呈する優れた磁気損失特性を有する複合磁性体を得るための手段としての,各製造方法において扁平状の形状を有する軟磁性体粉末をできる限り同じ方向に並べるようにしてその配向度を改善するために設定する条件等についての技術的事項が,本願明細書(甲2,5)において,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていることを要するというべきであるところ,前記2(3)ア,イ(ア)〜(ウ),ウで説示したとおり,本願明細書(甲2,5)はかかる記載要件を満たしていないものである。


ウ 以上によれば,取消事由2の主張は理由がない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


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