●平成19(行ケ)10022 審決取消請求事件「インクジェット・プリント

  本日は、『平成19(行ケ)10022 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「インクジェット・プリント方法およびインク組成物」平成19年11月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071130111755.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許法29条の2による発明同一の拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法29条の2における発明同一の判断の際,当業者の技術常識を参酌して発明が実質的に同一であると判断された点で、特許法29条の2における発明同一性の判断でとても参考になる事案ではないかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘)は、


2 本願発明と先願発明の同一性の有無について


(1) ア本願明細書(甲1,2,乙4〜6。)。なお,以下の引用は,特に摘記したものを除き,甲1によるには以下の記載がある。

 ・・・省略・・・

イ 上記記載によれば,インクジェット・プリンティングにおいて,二つの異なる色のインクを互いに隣接するようにプリントする場合,二つの色の間の境界が鮮明で一方の色が他方の色に侵入しないことが望まれているにもかかわらず,一方の色が他方の色に入り込み,二つの色の間の境界がぎざぎざになる(にじむ)という課題があるところ(上記ア(イ)〜(エ)) ,本願発明はこのにじみを減少させることを目的とするものであり(上記ア(ア),(オ) ,そのための課題解決手段として,特定のpH条件下で不溶性)となるpH感応性着色剤を含むインクを使用しつつ,このインクのドットを近接して隣りになるように配置させるという方法を採用し(上記ア(カ)〜(コ) ),これによりpH感応性着色剤を含むインクを適切なpHの他のインクと接触させ,最初のインク中の着色剤が溶液から析出(沈殿)して着色剤の移動を抑え,二つのインク間のにじみを減少させるという作用効果を有するものであること(上記ア(オ)〜(コ))が認められる。


 そうすると,本願発明は,二つの色の領域が隣接する場合に,当該色領域の間の境界において双方の色を生成するインクが接触し,相互に入り込むことによって生じるにじみを防ぐため,使用するインクにつき,一方をpH感応性着色剤を含むもの,他方を適切なpHの他のインクとし,これを接触させることによってにじみを抑えるという技術的意義を有するものということができるから,本願発明において「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントする」(前記〈一応の相違点〉参照)ことの意義もまた,異なる色領域が接することにより,当該色領域を生成するインクが接触し得る状態でプリントする場合を指すものと理解すべきこととなる。


(2)アこれに対し,先願明細書(甲3)には,以下の記載がある。

 ・・・省略・・・

(3) そこで検討するに本願発明と先願発明が前記第3の1(3)イの一致点及び〈一応の相違点〉のとおり一致ないし一応相違することは当事者間に争いがなく,これによれば,先願発明におけるpH値を異にする組成からなる顔料系及び染料系インクの使用という課題解決手段の点及び被記録材上で両インクが交わることによって顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果の点については,実質的にみて本願発明と差異がないと理解できるものの,両インクを同一地点に着弾させるという先願発明の課題解決手段は,本願発明における両インクを隣接させる方法と同一であるとはいえない。


 しかし,先願発明におけるカラー画像(上記(2)ア(キ))の記録を実施した場合,通常,当該カラー画像は黒色領域とカラー領域との混交により形成されるものであるから,その形成過程において,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクとを同一地点に着弾させる場合だけでなく,顔料系ブラックインクの着弾地点と異なる地点に染料系カラーインクを着弾させる場合があり,そのカラー画像の内容によっては,両インクが隣接して着弾され,その結果両インクの接触に至ることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識に照らして自明の事項である。そして,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクの両インクが上記のように接触した場合,必然的に顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果が得られることは,上記の先願発明の作用効果に照らして明らかである。


 以上のとおり,当業者の技術常識を参酌すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすること」は先願明細書に記載されているに等しい事項であると認められ,このことに,先願発明に関する上記課題,課題解決手段,作用効果を併せ考慮すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすることで,第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させる」という発明を把握することができる。そうすると,このような発明と本願発明は実質的に同一であるということができるから,本願発明は特許法29条の2の規定により,特許を受けることができないというべきである。


(4)アこれに対し原告は,本願発明は,第1のインクと第2のインクとの間に境界が生じるように第1及び第2のインク領域をプリントすることを前提とするものであるのに対し,先願発明においてはこのような境界が存在せず,また ,「 第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすること」で,第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させることを実施ないし達成することはできない旨主張する。


 確かに,上記(2)イに述べたとおり,先願発明は,両インクを重複してプリントすることにより,顔料系ブラックインクが被記録材表面に固着するという作用効果を有するものであって,第1のインクと第2のインクとを平面的に隣接してプリントすることをその構成に当然に含むものではない。


 しかし,上記(3)に述べたとおり,当業者の技術常識に照らせば,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクとを隣接してプリントするという事項もまた先願明細書に記載されているに等しいものと認められるのであって,このような事項から把握される発明においては,第1のインク(顔料系ブラックインク)と第2のインク(染料系カラーインク)との間に本願発明と同様の境界が生じることは明らかであるし,隣接する色領域を生 成するインク同士の接触により一方のインクを凝集固着させその結果両インクにより生成される色領域の間の境界におけるにじみの発生が抑制されることもまた明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。


 なお,原告の上記主張は,にじみの抑制という作用効果は,先願発明に必須の工程として含まれる「両インクを重複してプリントすること」自体により生ずる結果であって,その後に両インクが隣接してプリントされたとしても上記結果が左右されるものではないとの趣旨をいうものとも理解できる。


 しかし,先願発明はもとより,上記のようにして把握される発明においても,カラー画像を作成する場合に,まず両インクの重複部分をプリントした後に隣接部分をプリントするというような先後の手順を採用すべきことが当業者の技術常識であると認めることはできないから,いずれにせよ原告の上記主張は採用することができない。



イ 次に原告は,本願発明は第1のインクと第2のインクとの間に境界が生ずるように第1及び第2のインク領域をプリントすることを前提とするものであり,第1のインクと第2のインクが重複することは予定されていないから,本願発明が第2のインクを第1のインクの一部と同一地点に着弾させる発明を含んでいるとの審決の認定は誤りである旨,また,仮に,本願発明において,インクが重複する態様は排除されていないと解したとしても,その重なり合いはごく一部にすぎないのに対し,先願発明は顔料系ブラックインク(第1のインク)のプリント領域全面について重なり合いを有する点で,両者の態様は全く異なる旨主張する。


 しかし,前記(3)に述べたところから明らかなとおり,先願明細書の記載に加えて当業者の技術常識を参酌することにより把握される発明と本願発明とが実質同一であることは,第1のインクと第2のインクが隣接し,かつ,これらが接触することで第1のインクが凝集するという本願発明の技術的特徴を前者が有していることから認められるのであって,このことは,両インクを同一地点に着弾させる(両インクが重複する)という先願発明の課題解決手段を本願発明が備えているか否かにより左右されるものではない。したがって,その余を検討するまでもなく,原告の上記主張は理由がない。


ウ さらに原告は,本願発明における「色と色の境目」とは「第1のインクの色」と「第2のインクの色」の境目を意図しているものと考えるべきであって「第1のインクの色と第2のインクの色の混色」と「第2のインクの色,」との境目も包含されるとの被告の解釈は誤りである旨主張する。


 しかし,前記(1)イに述べたとおり,本願発明は,異なる色領域が隣接する場合,これらの色領域を生成するインク同士が接触するとにじみが発生することから,これを抑制するため,異なる色領域を生成する各インクの組成につき,一方をpH感応性着色剤を含むもの,他方を適切なpHの他のインクとし,これらが異なる色領域の境界において接触することで, 一方のインクが凝集固着するという技術的特徴を有するものであるから,このような本願発明の技術的特徴を踏まえれば「第1及び第2のインク,の境界」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤が溶液から析出)するという特定の組成を有するインク同士の境界を指すものと解すべきであるし「色と色の境目」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤の溶液からの析出)するという特定の組成を含有するインクにより生成される色領域が,隣接する場合の境目を指すものと解すべきである。


 そして,前記アで判示したとおり,先願発明に当業者の技術常識を参酌して把握される発明においては,「第1のインク(顔料系ブラックインク)と第2のインク(染料系カラーインク)との間」に,上記のような意味での「第1及び第2のインクの境界(色と色との境目)が生ずること」は明らかである。


 したがって,本願発明は,先願発明に当業者の技術常識を参酌して把握される発明と実質的に同一であるということができるのであって,原告の上記主張は前記アの認定を左右するものではない。


 ・・・省略・・・


3 結論

 以上によれば,原告の主張はすべて理由がない。

 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 追伸1;<気になった記事>

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●『2007/12/07-19:55 ワープロ特許で東芝提訴=対価2億6000万円請求−元社員の天野教授・東京地裁http://www.jiji.com/jc/c?g=eco&k=2007120700927
●『広島銀、発明協会と特許評価などで包括協定』http://www.nikkei.co.jp/news/retto/20071207c6b0700r07.html
●『特許技術のガイド発刊 知的財産埼玉支援センター』http://www.saitama-np.co.jp/news12/07/20e.html
●『知的財産権の産業化促進に一連の措置 広東 』http://www.people.ne.jp/a/4d53404391084b469ab554c9a923cbff
●『Dellに特許訴訟――タッチスクリーンデバイスめぐり』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/08/news002.html
●『デル、タッチスクリーンの特許侵害で提訴される(タイフーン・テクノロジーズ)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2324
●『米IBMが台湾asustekを特許侵害で提訴、大手PCメーカーにも影響拡大か』http://journal.mycom.co.jp/news/2007/12/07/004/
●『IBMASUSTeKを特許侵害で提訴』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/07/news019.html
●『IBMASUSTeK製品の米国輸入禁止をITCに要求 』http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071207/289002/
●『IBM、台湾のコンピュータ企業ASUSTekを特許侵害でITCに提訴(IBM)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2325
●『「秘密特許制度」導入で、国家機密流出を防ぐ』http://news.ameba.jp/domestic/2007/12/9216.html
●『ITC、サンディスクによるフラッシュメモリー特許侵害の訴えで調査を決定(ITC)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2323