●昭和61(オ)454 先使用権「ウォーキングビーム式加熱炉事件」

  本日は、『昭和61(オ)454 先使用権確認等請求本訴、特許権「ウォーキングビーム式加熱炉事件」昭和61年10月03日 最高裁判所第二小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121128153950.pdf)について取上げます。


 本件は、先使用権(特許法第79条)の規定における「事業の準備」と、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」と、について判示した最高裁判決です。


 つまり、最高裁判所第二小法廷は、

『 ・・・

 二 ところで、発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり(特許法二条一項)、一定の技術的課題(目的)の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経て完成されるものであるが、発明が完成したというためには、その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、またこれをもつて足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和四九年(行ツ)第一〇七号同五二年一〇月一三日第一小法廷判決・民集三一巻六号八〇五頁参照)。


 したがつて、物の発明については、その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成されていることまでは必ずしも必要でなく、その物の具体的構成が設計図等によつて示され、当該技術分野における通常の知識を有する者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成しその物を製造することが可能な状態になつていれば、発明としては完成しているというべきである。


 また、同法七九条にいう発明の実施である「事業の準備」とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である。


 三 本件について検討する。
 1 本件特許発明の前示特許請求の範囲の記載及び作用効果によれば、本件特許発明は、要するに、
(一) 炉の耐火室を通して工作物を搬送する動桁型コンベアにおいて、一度に複数のスラブ等の大形の鋼片を、表面に傷をつけることなく、その全表面積を炉内に露呈させて全体にわたつて均一に加熱することができ、しかもその鋼片に歪みがあつても搬送が可能であり、併せて垂直方向及び水平方向に別々にも同時にも往復運動が可能であるような、単純堅牢な構造のものを提供することを課題(目的)とし、(二) その課題解決のために、ウオーキングビーム機構を採用し、固定ビームと移動ビーム(二組のコンベアレール)には複数個の工作物支持パッドを備え、移動ビーム(より正確には、移動ビームを移動させるためのキヤリツジと更にその下側に沿つて延在する平行桁)を上下に往復運動させるための少なくとも四個の回転偏心輪(偏心カム)と、この上下運動とは独立して水平方向に往復運動させるための水平駆動装置とを設け、右各回転偏心輪には右平行桁の下側を支持するための回転自在な外周環を設けるという構成を採つたものであり、これによつて前記所期の目的を達成するという作用効果を奏するものである、ということができる。

 一方、A製品について、被上告会社が昭和四一年八月三一日頃富士製鉄に提出した前記見積仕様書に、
(1) ウオーキングビーム機構を採用すること、(2) 移動ビームの上下運動は電動式とし、上下運動は偏心板の回転によつて行い、鋼片は、一サイクルの半分の間固定ビーム又は移動ビーム上にあり、再加熱と温度均一化が行われること、(3) したがつて、鋼片が水平ストロークによつて進まない場合でも、移動ビームの上下方向に対する駆動は連続して動いていること、(4) 移動ビームの水平運動は一本の油圧シリンダにて行うこと、(5) 各ビームの上には鋼片受けレールを設けること、(6) 上下駆動装置について、架台は八点で支持し、二台の電動機により減速機を介し歯車減速機構を経て偏心カム(偏心板)を駆動し上下運動を行わせること、(7) 偏心カムの外周には、リング状円形ローラを設け、滑動可能な構造であることが記載されていることに照らすと、当該技術分野における通常の知識を有する者であれば、右見積仕様書等から、当時被上告会社が解決せんとしていた技術的課題とその技術的課題を解決すべき具体的製品の基本的核心部分の構造がいかなるものであるかを読み取ることができるものであるとした原審の認定は、正当として是認することができる。そして、現に、右見積仕様書等とその基礎となつた計算書、図面を合わせれば、被上告会社が当時製造販売しようとしていたA製品の製造が可能であることは、原審の適法に確定するところであるから、右見積仕様書等には、A製品における技術的課題の解決のために採用された技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして示されているということができ、被上告会社は、右見積仕様書等を富士製鉄に提出した頃には、既にA製品に係る発明を完成していたものと解するのが相当である。

 もつとも、現実にA製品を製造するためには、更に相当多数の図面等を作成しなければならず、そのためにかなりの日時を要するとの事実も、原審の適法に確定するところであるが、右事実は、前記判示したところに照らし、右判断の妨げとなるものではない。

 2 また、前記事実関係によれば、被上告会社は、富士製鉄からの広畑製鉄所用加熱炉の引合いに応じ、当初プツシヤー式加熱炉の見積設計を行い、次いで電動式のウオーキングビーム式加熱炉の見積設計を行つてA製品に係る発明を完成させたうえ、本件特許発明の優先権主張日前である昭和四一年八月三一日頃、富士製鉄に対しA製品に関する前記見積仕様書及び設計図を提出し、富士製鉄から受注することができなかつたため最終製作図は作成していなかつたものの、同社から受注すれば広畑製鉄所との間で細部の打合せを行つて最終製作図を作成し、それに従つて加熱炉を築造する予定であつて、受注に備えて各装置部分について下請会社に見積りを依頼したりしていたのであり、その後も毎年ウオーキングビーム式加熱炉の入札に参加したというのである。

 そして、ウオーキングビーム式加熱炉は、引合いから受注、納品に至るまで相当の期間を要し、しかも大量生産品ではなく個別的注文を得て初めて生産にとりかかるものであつて、予め部品等を買い備えるものではないことも、原審の適法に確定するところであり、かかる工業用加熱炉の特殊事情も併せ考えると、被上告会社はA製品に係る発明につき即時実施の意図を有していたというべきであり、かつ、その即時実施の意図は、富士製鉄に対する前記見積仕様書等の提出という行為により客観的に認識されうる態様、程度において表明されていたものというべきである。したがつて、被上告会社は、本件特許発明の優先権主張日において、A製品に係る発明につき現に実施の事業の準備をしていたものと解するのが相当である。

 3 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、右と異なる見解に立ち、又は原審の認定にそわない事実に基づき原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

 同第四点の冒頭部分及び(一)ないし(三)について

 特許法七九条所定のいわゆる先使用権者は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」特許権につき通常実施権を有するものとされるが、ここにいう「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがつて、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。


  けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。そして、その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばないのはもちろんであるが、右発明の範囲が特許発明の範囲と一致するときは、先使用権の効力は当該特許発明の全範囲に及ぶものというべきである。


 これを本件についてみるに、A製品は前記四つの点において第一審判決添付第二目録の1ないし4記載の具体的構造を有するものではあるが、原審の適法に確定した本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準、その他前示のような本件事実関係のもとにおいては、A製品に具現されている発明は、右のような細部の具体的構造に格別の技術的意義を見出したものではなく、本件特許発明と同じより抽象的な技術的思想をその内容としているものとして、その範囲は本件特許発明の範囲と一致するというべきであるから、被上告会社がA製品に係る発明の実施である事業の準備をしていたことに基づく先使用権の効力は、本件特許発明の全範囲に及ぶものであり、したがつてイ号製品にも及ぶものであるとした原審の判断は、正当というべきである。

 論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

 同第四点の(四)について
 所論は、要するに、被上告会社が本件特許出願についての出願公告より前の昭和四六年五月に新日鉄釜石製鉄所に納品したイ号製品において、A製品における前記四点の具体的構造を変更したことについて、本件特許出願の優先権主張の基礎たる米国における特許出願の明細書が昭和四五年一月一四日にわが国特許庁資料館に受け入れられ、また、被上告会社は同年三月から五月の間に東海製鉄株式会社(現新日鉄名古屋製鉄所)の工場で上告人中外炉の製品を見学したものであつて、被上告会社は右明細書ないし上告人中外炉の製品を見たうえで右のような具体的構造の変更をしたものであるとの事実を前提として、先使用権者は、当該特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に実施又は準備をしていた実施形式を変更するに当たり、当該特許発明の特許公報(明細書)や実施品を知見したうえでその実施例そのものに変更した製品については、先使用権を主張することは許されないというのであるが、右所論の前提事実は、原審の認定しないところである。なお、右のイ号製品を被上告会社に発注するに当たり、富士製鉄(現新日鉄)釜石製鉄所の従業員であるaが、右東海製鉄株式会社の工場で上告人中外炉の製品を見学し、参考にしたことは、原審の適法に確定するところであるが、右事実のみから、被上告会社が上告人中外炉の製品を見たうえでA製品からイ号製品に実施形式を変更したとの事実を推認すべきものということはできない。

 論旨は、原審の認定しない事実を前提とする点において既に失当であり、所論の当否について判断するまでもなく、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。   』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 なお、先使用権の論点については、特許庁の『先使用権制度の円滑な活用に向けて −戦略的なノウハウ管理のために−』(http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/senshiyouken/guideline.pdf)がよくまとまっているのではと思いました。

 また、特許庁の「先使用権に関連した裁判例集」(http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/senshiyouken/senshiyouken_jirei.pdf)もとても参考になります。



追伸;<気になった記事>

●『弁理士法の一部を改正する法律(平成19年6月20日法律第91号)』
http://www.jpo.go.jp/torikumi/kaisei/kaisei2/benrishi_kaisei_h190620.htm
●『産業財産権の現状と課題〜技術経営力の強化によるイノベーションの促進〜<特許行政年次報告書2007年版>の公表について』
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2007_index.htm