●平成19(行ケ)10147審決取消請求事件「ソーワイヤ用ワイヤ」(1)

Nbenrishi2008-04-06

 本日は、『平成19(行ケ)10147 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ソーワイヤ用ワイヤ」平成20年03月27日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080328134125.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の棄却審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法36条6項1号違反のいわゆるサポート要件違反や、特許法36条6項2号違反の発明の明確性の欠如、特許法36条4項違反の実施可能要件違反等についての判断が参考になるかと思います。


 本日は、まず、特許法36条6項1号違反のいわゆるサポート要件違反の判断について取り上げます。


 なお、本件特許発明は,次のとおりです。
「【請求項1】シリコン,石英,セラミック等の硬質材料の切断,スライス用に用いられるソーワイヤであって,径サイズが0.06〜0.32mmφで,ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張2応力,−側は圧縮応力)の範囲に設定されていることを特徴とするソーワイヤ用ワイヤ。」


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 大鷹一郎、裁判官 嶋末和秀)は、


2 取消事由2(特許法36条6項1号違反の判断の誤り−いわゆるサポート要件違反)について

(1) 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例は,特許請求の範囲に記載されたワイヤの径サイズ,内部応力値の数値範囲全体にわたるものではないこと,また,示された具体例に効果の連続性がなく,内部応力値を特許請求の範囲記載の範囲(「0±40kg/mm2 」)に設定することで,フリーサークル径の減径防止や小波の発生の防止という本件特許発明が奏するとされている効果が得られるものと理解することは困難であることに照らすならば,本件特許発明は,本件出願時の技術常識に照らしても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できない場合に当たるから,本件明細書はサポート要件を満たさず,本件特許は,特許法36条6項1号に違反すると主張する。


 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

 ア特許請求の範囲の記載

 特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件特許発明は,「径サイズが0.06〜0.32mmφであって,ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm 2の範囲に設定されていることを特徴とするソーワイヤー用ワイヤ」であって,ワイヤの径サイズ(「0.06〜0.32mmφ」),層除去の範囲(ワイヤ表面から「15μm」の深さまで),層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力の範囲(「0±40kg/mm2 」)の各数値をもって発明を規定していることが認められる。


イ発明の詳細な説明の記載

(ア) 本件明細書(甲44)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある。

 ・・・省略・・・

(イ) 上記(ア)の記載を総合すると,本件明細書の発明の詳細な説明には,(i)従来から,ソーワイヤには,スライス面を平滑にし,スライス厚さを均一に加工する必要性から,高精度の線径公差及びソーマシン内で真直な姿勢を維持する性状が求められていたが,近年におけるソーワイヤ1本当たりのスライス量を増す要請に応えるためワイヤへの負荷を大きくした状況下で使用した場合,ソーワイヤにスライス面精度を低下させるフリーサークル径の減径及び小波が発生するという課題があったこと,(ii)本件特許発明は,上記課題を解決するための手段として,層除去法(層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から内部応力を求める方法)により数値化した,ソーワイヤ用ワイヤの表面層の内部応力を所定の範囲に制限し,その内部応力の絶対値を小さくする構成として特許請求の範囲(請求項1)に記載された「径サイズが0.06〜0.32mmφであって,ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm2 の範囲に設定」した構成を採用したことにより,使用後にフリーサークル径が極端に小さくなったり,小波状となるようなことがなく,ソーワイヤ用ワイヤを真直な姿勢に維持できる効果を奏することが記載されていることが認められる。


ウ 特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との対比

(ア) 上記イ(イ)で認定したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,使用後のフリーサークル径の減径及び小波の発生という,ソーワイヤ用ワイヤの使用負荷を大きくした場合の課題を解決し,使用後のワイヤを真直な姿勢に維持するための手段として,層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から内部応力を求める方法により数値化した,ワイヤの表面層の内部応力を所定の範囲に制限し,その内部応力の絶対値を小さくする構成として,本件特許発明の特許請求の範囲(請求項1)に記載された構成を採用したことが記載されている。

 ・・・省略・・・

 加えて,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明のワイヤの径サイズ(「0.06〜0.32mmφ」)については,通常使用されるワイヤサイズに基づいて規定し,層除去の範囲(ワイヤ表面から「15μm」の深さまで)については,実使用による使用済みワイヤの片側最大磨耗が15μmであることを確認したことに基づいて規定し,内部応力の範囲(「0±40kg/mm2 」)は,実使用による使用後のワイヤに小波の発生がなく,フリーサークル径の減径が大きくなかったことを確認したことに基づいて規定したことが記載されていること(上記イ(ア)e)に照らすならば,本件特許発明の内部応力の範囲(「0±40kg/mm2 」)は,その上限値又は下限値に格別の臨界的意義があるわけではなく,ワイヤの表面層の内部応力の絶対値が小さい数値を規定したものと理解される。


(ウ) そうすると,本件明細書に接した当業者であれば,発明の詳細な説明の記載から,本件特許発明は,層除去法により数値化したワイヤの表面層の内部応力の絶対値を小さくすることにより,使用後のフリーサークル径の減径及び小波の発生という,ソーワイヤ用ワイヤの使用負荷を大きくした場合の課題を解決し,ワイヤを真直な姿勢に維持することができるようにした発明であると理解し,また,特許請求の範囲(請求項1)に記載された「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm2 の範囲に設定」する構成を採用すれば,上記課題を解決し,ワイヤを真直な姿勢に維持することができる効果を得られることについて,発明の詳細な説明の【表1】記載の本件特許発明の具体例1ないし5及び比較例1ないし5により裏付けられているものと理解するものと認められる。


 したがって,特許請求の範囲(請求項1)に記載された本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであり,本件明細書の記載は特許法36条6項1号を充足する。


(エ) これに対し原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例は,特許請求の範囲に記載されたワイヤの径サイズ,内部応力値の数値範囲全体にわたるものではないこと,また,示された具体例に効果の連続性がなく,内部応力値を特許請求の範囲記載の範囲(「0±40kg/mm2 」)に設定することで,フリーサークル径の減径防止や小波の発生の防止という本件特許発明が奏するとされている効果が得られるものと理解することは困難であり,本件明細書はサポート要件を満たさないと主張する。


 しかし,前記(イ)で検討したとおり,本件特許発明のワイヤの径サイズ(「0.06〜0.32mmφ」)は,通常使用されるワイヤサイズに基づいて規定し通常使用されるワイヤサイズに基づいて規定したものであること,本件特許発明の内部応力の範囲(「0±40kg/mm2 」)は,ワイヤの表面層の内部応力の絶対値が小さい数値を規定したもので,その上限値又は下限値に格別の臨界的意義があるわけではないこと,発明の詳細な説明の【表1】記載の本件特許発明の具体例1ないし5は,いずれも微少小波が発生していないことで一貫し,【表1】記載の具体例及び比較例から,内部応力の絶対値が小さい具体例ほどフリーサークル径が大きくなる傾向にあることを理解することができることに照らすならば,【表1】記載の本件特許発明の具体例1ないし5は,特許請求の範囲に記載されたワイヤの径サイズ,内部応力値の数値範囲全体にわたるものでないからといって,本件明細書はサポート要件を満たしていないとはいえない。


 したがって,原告の上記主張は採用することができない。


(2) 小括


 以上のとおり,本件明細書はいわゆるサポート要件を充足しているから,本件特許は特許法36条6項1号に違反しないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。