●平成7(ワ)13225 商標権 民事訴訟「ゼルダ事件」大阪地裁

  本日は、『平成7(ワ)13225 商標権 民事訴訟ゼルダ事件」平成9年12月09日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/639E3AAC735684B549256A7600272B8A.pdf)について取上げます。


 本件は、商標法において先使用による使用をする権利(商標法32条)が認められた事案であり、商標法特有の「継続してその商品についてその商標の使用をする場合」について判断している点で参考になる事案かと思います。


 つまり、大阪地裁は、


『一 争点は、「1 被控訴人標章が本件登録商標に類似するか否か。2 被控訴人が商標法三二条一項に基づき、先使用による被控訴人標章を使用する権利を有するか否か、すなわち、本件登録商標の出願日である昭和五五年八月四日の時点において、現に被控訴人標章が被控訴人の販売する婦人服を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたか。」にあるが、仮に、被控訴人標章が本件登録商標に類似するものであるとしても、以下に判断するとおり、本件登録商標の出願日である昭和五五年八月四日の時点において、現に被控訴人標章が被控訴人の販売する婦人服を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたから、被控訴人は、商標法三二条一項の規定に基づき、被控訴人の製造販売する婦人服について、被控訴人標章を使用する権利を有するのであって、被控訴人の製造販売する婦人服について、被控訴人標章を使用する行為は、本件商標権の侵害を構成しないものというべきである。すなわち、


二 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる証人【A】、【B】は原審証人、証人【C】、【D】は当審証人)


・・・省略・・・


6 そして、被控訴人は、その後も、後記7のとおり、昭和六三年一二月から平成元年一月末にかけて被控訴人標章を「MARIKO KOHGA」に変更するまで、被控訴人標章を使用して、「ゼルダ」ブランドの婦人服を販売してきたが、そのころまでに、「ゼルダ」ブランドは日本の他の著名なデザイナーブランドと肩を並べるまでになり、「ゼルダ」ブランドの婦人服を販売する被控訴人の直営店は大手百貨店を中心に四四店舗近く、フランチャイズ店は三二店舗近くになっていた(甲八、甲ニ三、甲ニ四、甲ニ五の一ないし三、証人【A】)。

7 原判決第三の二7を次のとおり、訂正したうえ、引用する。

 原判決一六頁九行の「被服、布製見回品及び寝具類」を「婦人服」と改める。


三 1 商標法三二条一項所定の先使用権の制度の趣旨は、職別性を備えるに至った商標の先使用者による使用状態の保護という点にあり、しかも、その適用は、使用に係る商標が登録商標出願前に使用していたと同一の構成であり、かつこれが使用される商品も同一である場合に限られるのに対し、登録商標権者又は専用使用権者の指定商品全般についての独占的使用権は右の限度で制限されるにすぎない。


 そして、両商標の併存状態を認めることにより、登録商標権者、その専用使用権者の受ける不利益とこれを認めないことによる先使用者の不利益を対比すれば、後者の場合にあっては、先使用者は全く商標を使用することを得ないのであるから、後者の不利益が前者に比し大きいものと推認される。かような事実に鑑みれば、同項所定の周知性、すなわち「需要者間に広く認識され」との要件は、同一文言により登録障害事由として規定されている同法四条一項一〇号と同一に解釈する必要はなく、その要件は右の登録障害事由に比し緩やかに解し、取引の実情に応じ、具体的に判断するのが相当というべきである。

2 そこで、右の点について具体的に検討する。

 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

 婦人服業界において、特定のデザイナーの製品であることを示すブランド(デザイナーブランド)の場合、大規模メーカーが不特定多数の消費者を対象として全国的規模で広告宣伝し大量販売するナショナルブランドと異なり、展示会、ファッションショーを通じて、これら催しに出席した新聞雑誌等のマスコミ関係、百貨店、小売専門店等のバイヤーに直接そのブランドのイメージの理解をはかり、右ファッションショー等に出席しなかったバイヤー等には出席したマスコミ関係者による記事等を通じて、そのイメージの浸透に務めたうえ、有名デパートあるいは大型のファッションビルにおいて、ブランド単独の売り場(インショップ、ブティック)を獲得したり、地方にフランチャイズ店を構えるなどして、マスコミあるいはこれらの売り場、店舗を通じて、間接的に消費者に、そのブランドのイメージの浸透をはかるほか、特定の顧客には直接ダイレクトメールを送付していること、被控訴人標章もデザイナーブランドであり、被控訴人として前記二3及び4認定のように、婦人服に被控訴人標章1及び2を付するほか、被控訴人標章を使用して各種の宣伝広告をしたり、直営店、フランチャイズ店を構え、そのイメージの浸透をはかったこと、この業界においては、知名度の高い実績の有るデザイナーあるいはそのデザイナーに関係したデザイナーの場合はそのデザイナーブランドの浸透は無名のデザイナーに比し短期間でなされ得ることが認められる(証人【B】、【A】、【C】、弁論の全趣旨)。

 被控訴人標章が【A】のデザインに係る婦人服であることを示すデザイナーブランドであることは右に認定したとおりであり、また、同人が婦人服飾業界においてデザイナーとして実績のある著名な【E】のアシスタントデザイナーであることは前記二2に認定したとおりである。そして、昭和五四年三月頃には、【E】の著名性からみて、【A】が【E】のアシスタントデザイナーであることは婦人服飾業界において広く知られていたものと推認して差し支えなく、さらに、被控訴人に被控訴人標章の使用について不正競争の目的がなかったことも前記二2の認定から明らかであるから、前記二4認定の商品展示会、ファッションショーの開催、その案内状の発送、ダイレクトメールの発送等により、被控訴人は、株式会社ブローニュの本件登録商標に係る商標登録出願の日である昭和五五年八月四日前から、日本国内において、不正競争の目的でなく、右商標登録出願の指定商品の範囲に属する婦人服について被控訴人標章の使用をしていた結果、右商標登録出願の際、現に、被控訴人標章が被控訴人の業務に係る商品を表示するものとして「需要者」としての婦人服のバイヤー、すなわち問屋や一般小売業者の間で広く認識されていたものと認められる。控訴人は、婦人服の需要者は一般消費者である旨主要するが、前記認定によれば、デザイナーブランドに関しては、流通段階におけるバイヤーをその需要者として捉えるのが相当であるから、右主張は採用することができない。

3 次に、デザイナーブランドの場合、その対象とする層によって、多数の消費者に販売することが必ずしも目的とはならず、その売上げの多寡がブランドの著名性と結びつくとは限らないことが認められる(証人【C】)。ところで、三年間の平均利益率が六パーセント以上の高収益レディスアパレル四六社(被控訴人を含む。)の昭和五四年における総売上高の合計は、四六二八億二八〇〇万円であることが認められる(乙三一)ところ、右二5の認定事実によれば、同年一一月から同五五年八月までの間の「ゼルダ」ブランドの商品の売上高は約二億円であり、右売上高は、右のレディスアパレル四六社の同五四年における総売上高の合計額に比して僅少であるが、婦人服業界では、一企業が複数のブランド商品を販売していることが認められる(乙三二)ところからみて、右レディスアパレル四六社の売上高はいずれも単独のブランド商品の売上高ではなく、複数のブランド商品及びブランド商品以外の商品の売上高の合計であると推認できる。

 したがって、各企業の個々のブランドの売上高を比較せずに右の総売上高と単独のブランドの商品である被控訴人の「ゼルダ」ブランドの商品の売上高を比較することは相当でないといわざるを得ない。これを控訴人関連会社である株式会社ダイヤについてみると、平成三年度の年間売上げ六五億円には、本件登録商標を付した商品の売上げのほか、ラウラ・カポーニ、コンテオブフロレンス、ニキタ・ゴダールの各ブランドの商品の売上げ、国内外の一〇〇社に及ぶメーカーの作品の中から選んだレディスファッションをミックスした商品の売上げが含まれていることが認められる(乙八、証人【D】)から、各ブランドの個々の売上高はさほど多くないと推認され、現に昭和六三、平成二、三年度の控訴人における本件登録商標(あるいはその類似の商標)を付した商品の売上げは、それぞれ、約一億六〇〇〇万円、一億九〇〇〇万円、二億七〇〇〇万円であった(なお、平成元年度は、控訴人と被控訴人との間で本件登録商標の買取り交渉がなされていたため、控訴人が同製品の製造・販売を手控えた経緯がある。)ことが認められる(乙三四、三五、証人【D】、弁論の全趣旨)から、昭和五四年一一月から同五五年八月までの約九か月間約二億円の売上高はデザイナーブランドとしてその周知性が認められないほど僅少であると認めることはできない。したがって、「ゼルダ」ブランドの婦人服の売上高が右のレディスアパレル四六社の同年における総売上高の合計額に比して僅少であることをもっては、先使用権成立の要件である周知性の存在を左右するに足りない。

 また、株式会社矢野経済研究所が、全国の小売店一〇〇〇店舗に、取引を行なっているメーカー、問屋の総てのブランドの評価をしてもらい、これを集計した「81年版レディスブランドの競争力調査」と題する報告書(同五六年四月二五日発行)(乙三二)には、被控訴人のブランドとして、「ニコル」、「マダム・ニコル」が掲載され、「ゼルダ」が掲載されていないことが認められるが、右報告書は、ビジネスの作業の体制の観点から評価したものであって、必ずしもブランドとしての評価を示すものではないと認められ(証人【C】)、また、右報告書である乙三二に挙げられたブランドの企業名とレディスアパレル各社の売上げ等を調査した前記乙三一に挙げられたレディスアパレル四六社の名前と一部重複しているが、必ずしも一致しておらず、そのことは、流通経路等の偏りにより右報告書の調査対象にも偏りが生じたことを窺わせるものであるから、右報告書において、ブランドの名前が掲載されていない事実は、被控訴人標章について、先使用権成立の要件である周知性の存在を左右するに足りないものというべきである。

 そして、前記二7の認定事実によれば、平成元年二月以降は、ブランド名を「MARIKO KOHGA」に変更して、被控訴人標章の使用を中止しているものであるところ、被控訴人が被控訴人標章の使用を中止したのは、自らの発意によるのではなく、株式会社ブローニュらから、被控訴人が被服、布製身回品及び寝具類に被控訴人標章を使用する行為は本件商標権の侵害になるとして、被控訴人標章の使用を中止するよう警告を受けたため、被控訴人標章の使用を継続することによって、控訴人らから百貨店その他の取引先等に対して被控訴人標章の使用を中止するよう警告がされるなどして、取引先等に迷惑がかかることを懸念したことによるものであり、被控訴人は、本件紛争が解決したときには、婦人服に被控訴人標章を使用する意思を有しているものと認めることができる。そうすると、被控訴人は、右のような相当な理由に基づき、かつ、その限度において、被控訴人標章の使用を一時中止しているにすぎないものというべきであって、このような場合は、商標法三二条一項の規定にいう「継続してその商品についてその商標の使用をする場合」に該当するものと解するのが相当である。

五 したがって、被控訴人は、商標法三二条一項の規定により、婦人服について、被控訴人標章の使用をする権利を有するものということができるから、被控訴人が婦人服に被控訴人標章を使用する行為は、本件商標権の侵害を構成しない。

第四 以上のとおり、被控訴人の本訴請求は理由があるから、控訴人の控訴を棄却し(原判決主文第一項は被控訴人の請求の減縮により主文第三項のとおり変更された。)、訴訟費用の負担につき、同法九五条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。  』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 なお、侵害訴訟における被告側の抗弁として、先使用権も重要ですが、特許法104条の3の無効の抗弁も重要です。また、商標法であれば、商標法47条の除斥期間の適用のある商標法3条や4条1項8号等の無効理由については、除斥期間経過後は、特許法104条の3の無効の抗弁が適用されるか否か説が分かれているようですが、キルビー最高裁判決の権利濫用の抗弁の適用の可能性もあるのではないかなと思います。


追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(ワ)2810 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「衝撃式破砕機におけるハンマ」平成19年06月21日 大阪地方裁判所』(認容判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070622142232.pdf
●『平成19(行ケ)10081 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「コンクリート製の水路壁面改良工法」平成19年06月20日 知的財産高等裁判所』(認容判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070622114435.pdf
●『平成15(ネ)5627 損害賠償 特許権 民事訴訟平成19年06月20日 知的財産高等裁判所』(却下決定)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070622112213.pdf