●平成18(ワ)13803 損害賠償請求事件 著作権「パズル」(2)

  本日も、『平成18(ワ)13803 損害賠償請求事件 著作権 民事訴訟「パズル」平成20年01月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080220103513.pdf)について取り上げます。


 本日は、複製権又は翻案権の侵害が認められた3つのパズルA、E、FのうちEとFとについて取り上げます。


 本件では、パズルの著作物における複製及び本案の判断が参考になる事案かと思います。


 つまり、東京地裁(民事第46部 裁判長裁判官 設樂隆一、裁判官 関根澄子、裁判官 古庄研)は、

(6) 原告パズルEについて

 原告パズルEは,日没直前に東と北を撮影した2枚の写真のいずれが東を撮影した写真で,いずれが北を撮影した写真であるかを問う問題であり,アフリカの砂漠と遠くに見える山とを被写体とした写真を用いている。これは,日没前に東を向いて撮影した場合には,足下付近から先を撮影した写真については西日による撮影者の影が写り込むのに対し,そうでないものについては,撮影者の影が写らないということに着想を得たパズルである。


 これに対し,被告パズルEも,日没直前に東と北を撮影した2枚の写真のいずれが東を撮影した写真で,いずれが北を撮影した写真であるかを問う問題であり,エジプトの砂漠と遠くに見えるピラミッドとを被写体とした写真を用いている。


 このような着想によるパズルは,本件訴訟に顕れた証拠で見る限り,平成3年発表の原告パズルE以前には見当たらない。

 以上を踏まえて検討するに,まず,日没前に東を向いて撮影した場合には,足下付近から先を撮影した写真については西日による撮影者の影が写り込むのに対し,そうでないものについては,撮影者の影が写らないことから,2枚以上の写真を使用して,各写真の撮影方向を推理させるという着想自体が,一般的なものではない(日没前に東を向いて撮影すれば,足下付近から先を撮影する場合は撮影者の影が写り込むというのは,単なる経験則ないし事実であるものの,このことから上記のような内容のパズルを発想することは一般的ではない。)。


 また,この着想をパズルとして表現する場合,(i)影が写っている写真と影が写っていない写真を使用して,非常に単純なパズルとするか,(ii)原告パズルEのように,「それが日没前に東を向いて撮影したものであるとすれば,撮影者の影が写り込むはずのアングルの写真(ただし,影が写っていないもの)」1枚ないし複数枚と,「それが日没前に東を向いて撮影したものであったとしても,撮影者の影が写り込まないはずのアングルの写真(ただし,影が写っていないもの)」1枚を用意しておき,どれが東を向いて撮影した写真であるかを問うという表現形式とするか,そのいずれを採用するかにおいて,作者にとって選択の幅があり,さらに,この場合においても,「それが日没前に東を向いて撮影したものであるとすれば,撮影者の影が写り込むはずのアングルの写真(ただし,影が写っていないもの)」を何枚用いるか,また,そのような写真についてどのような設定をするのか(原告パズルEでいえば,北を向いて撮影したとの設定。),被写体をどのようなものに設定するかなどについても,一定の表現の選択の幅があるものである。


 以上からすれば,原告パズルEは,その着想自体が作者に特有のものであること,また,この着想をパズルとして表現する場合に,2枚の写真を用いている点,東を向いて撮影したとされる写真1枚については撮影者の影が写らないはずのアングルのものとしている点,それ以外の写真については,東を向いて撮影したとすれば,影が写り込む構図であるのに,影が写っていないものとしている点,同写真が北を向いて撮影したとされており,被写体としてアフリカの砂漠と山が用いられている点などにおいて,作者の個性が表現された創作的な表現であると認められる。


 そして,原告パズルEと被告パズルEとは,このような着想をパズルとして表現する場合に必要な2枚の写真を用いている点,東を向いて撮影したとされる写真1枚については撮影者の影が写らないはずのアングルのものとしている点,それ以外の写真については,東を向いて撮影したとすれば,影が写り込む構図であるのに,影が写っていないものとしている点,同写真が北を向いて撮影したとされている点において,いずれも表現上の特徴があり,この表現上の特徴において一致しているほか,写真にアフリカの砂漠又は砂地が撮影されているという表現上の特徴においても一致する。さらに,解答の表現も,相当に類似している。


 そうすると,被告パズルEは,原告パズルEと比べ,遠景に撮影されているのが山ではなくピラミッドであるという点において相違し,イラストにおけるこの表現上の差異により別個の創作性が付与されているとみることができるものの,上記のとおり,原告パズルEの表現上の各特徴を備えているものであるから,原告パズルEの表現上の本質的特徴を直接感得し得るものであって,原告パズルEの翻案であると認められる。


 また,被告パズルEは,平成3年に原告パズルEが公刊物に掲載された後の平成17年に発表されたものであり(上記第2の1(1),(9)),また,上記のとおり,原告パズルEと被告パズルEの表現が相当に類似していること,原告パズルEが掲載されている「パズルの帝国」と被告の執筆した書籍との間には,ほかにも類似した問題が存在することに照らせば,被告パズルEが原告パズルEに依拠して作成されたことを認めることができる。

 被告は,影の問題では,「夕方(早朝)に写真に撮ったときには自分の影が写り込むはず,ということから方角が推測できる」というアイデアは昔から存在するものであり,また,原告パズルEは,上記アイデアを簡潔な表現でパズルにしたにすぎないものであり,特段の創作的な表現が付加されているものではないから,著作物性は認められない,と主張する。


 しかし,原告パズルEのような問題が昔から存在したことを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりである。また,このようなアイデアからパズルを作成する場合,どのような内容のパズルとして具体的にどう表現するかについて,作者により選択の幅があることも前記のとおりであるから,原告パズルEは,作者の個性が創作的に表現されたものであるというべきである。被告の上記主張は採用し得ない。


 以上によれば,被告パズルEは,原告パズルEについての原告の翻案権を侵害したものと認められる。


(7) 原告パズルFについて

 原告パズルFは,3種類の缶を載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,3種類の中で最も軽い缶を答えさせる問題である。これは,連立方程式の応用問題であり,3種類の缶をX,Y,Zと置き換えれば,二つの方程式〔2X+Y+Z<2Y+2Z〕,〔X+2Y+Z=X+2Z〕となるから,この二つの方程式を天秤と3種類の缶でビジュアル化したパズルである。被告パズルFも,3種類のボールを載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,3種類のボールの中で最も軽いボールを答えさせる問題であり,3種類のボールをX,Y,Zと置き換えれば,上記の方程式と全く同じ方程式となるものである。


 このような着想によるパズルは,平成3年発表の原告パズルFよりも以前から存在し,例えば,昭和45年発行の高野一夫著「数学のあたま」(講談社発行)には,3種類のおもりを載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,一つの皿に特定の種類のおもりが5個載せられた別の天秤が釣り合うように他の皿に載せるべきおもりを答えさせる問題(方程式で表せば,〔X+2Y=3Z〕,〔2X=Y+3Z〕の際に,〔5Y〕と等号で結ばれるX,Y,Zの組合せを問う問題)が掲載されている(乙9)。


 以上を踏まえて検討するに,重量の異なる複数種類の物を載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,複数種類の物の軽重を問うことは,数学の連立方程式を天秤等を使用してビジュアル化するとのアイデアであり,このようなアイデア自体を特定の者に独占させることは相当ではないことは明らかである。


 しかし,重量の異なる3種類の物を載せた二つの天秤の釣り合いの状況から,3種類の物の軽重を問うパズルを表現する場合,連立方程式の組合せは無数に考えられるのであるから(現に,原告パズルFと乙9パズルに用いられた方程式は異なっているし,原告パズルFに用いられた連立方程式の元になった〔2X<Y+Z〕,〔2Y=Z〕の両辺に適宜X,Y,Zを左右に同数ずつ付加することによっても,無数の連立方程式を得ることができる。),このようなパズルには作者により表現の選択の幅があるものということができ,原告パズルFは,特定の連立方程式を採用した上で,これを天秤等でビジュアル化したイラストで表現したパズルであり,全体として作者の個性が表われた創作的な表現であると認められる(特定の連立方程式をこのように天秤等でビジュアル化したイラストで表現したものを特定の者の著作物として保護しても,他に無数の連立方程式が考えられるのであるから,特段の不都合は生じないというべきである。)。


 そして,原告パズルFと被告パズルFとは,天秤に載せる3種類の物が缶であるかボールであるか,また,天秤の図柄においてこそ違うものの,イラスト全体としては顕著な差異はなく,いずれも〔2X+Y+Z<2Y+2Z〕,〔X+2Y+Z=X+2Z〕をビジュアル化した二つの天秤を用いて,3種類の物のうち最も軽いもの(方程式に即していえば,X,Y,Zのうち最も小さいもの)を答えさせるというパズルであり,実質的に同一のパズルであると認められる。


 さらに,被告パズルFは,平成3年に原告パズルFが公刊物に掲載された後の平成17年に発表されたものであり(上記第2の1(1),(9)),また,上記のとおり,原告パズルFと被告パズルFとでは同一の連立方程式を採用しており,偶然に同一の連立方程式を採用する確率は極めて低いこと,原告パズルFが掲載されている「パズルの帝国」と被告の執筆した書籍との間には,ほかにも類似した問題が存在することに照らせば,被告パズルFが原告パズルFに依拠して作成されたことを認めることができる。


 被告は,平易かつシンプルな問題とするためには,3元で等式・不等式を作成することは必然であり,かつ,各係数を0〜2にすることも当然であるから,問題に使用できる3元の等式・不等式の範囲は極めて限られること,及び,かような等式・不等式の組み合わせ自体も,一つのアイデアにすぎないのであって,等式・不等式の組み合わせ自体は創作性のある著作物と認められるものではない,と主張する。


 しかし,等式・不等式の組合せ自体は一つの数学的な問題と解答(アイデア)であるとしても,多数の三元一次方程式の中から特定の組合せを選択すること,及び,これを天秤と3種類の物で表現することまで具体化していくと,作者の個性的な表現が可能となるものであり,これを特定の者に独占させたとしても,多数の三元一次方程式の中から原告パズルFとは異なるものを選択してパズルを作成することができるのであるから,特段の不都合は生じないというべきである。


 以上によれば,被告パズルFは,原告パズルFについての原告の複製権を侵害したものと認められる。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。