●平成12(ワ)14499 特許権 民事訴訟「生海苔の異物分離除去装置」

  本日は、『平成12(ワ)14499 特許権 民事訴訟「生海苔の異物分離除去装置」平成14年06月27日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/567B6E72668400E449256C2A0017EA2F.pdf)について取上げます。


 本件も、平成10年改正後の特許法102条1項の損害賠償が認められた東京地裁の事件であり、特許法102条1項は排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品と特許権者の製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定であると解釈して損害額を計算した事案です。


 つまり、東京地裁(民事第46部 三村 量一 裁判長)は、原告の損害額について、


『(1) 特許法102条1項の立法趣旨

 本件において,原告は,特許法102条1項に基づく損害賠償を請求しているので,この規定の立法趣旨等について最初に述べる。

 特許法102条1項は,排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者の製品(以下「権利者製品」ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定というべきである。すなわち,そもそも特許権は,技術を独占的に実施する権利であるから,当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できないはずであって,特許発明の実施品は市場において代替性を欠くものとしてとらえられるべきであり,このような考え方に基づき侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に,同項は設けられたものである。


 このような立場からは,本項にいう「特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害された特許権に係る特許発明の実施品であることを要すると解すべきである。なぜなら,特許発明の実施品でないとすれば,そのような製品は侵害品と性能・効用において同一の製品と評価することができず,また,権利者以外の第三者も自由に販売できるものであるから,市場において侵害品と同等の物として補完関係に立つということができず,この規定を適用する前提を欠くからである。


 そして,前述のように特許法102条1項を,排他的独占権という特許権の本質に基づき,侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と解し,侵害品の販売による損害を特許権者の市場機会の喪失ととらえる立場に立つときには,同項にいう「実施の能力」については,これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力をいうものと解することはできず,特許権者において,金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして,当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を備えている場合には,原則として,「実施の能力」を有するものと解するのが相当である(また,侵害者が侵害品を市場に大量に販売したことにより,特許権者が権利者製品の製造販売についての設備投資を差し控えざるを得ない場合があることを考慮すれば,同項にいう「実施の能力」を上記のように解さないと,特許権者の適切な救済に欠ける結果となろう。)。


 次に,特許法102条1項はただし書において,侵害品の譲渡数量の全部
又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情があるときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定しているが,前述のように本項を,排他的独占権という特許権の本質に基づき,侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と解し,侵害品の販売による損害を特許権者の市場機会の喪失ととらえる立場に立つときには,侵害者の営業努力(具体的には,侵害者の広告等の営業努力,市場開発努力や,独自の販売形態,企業規模,ブランドイメージ等が侵害品の販売促進に寄与したこと,侵害品の販売価格が低廉であったこと,侵害品の性能が優れていたこと,侵害品において当該特許発明の実施部分以外に売上げに結び付く特徴が存在したこと等)や,市場に侵害品以外の代替品や競合品が存在したことなどをもって,同項ただし書にいう「販売することができないとする事情」に該当すると解することはできない。


 すなわち,特許法102条1項の適用に当たっては,権利者製品は,特許発明の実施品として特徴付けられているものであり,侵害品は,まさに当該特許発明の実施品である故をもって,市場において権利者の市場機会を奪うものとされているのである。言い換えれば,侵害者の販売する製品(侵害品)は,特許権者の特許権を侵害することによって初めて製品として存在することが可能となったものであり,当該特許発明の実施品であるからこそ,権利者製品と競合するものとして,市場において権利者製品を排除して取引者・需要者により購入されたのである。

 侵害品の販売に侵害者の営業努力等があずかっていたとしても,特許権者としては,仮に侵害品の販売期間と対応する期間内には不可能であるとしても,これに引き続く期間を併せれば侵害品の販売数量に対応する権利者製品を販売できたはずであり,仮に侵害品が他に独自の優れた特徴を有していたとしても,あくまでも特許発明の実施品としての特徴を備えていたからこそ,権利者製品と競合するものとしてこれを排除して取引者・需要者に購入されたというべきであり,侵害者が侵害品を低廉な価格で販売した(あるいは無償で配布した)としても,特許発明の実施品であったからこそ権利者製品を排除して取引者・需要者に入手されたものである。


 しかも,これらの場合には,いずれも,侵害品が取引者・需要者の手に渡った結果として,それと同数の権利者製品の需要が失われているのであるから,仮に,営業努力等により侵害者による侵害行為が急であったり,取引者・需要者において,侵害品を購入する動機として,特許発明の実施品であるという点に加えて,何らかの点(付加的機能や低価格)が存在したとしても,そのような事情は,特許権者の損害額を減額する理由とはならないというべきである。

 また,市場において侵害品以外に権利者製品と競合する代替品が存在していたとしても,侵害者は,そのような競合製品の存在にかかわらず,これとの競争の下で一定の数量の侵害品を販売し得たのであるから,権利者製品も特許発明の実施品という点で侵害品と同一の性能を有する以上,特許権者においても,同一の条件の下で,これと同一の数量の権利者製品の販売が可能であったというべきである。


 このように,上記の各事情は,そもそも市場における侵害品と権利者製品との補完関係の擬制の下で特許法102条1項の規定を設けるに当たって捨象されたものであるから,これらの事情をもって「販売することができないとする事情」に該当するということはできないというべきである。


(2) 本件における特許法102条1項の適用

ア 原告による本件特許発明の実施について

  証拠(甲21の1,2,甲24の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,原告装置は,回転板の回転により生海苔と水の混合液がクリアランスを通過するとともに,異物が分離除去されるという作用効果を奏することが認められるから,本件特許発明の実施品であるということができる。

  この点につき,被告は,原告装置は本件特許発明の構成に減圧吸引の構成を付加してはじめて異物分離の目的を達することができるものであるから,本件特許発明の実施品ではない旨主張する。しかし,前掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告装置,被告装置はいずれも吸引手段を備えているものの,原告装置は吸引ポンプ等の吸引手段がなくても本件特許発明の作用効果を奏することが認められる。吸引手段を備える方が高性能が発揮できるとしても,本件特許発明の関係ではそれは付加的な構成と評価するべきであるから,被告の主張は理由がない。


イ 原告の実施能力について

  証拠(甲33)及び弁論の全趣旨によれば,原告は遅くとも平成9年秋ころから原告装置の販売を開始したこと,原告装置の販売数量は,平成9年度は66台,平成10年度は183台,平成11年度は168台,平成12年度は82台であったこと,原告は自社工場の他,完成品を取り扱う会社,協力工場を数十社有していることが認められるから,少なくとも原告が原告装置の製造,販売を行うについて前記(1)の意味での潜在的能力を備えていたことは明らかである。

  被告は,原告には現実の販売数量の程度の実施能力しかない旨主張するが,被告のこの主張は,侵害品の販売時に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力を要求するものであって,採用することができない。


ウ 法102条1項ただし書の事情について

  前記(1)記載の「侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情」についての解釈によれば,前記第2の3(4)ア(被告の主張)欄(ウ)記載の事情は,被告装置の性能が優れていたこと,市場に被告装置以外の代替品や競合品が存在していたこと,被告の市場開発努力が被告装置の販売促進に寄与したことをいう趣旨であって,いずれも上記「販売することができないとする事情」には該当しないというべきである。

(3) 被告の故意・過失

  被告による被告装置の製造・販売等の行為は,原告の本件特許権を侵害するものであるから,被告はその侵害の行為につき過失があったものと推定されるところ(特許法103条),被告装置が被告の特許権等の実施品であるか否かにかかわらず,原告の本件特許発明の技術的範囲に属する製品を製造販売等する行為は本件特許権を侵害するものであるから,被告主張の被告の特許権等を実施したという事実は,上記推定を覆すに足る事情には当たらないというべきである。被告の主張は理由がない。


(4) 被告装置の販売数量

 ・・・省略・・・

(5) 原告の利益額

ア 原告装置の単位数量当たりの利益の額

 前記(1)のとおり,特許法102条1項にいう「実施の能力」が,必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が,侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば,同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり,また,「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。


 そして,侵害品が大量に市場において販売されたことにより,これに対抗するために特許権者において権利者製品の販売価格を引き下げざるを得なかったような場合には,侵害行為がなかったならば本来維持することのできたはずの販売価格(値引き前の販売価格)を基準として,「単位数量当たりの利益の額」を算定することが許されるものと解するのが相当である。このように特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。

 これを本件についてみると,次のとおりである。


ア 原告装置の販売価格

 ・・・省略・・・

イ 原告装置に係る経費

(ア) 製造原価

  証拠(甲27,28の1ないし63,38,39)によれば,原告装置「CFW−36」の1台当たりの製造原価は97万0055円であること,同「CF−36」の1台当たりの製造原価は92万5743円であること,が認められる。

  被告は,原告装置が被告装置に匹敵する性能を発揮するためには,より多くの製造原価を要する旨主張するが,原告装置の性能が明らかに被告装置に比べて劣ることを認めるに足りる証拠はないし,被告の主張を原告主張の製造原価は正確でない旨の主張であると善解しても,その理由のないことは明らかである。


(イ) その他の経費

 ・・・省略・・・

ウ 寄与率

  被告は,原告装置が異物分離の効果を奏するのは専ら吸引手段を備えることによるのであるから,本件特許発明の寄与率は限定して評価するべきである旨主張する。

  しかし,原告装置が吸引手段によらなくても本件特許発明の作用効果を奏することは前記第3の3(1)で認定したとおりである。そして,本件特許発明が回転板の回転により遠心力の作用によって異物を分離するという構成において画期的な発明であること(甲2により認められる。)に照らせば,原告装置の利益額中の本件特許発明の寄与率は,100%と認めるのが相当である。

エ 原告装置の被告装置の対応関係等

  弁論の全趣旨によれば,被告装置のうち,小型の「Sタイプ」及び「SSタイプ」は,原告装置のうち回転板が1枚の「CF−36」に対応し,被告装置の「Rタイプ」及び「LLタイプ」は原告装置のうち回転板が2枚の「CFW−36」に,それぞれ対応するものと認められる。

  原告は,このうち「LLタイプ」については,「CFW−36」の2台分が対応する旨主張する。なるほど,弁論の全趣旨によれば,「LLタイプ」の処理能力は1時間当たり1万6000枚であり,原告装置にはこれに相当するような高度の処理能力を備えたものはないことが認められるが,被告装置「LLタイプ」の購入者全員が同被告装置を処理能力の上限まで作動させているとは限らず,また,装置の設置のための面積や操作のために要する人員数等をも考慮すると,被告装置「LLタイプ」1台が原告装置「CFW−36」2台に対応するものと直ちに認めることはできず,結局,被告装置「LLタイプ」1台に対応するものとしては,同装置に最も近い性能を有する「CFW−36」1台をもってこれに当たるものと認めるほかないと解される。

  そして,前記アないしウに基づき原告装置の「単位数量当たりの利益の額」を計算すると,「CFW−36」の1台当たりの利益の額は77万円を下らず,「CF−36」の1台当たりの利益の額は36万円を下らないから,この金額を上記の対応する被告装置の販売数量に乗じて,損害額を計算することになる。

(6) 損害額のまとめ

ア 以上によれば,本件において,原告が被告に対し特許法102条1項に基づき請求することのできる損害賠償の額は,次のとおりである。

① 平成10年度
  原告装置「CFW−36」の1台当たりの利益の額である77万円に被告装置「Rタイプ」の販売数量である660台を乗じた5億0820万円となる。

② 平成11年度
  原告装置「CFW−36」の1台当たりの利益の額である77万円に被告装置「Rタイプ」及び「LLタイプ」の販売台数の合計の777台を乗じた5億9829万円と原告装置「CF−36」の1台当たりの利益の額である36万円に被告装置「Sタイプ」及び「SSタイプ」の販売数量の合計の66台を乗じた2376万円とを合計した6億2205万円となる。

③ 平成12年度
  原告装置「CFW−36」の1台当たりの利益の額である77万円に被告装置「Rタイプ」及び「LLタイプ」の販売台数の合計の87台を乗じた6699万円と原告装置「CF−36」の1台当たりの利益の額である36万円に被告装置「Sタイプ」及び「SSタイプ」の販売数量の合計の131台を乗じた4716万円とを合計した1億1415万円となる。

④ 全期間の合計

  ①ないし③を合計すると,12億4440万円となる。

イ そして,原告が本訴の提起,追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件訴訟における訴額,原告の請求の内容,訴訟追行の難易度,訴訟期間等の事情を総合勘案すると,弁護士費用のうち3000万円をもって,被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認める。弁護士費用相当の損害額については,本件訴訟において認められる被告による侵害行為の全部が終了した時点をもって,履行遅滞に陥るものと解するのが相当である。


6 結論

  以上によれば,原告の本訴請求のうち,被告装置の製造販売等の差止め及びその廃棄を求める部分は,いずれも理由がある。

  また,損害賠償請求については,合計12億7440万円及びうち5億0820万円に対する平成11年4月1日(平成10年度終了日の翌日)から,うち6億2205万円に対する平成12年4月1日(平成11年度終了日の翌日)から,うち1億4415万円に対する平成13年4月1日(平成12年度終了日の翌日)から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。  』

 と判示されました。

 詳細は、本判決文を参照して下さい。


追伸;<気になった記事>

●『米最高裁が特許の有効性の基準に新たな指針を示す KSR判決が与える社会へ影響と米国企業の対応,日本企業の取るべき道を分析』http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q2/536266/
●『ノキア、米クアルコムを特許侵害で反訴』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070611-00000809-reu-bus_all.view-000
●『ノキア、米クアルコムを特許侵害で反訴』http://www.thinkit.co.jp/free/news/reuters/0706/11/10.html
●『シャープ,台湾HannStar Display社らを液晶パネルに関する特許侵害で提訴』http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070611/133941/
●『米国際貿易委員会がサムスン電子によるルネサス提訴で特許侵害調査を開始(ITC)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1508