●平成8(ワ)12109 特許権 民事訴訟「製パン器事件」

  本日は、『平成8(ワ)12109 特許権 民事訴訟「製パン器事件」平成12年10月24日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D3E9D8C99CBE33E249256A77000EC3B6.pdf)について取上げます。


   本件は、今年の3/6に「間接侵害品に係る対象被告物品を日本国内で製造し国外の者に販売・輸出する行為および対象被告物件を外国で購入し直接外国へ販売する行為は侵害にならない。」と判断された事例として紹介した事案ですが、昨日紹介した「特許侵害訴訟戦略」には、「キルビー最高裁事件」の権利濫用を抗弁として「先願明細書記載の発明と同一であることを無効理由としたもの」、および「明細書記載不備を無効理由とするもの」の一例として記載されている事案です。


  旧法にはなりますが、旧特許法36条4項違反についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁は、

『1 争点2(権利濫用)について

(1) 特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許登録に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許登録に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁判所第3小法廷平成12年4月11日判決・民集54巻4号1368頁)。


(2) 旧特許法36条4項違反について

ア 権利1の特許出願時に施行されていた昭和62年法律第27号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。昭和62年法律第27号附則3条1項参照。)36条4項本文は、「第2項第4号の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と定めていた。そして、同号違反は、同法123条1項3号により無効理由とされていた。

イ 権利1明細書(甲1)によれば、権利1に係る発明は、いずれも、従来、タイマー機構を具備する製パン器においては、イースト菌が混ねつの開始前に水と作用して発酵力を喪失することを防止するために、水タンクを設けるかイースト菌収納箱を設けてイースト菌及びパン材料から水を隔離しておき、製パン工程の開始後にそれらを加え合わせる動作を行っていたため、製パン器の構造が複雑となり、その制御回路も複雑になって故障の原因が増加し、また、コストアップになる等の不都合な点があったので、そのような問題点を解決することを目的とし、「この発明の製パン器によると、小麦粉を主成分とするパンの材料およびイースト菌を容器に入れ、水を注入しておいても攪拌や混ねつしない限り、イースト菌が混ねつの前に水と作用して発酵したりしないので、水タンクまたはイースト菌収納箱を別に設けて混ねつ開始時に操作する必要がないので、製パン器の構成が簡単になって、故障の原因を減らすことができる。そしてパン容器内のパンの材料の温度を検出する手段を有しておらず、この点でも構成が簡単となり、それにより故障を低減できる。更にこれらにより装置を廉価にすることができる。」(権利1明細書の発明の効果欄)との効果を奏する発明であると認められる。


 したがって、権利1に係る発明が、上記従来技術の問題点を解決し、上記の効果を奏する発明といえるためには、当然、イースト菌が混ねつの開始前に水と作用して発酵力を喪失することを防止するための構成が、特許請求の範囲に記載されていなければならないと解される。


 そして、このための構成について、権利1明細書の発明の詳細な説明においては、(i)イースト菌、パン材料、温水の順に、これらをパン容器に投入すること、(ii)温水、パン材料、イースト菌の順に、これらをパン容器に投入すること、又は(iii)イースト菌とパン材料を混合したもの、温水の順に、これらをパン容器に投入することにより、イースト菌が混ねつの開始前に水と作用して発酵力を喪失することを防止することが記載されていると認められる。


 しかしながら、権利1の特許請求の範囲請求項1及び2には、単にパン材料、イースト菌及び水を一つのパン容器に入れるということが記載されているにすぎず、上記のような、イースト菌が混ねつの開始前に水と作用して発酵力を喪失してしまうことを防止する手段は、何ら記載されていない。


 そうすると、権利1の特許請求の範囲の記載は、請求項1及び2のいずれも、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しているとは認められず、旧特許法36条4項に違反するものといわざるを得ない。


ウ なお、今後、原告が、特許法126条に基づき、特許請求の範囲に上記のような手段を追加訂正して、旧特許法36条4項違反を回避しようとすることも考えられる。


 しかし、上記のようなパン材料等の投入順序という方法は、権利1に係る発明が対象とする製パン器の使用者による具体的使用方法を示すものにすぎないから、そのような記載を発明の構成に追加しても、製パン器という物の構成の特定に何ら関係するものではない。したがって、そのような訂正は、同法126条1項に定めるいずれの訂正事由にも該当せず、許されないものと解される。


 また、仮に、同法126条1項に定めるいずれかの訂正事由に該当するとしても、同条3項は、「第1項の明細書又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであってはならない。」と定めているところ、製パン器自体を発明の対象とする権利の構成に、上記のようなパン材料等の投入順序という方法を追加することは、特許請求の範囲の記載に発明の対象を追加することになり、実質上特許請求の範囲を変更するものであり、そのような訂正は許されないものと解される。


エ 以上より、旧特許法123条1項3号、36条4項2号により、権利1の特許登録には、発明1(1)及び同(2)のいずれについても、明白な無効理由があると認められる。


(3) 旧特許法29条の2違反について

ア 旧特許法29条の2第1項本文は、特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録出願であって当該特許出願後に出願公告又は出願公開がされたものの願書に最初に添附した明細書又は図面に記載された発明又は考案(その発明又は考案をした者が、当該特許出願に係る発明の発明者と同一の者である場合におけるその発明又は考案を除く。)と同一であるときは、その発明については、前条第1項の規定にかかわらず、特許を受けることができない旨定めている。


イ 権利1の出願日は、昭和62年2月20日であるところ、証拠(乙16)によれば、権利1の出願日前に実用新案登録出願され、権利1の出願後に出願公開されたものとして、権利1先願が存在することが認められる(なお、発明1(1)(2)の発明者と権利1先願の考案の考案者とが同一人であるとは認められない。)。


 そして、同証拠によれば、権利1先願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「権利1先願明細書」という。)には、次の記載があることが認められる。


(ク) 第1図からは、材料容器3を加熱する庫内ヒータ7を備えた調理用チャンバ16と、容器の底部に取り付けられた回転羽根5及び回転羽根を駆動するミキシング用モータ6が把握できる。


ウ そこで、前記イ(ア)に記載した権利1先願明細書の実用新案登録請求の範囲記載に係る考案(以下「先願考案1」という。)と発明1(1)及び同(2)との同一性についてみると、先願考案1においては材料温度センサー、材料基準温度設定手段、第1比較器、庫内温度センサー、庫内基準温度設定手段及び第2比較器を具備することが要件とされているのに対し、発明1(1)及び同(2)においてはそれらが要件とされていないから、両者が発明として同一でないことは明らかである。


 また、実質的にみても、先願考案1は、自動製パン機において、冷たい水とイースト菌が混ざることにより、発酵が十分行われないことを防ぐために、庫内温度センサーで製パン機内の温度を検出し、その温度が設定温度よりも低い場合には、ヒーターで材料容器内を温めるとともに、材料温度センサーで材料容器内のパン材料の温度を検出し、その温度が設定温度よりも高い場合に、材料容器内に配設されパン材料をミキシングする回転羽根を駆動させるようにしたものであり、回転羽根の駆動開始時における材料容器内の温度管理を主たる目的とし、その解決手段を開示した考案であるのに対し、発明1(1)及び(2)は、タイマー待機中にイースト菌が水と作用して発酵することを防止することを目的とする発明であって、両者はその技術思想を異にするものであると認められる。


エ しかしながら、旧特許法29条の2は、当該発明が、先願の特許出願又は実用新案登録出願に係る明細書中の特許(実用新案登録)請求の範囲に記載された発明又は考案と同一である場合のほか、先願の明細書中のそれら以外の部分や図面に記載されているにとどまる発明又は考案と同一である場合にも適用される。そして、後者の場合に、どのような発明(考案)が独立のまとまりある発明(考案)として先願の明細書及び図面中に記載されているかは、それらの記載に接する当業者の観点から実質的に検討すべきである。


 そこでこの観点から検討するに、まず、前記のとおり、先願考案1は回転羽根の駆動開始時における材料容器内の温度管理を主たる目的としているものと認められるところ、前記イ(オ)aにおいては、そのような温度管理を行う前提として、材料容器へのパン材料、水及びイースト菌を入れる順序を特定することによって、ミキシング開始までの間にイースト菌が水と作用して活性を失ったり、過発酵となることを防止することが示されており、これは、先願考案1が主たる目的とする温度管理とは別個の技術的意義を有するまとまりある考案として把握し得るものである。


 そして、このようなパン材料等の入れ方を行うためには、上記イ(オ)aの記載からすれば、パン材料、水及びイースト菌を一つの材料容器に入れることは自明であり、このことから、従来技術の問題点として前記イ(エ)bの記載にあるような、補助容器が必要になるために製パン器の構造が複雑になるという問題点が解決され、前記イ(キ)bの記載にあるように、水を入れておくための水槽が不要になって製パン器の構造を簡略化できるとの効果を奏することも容易に理解し得るところである。


 さらに、権利1先願は、ミキシングから焼成までの工程を自動化し、かつその開始時刻をタイマーで制御できるようにした製パン器を前提とし、それに伴う問題点を解決しようとしたものであることは、前記イ(イ)、(ウ)、(エ)の各記載から明らかである。


 また、前記イ(ク)の記載からすれば、そのような製パン器の一例として、底部にミキシング用回転羽根が取り付けられ、パン容器を加熱するヒータを備えた調理用チャンバと混ねつ用回転羽根を駆動するモータを具備するものがあると理解し得るものである。


 以上の検討からすれば、権利1先願明細書には、次の考案(以下「先願考案2」という。)が記載されていると認められる。

「 材料容器内にイースト、各種材料及び水を入れ、ミキシング及び発酵等の工程を自動化した製パン器において、前記材料容器をイースト、各種材料及び水の全てを収納する一つだけとし、前記工程の開始時刻をタイマーで制御できるようにしたことを特徴とする製パン器。」


 また、同様に、権利1先願明細書には、次の考案(以下「先願考案3」という。)が記載されていると認められる。

「 底部に回転羽根が取り付けられ、パンの材料、イースト菌、水を入れる単一の材料容器と、該材料容器を加熱するヒータを備えた調理用チャンバと、上記回転羽根を駆動するミキシングモータとを具備して、ミキシング、発酵、焼成の製パン工程を行う製パン器において、タイマーを具備し、タイマーによって設定された製パン工程の開始まで、イースト菌又は水を上記パン容器から隔離して保管する手段を具備しないことを特徴とする製パン器。」


 もっとも、このように先願考案2及び3を抽出するに当たっては、材料容器内に入れたパンの材料の温度を検出する手段(材料温度センサー)を具備したものを抽出すべきであるとの指摘も考えられる。しかし、前記イ(オ)bの記載からすると、権利1先願明細書における材料温度センサーは、混ねつ開始までの温度管理のために設けられているものと認められるのに対し、先願考案2及び3の技術的意義は、先に述べたとおり、タイマーを具備した自動製パン器において、単一の容器材料にパン材料、水及びイースト菌を特定の順序で入れることによって、装置構造を簡単にしつつ、混ねつ開始時までイースト菌が水と作用することを防止するという点にあると認められるから、先願考案2及び3を抽出・把握するに当たって、「材料容器内に入れた材料の温度を検出する手段」を構成要素に入れることは相当でないというべきである。

 
オ 以上の検討を前提に、発明1(1)と先願考案2、発明1(2)と先願考案3とを比較すると、用語の違いを除けば、発明1(1)及び同(2)には、「材料容器内に入れた材料の温度を検出する手段を備えず」という要件があるが、先願考案2及び3にはそのような要件が積極的に記載されていない点で、一応相違するものと認められる。


 しかし、先に述べた先願考案2及び3の技術的意義からすれば、先願考案2及び3は、「材料容器内に入れた材料の温度を検出する手段」を具備するか否かは問わない考案とみるのが相当である。


 したがって、発明1(1)及び同(2)には「材料容器内に入れた材料の温度を検出する手段を備えず」という要件があることを加味しても、発明1(1)は先願考案2に、発明1(2)は先願考案3に、それぞれ包含されているとみるべきである。


 これに対しては、特に発明1(1)及び同(2)のような限定をすれば、材料温度検出手段を設けないことから構造が簡単になるとして、その独自の技術的意義を指摘する見解も考えられる。しかし、そのような効果は自明の効果であり、それは材料温度検出手段を備えないものも包含する先願考案2及び3が既に予定するところであるということができ、他に上記限定により特段の効果が生じているとみることはできないから、上記限定は格別の技術的意義を有するものではないというべきである。


 そうすると、発明1(1)と先願考案2及び発明1(2)と先願考案3とは、出願公告後の平成8年8月19日付手続補正による補正が適法であるとの前提に立っても、実質的に同一の発明ないし考案といわざるを得ない。

カ 以上より、旧特許法123条1項1号、29条の2により、権利1の特許登録には、発明1(1)及び同(2)のいずれについても、明白な無効理由があると認められる。


(4) よって、原告の権利1に基づく請求は、いずれも権利濫用であって、理由がない。  』


 と判示されました。

 
 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 追伸;<気になった記事>

●『エーザイ、米国での抗潰瘍薬アシフェックス特許訴訟で勝訴』http://news.braina.com/2007/0514/judge_20070514_001____.html
●『エーザイ株が大幅高、胃潰瘍薬の特許めぐる裁判で勝訴を好感』http://business.nikkeibp.co.jp/article/reuters/20070514/124724/
●『エーザイ、抗潰瘍剤アシフェックスの特許訴訟で勝訴(エーザイ)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1366
●『特許の審査結果、相互利用で合意・特許庁会合閉幕』http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20070514AT3S1301913052007.html
●『MS、「オープンソースは235件の自社特許を侵害」と発言--海外メディア報道』http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20348704,00.htm