●平成18(ワ)11880等 特許権侵害差止等請求事件「遠赤外線放射体」

  本日は、『平成18(ワ)11880等 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「遠赤外線放射体」平成19年12月11日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071218090601.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権の侵害差止等請求事件であり、原告の請求が棄却された事案です。


 本件では、請求項中の「平均粒子径」の定義が明細書に記載されてなく、特許法36条6項2号の明確性の要件を欠くものと判断した点で、特許法36条6項2号の明確性の判断の点で参考になる事案かと思います。


 また、本件では,請求項の用語の意義は、まず、学術文献等で一般的技術的意義を参酌し、学術文献等で特定できない場合に、明細書における定義を参酌している点でも、参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(民事第21部 裁判長裁判官田中俊次 裁判官森崎英二 裁判官西理香)は、

『 事案にかんがみ,まず,争点4(構成要件C「平均粒子径」に関する記載不備の無効理由の有無)について判断する。

1 はじめに

 被告らは,本件明細書中には「平均粒子径」の定義及び説明がどこにも記載されていない上,平均粒子径を共に10μm以下とするための具体的手段や確認方法が記載されていないから,一般的技術常識を考慮しても,本件発明のいう「平均粒子径」の意味するところは明確でなく,また,当業者が過度の試行錯誤を強いられることなく「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」を実施することが可能であるとは認められないから,本件特許は,特許法36条6項2号の「特許を受けようとする発明が明確であること」との要件及び改正前特許法36条4項の実施可能要件を満たしていない旨主張する。

 そこで,まず,「平均粒子径」の一般的技術的意義について検討する。

2 学術文献上の「平均粒子径」の定義

(1) 「微粒子ハンドブック」・朝倉書店(乙A12)には,以下の記載がある。

  ・・・省略・・・

(2) 「粉粒体計測ハンドブック」・日刊工業新聞社(乙A13)には,以下の記載がある。

  ・・・省略・・・

(3) 「現場で役立つ粒子径計測技術」・日刊工業新聞社(乙A14)には以下の記載がある。

  ・・・省略・・・

(4) 「粘土ハンドブック第二版」・技報堂出版(乙A15)には,以下の記載がある。

  ・・・省略・・・

(5) 学術文献上の「平均粒子径」の意義のまとめ

 上記学術文献上の記載によれば,1個の粒子の大きさ(粒子径,代表径)の表し方としては種々のものがあり,大きく幾何学的径と相当径(何らかの物理量と等価な球の直径に置き換えたもの)とがあり,幾何学的径には定方向径,マーチン径,ふるい径などがあり,相当径には投影面積円相当径,等表面積球相当径,等体積球相当径,ストークス径,空気力学的径,流体抵抗相当径,光散乱径など種々のものがある。平均粒子径とは,粒子群を代表する平均的な粒子径(代表径)を意味するものであるが,個数平均径,長さ平均径,面積平均径等といった種々の平均粒子径及びその定義式(算出方法)があり,同じ粒子であってもその代表径の算出方法によって異なるものである。


 したがって,本件発明の構成要件Cの「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」のように,抽象的に平均粒子径として特定の数値範囲を示すだけでは,それがいかなる算出方法によるものであるかが明らかにならないから,その範囲が具体的に特定できないことになる。


 他方,粒子径(代表径)は,測定原理に対応して定義されているように,粒径測定法と密接に関係していることが認められ,測定方法が決まれば代表径が定まるという関係にある。


 したがって,明細書中に,平均粒子径の定義(算出方法)を記載するか,又はその測定方法に関する記載があれば,特定の数値範囲に属する平均粒子径のものを示すものとして,その特定に欠けるところはないことになる。そこで,本件明細書の記載を検討する。


3 本件明細書の記載の検討

(1) 「平均粒子径」に関し,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の特許請求の範囲を引用するものや,数値範囲を示すだけのものを除き,次のとおりの記載がある。

  ・・・省略・・・

(2) 本件明細書には,上記記載のほか,平均粒子径の定義(算出方法)やその測定方法に関する記載はない。このように,本件明細書には,「遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく,一般に,10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。より好ましいのは,0.5〜1μm程度の平均粒子径である。」というように,抽象的に平均粒子径の数値範囲のみが示されているのみで,本件発明の構成要件Cにいう「平均粒子径」がいかなる算出方法によって算出されるものであるか明示の記載もその手掛りとなる記載もない。


 また,本件明細書には,本件発明の実施例の遠赤外線放射体の作製方法として,「磁器製ポットをボールミルとして用い,モナザイトを含む上記の配合の原材料に,略同量の水を添加し,湿式混合粉砕を24時間行った。次いで,これを取出して上水を切り,400℃の温度で乾燥させた後,200メッシュの篩を通した。」とか,「各種のセラミックス遠赤外線放射材料と,モナザイトと,更に陶石とを,上記の配合で磁製ポットに入れ,これに略等量の水を加えて湿式混合粉砕し,それらの原材料の粒子が平均粒子径において約1μm程度になるまで粉砕し,また混合した。」と記載されているのみで,本件発明の構成要件Cにいう「平均粒子径」の測定につき採用されるべき測定方法について明示の記載あるいは手掛りとなる記載もない。


(3) そうすると,本件明細書の特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」(構成要件C)との記載は,それが具体的にどのような平均粒子径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であるというほかないから,特許法36条6項2号の明確性要件を満たしていないというべきである。


(4) これに対し,原告は,平均粒子径は数学的算出方法が慣用手段であり(乙A14),それを熟知した上で「平均粒子径」とするものであり,当業者間には光学的測定器が市販されており,それを使用して「平均粒子径」を決定していることは周知の事実であると主張する。


 しかし,上記のとおり,平均粒子径の算出方法及び測定方法には複数あるのであって,市販されている光学的測定器を使用して平均粒子径を測定するとしても,複数ある算出方法ないし測定方法からいずれを選択するかについて,当業者間に共通の理解があると認めるに足りる証拠はない。そうであれば,本件発明においていかなる算出方法あるいは測定方法をもって平均粒子径の数値を特定するかは不明であり,やはり特許法36条6項2号の明確性の要件を満たしていないことになるから,原告の上記主張は採用できない。


 また,原告は,本件発明は「平均粒子径の定義」,「セラミックス遠赤外線放射材料の粉末及びモナザイトの粉末の粒子の形状」,「代表径の取り方」,「平均粒子径の測定方法」のいずれをも特定しなければ具現化できないものではなく,また,平均粒子径の算出方法は周知であり,特段の断りがない場合の平均粒子径とは,算術平均,幾何平均等を意味するものであって,この算術平均でも,幾何平均でも,またそのほかの平均の算出方法でも,結果に大きな違いがないと思われる旨主張する。


 しかし,上記のとおり,本件明細書には「平均粒子径の定義」も「平均粒子径の測定方法」のいずれも記載がないのであり,かつ,算出方法等も複数あるのであるから,それらのいずれかが特定されない限り,平均粒子径の数値を特定することはできないのである。また,どのような算出方法をとっても結果に大きな違いがないという原告の主張は,上記2掲記の各学術文献の記載に照らし,採用することができない。


 その他,原告は縷々主張するが,いずれも本件明細書に特許法36条6項2号の明確性要件に欠けるとの上記判断を左右するものではないというべきである。


4 結論

 したがって,本件特許は,特許法36条6項2号の規定に違反して特許されたものであり,同法123条1項4号の無効理由を有する。よって,その余の争点について判断するまでもなく,本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから,特許法104条の3第1項により,特許権者である原告は,被告らに対し本件特許権に基づく権利を行使することができない。したがって,原告の被告らに対する本件各請求は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。  』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。

 
 追伸1;<新に出された知財判決>

●『平成18(ワ)8622 商標権侵害差止等請求事件 商標権 民事訴訟「マイクロクロス」平成19年12月13日 大阪地方裁判所』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071217180940.pdf
●『平成18(ワ)11880等 特許権侵害差止等請求事件「遠赤外線放射体」平成19年12月11日 大阪地方裁判所』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071218090601.pdf


 追伸2;<気になった記事>

●『パソナが特許調査に参入 団塊世代の技術者活用』http://sankei.jp.msn.com/economy/business/071218/biz0712180138000-n1.htm
●『パソナ、特許調査に参入…定年の団塊世代技術者を活用 』http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200712180006a.nwc
●『EPOがアマゾンの「ギフト注文」特許を無効に(欧州特許庁)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2391