●平成17(ネ)10021 特許権 民事訴訟「インクタンク事件」(1)

  本日は、3つ目の知財高裁第合議事件である『平成17(ネ)10021  特許権 民事訴訟「インクタンク事件」平成18年01月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/3F833955B41D23F64925710700290024.pdf)について取上げます。


 本件は、言うまでもないですが、使用済みインクカートリッジにインクを最充填して販売する被控訴人の行為には消尽論が適用されず、控訴人特許権者の特許権を侵害するものと判断された事案です。改めて判決文を読むと、消尽論についての知財高裁の考え方等がわかり、とても参考になります。


 つまり、知財高裁大合議は、

『1 国内販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品について物の発明(本件発明1)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否


(1) 物の発明に係る特許権の消尽

ア 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内において当該特許発明に係る製品(以下「特許製品」という。)を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権者は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等に対し,特許権に基づく差止請求権等を行使することができないというべきである(BBS事件最高裁判決参照。)


イ しかしながら, (ア) 当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(以下「第1類型」という。),又は,(イ) 当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(以下「第2類型」という。)には,特許権は消尽せず,特許権者は,当該特許製品について特許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。

 その理由は,第1類型については,(i) 一般の取引行為におけるのと同様,特許製品についても,譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として,市場における取引行為が行われるものであるが,上記の使用ないし再譲渡等は,特許製品がその作用効果を奏していることを前提とするものであり,年月の経過に伴う部材の摩耗や成分の劣化等により作用効果を奏しなくなった場合に譲受人が当該製品を使用ないし再譲渡することまでをも想定しているものではないから,その効用を終えた後に再使用又は再生利用された特許製品に特許権の効力が及ぶと解しても,市場における商品の自由な流通を阻害することにはならず,(ii) 特許権者は,特許製品の譲渡に当たって,当該製品が効用を終えるまでの間の使用ないし再譲渡等に対応する限度で特許発明の公開の対価を取得しているものであるから,効用を終えた後に再使用又は再生利用された特許製品に特許権の効力が及ぶと解しても,特許権者が二重に利得を得ることにはならず,他方,効用を終えた特許製品に加工等を施したものが使用ないし再譲渡されるときには,特許製品の新たな需要の機会を奪い,特許権者を害することとなるからである。


 また,第2類型については,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合には,特許発明の実施品という観点からみると,もはや譲渡に当たって特許権者が特許発明の公開の対価を取得した特許製品と同一の製品ということができないのであって,これに対して特許権の効力が及ぶと解しても,市場における商品の自由な流通が阻害されることはないし,かえって,特許権の効力が及ばないとすると,特許製品の新たな需要の機会を奪われることとなって,特許権者が害されるからである。


 そして,第1類型に該当するかどうかは,特許製品を基準として,当該製品が製品としての効用を終えたかどうかにより判断されるのに対し,第2類型に該当するかどうかは,特許発明を基準として,特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされたかどうかにより判断されるべきものである。したがって,特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部が損傷又は喪失したことにより製品としての効用を終えた場合に,当該部材につき加工又は交換がされたときは,第1類型にも第2類型にも該当することとなる。また,加工又は交換がされた対象が特許発明の本質的部分を構成する部材に当たらない場合には,第2類型には該当しないが,製品としての効用を終えたと認められるときは,第1類型に該当するということができる。


ウ なお,原審は「特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる「本件のようなリサイクル品について,新たな生産か,それに達しない修理の範囲内か。」の判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである」と判示し,特許製品に施された加工又は交換が,「修理」であるか、「生産」であるかにより,特許権侵害の成否を判断すべきものとした。


 確かに,本件のような事案における特許権侵害の成否を「修理」又は「生産」のいずれに当たるかによって判断すべきものとする原判決の考え方は,学説等においても広く提唱されているところである。


 しかし,このような考え方では,特許製品に物理的な変更が加えられない場合に関しては,生産であるか修理であるかによって特許権に基づく権利行使の許否を判断することは困難である。また,この見解は,「生産」の語を特許法2条3項1号にいう「生産」と異なる意味で用いるものであって,生産の概念を混乱させるおそれがある上,特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合であっても,当該製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度や取引の実情等の事情により「生産」に該当しないものとして,特許権に基づく権利行使をすることが許されないこともあり得るという趣旨であれば,判断手法として是認することはできない。


エ まず,第1類型にいう特許製品が製品としての本来の耐用期間が経過してその効用を終えた場合とは,特許製品について,社会的ないし経済的な見地から決すべきものであり,(a) 当該製品の通常の用法の下において製品の部材が物理的に摩耗し,あるいはその成分が化学的に変化したなどの理由により当該製品の使用が実際に不可能となった場合がその典型であるが,(b) 物理的ないし化学的には複数回ないし長期間にわたっての使用が可能であるにもかかわらず保健衛生等の観点から使用回数ないし使用期間が限定されている製品(例えば,使い捨て注射器や服用薬など)にあっては,当該使用回数ないし使用期間を経たものは,たとえ物理的ないし化学的には当該制限を超えた回数ないし期間の使用が可能であっても,社会通念上効用を終えたものとして,第1類型に該当するというべきである。


 第1類型のうち,前者(上記(a))については,特許製品につき,消耗部材(例えば,電気機器における電池やエアコンにおける集じんフィルターなど)や製品全体と比べて耐用期間の短い一部の部材(例えば,電気機器における電球や水中用機器における防水用パッキングなど)を交換し,あるいは損傷した一部の部材につき加工又は交換をしたとしても,当該製品の通常の用法の下における修理であると認められるときは,製品がその効用を終えたということはできない。これに対し,当該製品の主要な部材に大規模な加工を施し又は交換したり,あるいは部材の大部分を交換したりする行為は,上記の意義における修理の域を超えて当該製品の耐用期間を不当に伸長するものというべきであるから,当該加工又は交換がされた時点で当該製品は効用を終えたものと解するのが相当である。この場合において,当該加工又は交換が製品の通常の用法の下における修理に該当するかどうかは,当該部材が製品中において果たす機能,当該部品の耐用期間,加えられた加工の態様,程度,当該製品の機能,構造,材質,用途,使用形態,取引の実情等の事情を総合考慮して判断されるべきものである。


 また,主要な部材であるか,大部分の部材であるかどうかは,特許発明を基準として技術的な観点から判断するのではなく,製品自体を基準として,当該部材の占める経済的な価値の重要性や量的割合の観点から判断すべきである。そして,特許権の消尽が,特許法による発明の保護と社会公共の利益の調和との観点から認められること(BBS事件最高裁判決参照)に照らせば,特許権者の意思によって消尽を妨げることはできないというべきであるから,特許製品において,消耗部材や耐用期間の短い部材の交換を困難とするような構成とされている(例えば,電池ケースの蓋が溶着により封緘されているなど)としても,当該構成が特許発明の目的に照らして不可避の構成であるか,又は特許製品の属する分野における同種の製品が一般的に有する構成でない限り,当該部材を交換する行為が通常の用法の下における修理に該当すると判断することは妨げられないというべきである。


 その点にかんがみれば,第三者による部材の加工又は交換が通常の用法の下における修理に該当するか,使用回数ないし使用期間の満了により製品が効用を終えたことになるのかは,特許製品に関する上記の事情に加えて,当該製品の属する分野における同種の製品が一般的に有する機能,構造,材質,用途,使用形態,取引の実情等をも総合考慮して判断されるべきものである。


 さらに,後者(上記(b))については,使用回数ないし使用期間が一定の回数ないし期間に限定されることが,法令等において規定されているか,あるいは社会的に強固な共通認識として形成されている場合が,これに当たるものと解するのが相当である。したがって,単に特許権者等が特許製品の使用回数や使用期間を制限して製品にその旨を表示するなどしただけで,当該制限に達することにより製品がその効用を終えたことになるものではない。


オ 次に,第2類型は,上記のとおり,特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされたことをいうものであるが,ここにいう本質的部分の意義については,次のように解すべきである。


 特許権は,従来の技術では解決することのできなかった課題を,新規かつ進歩性を備えた構成により解決することに成功した発明に対して付与されるものである(特許法29条参照)。すなわち,特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術にはみられない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的構成をもって公開した点にあるから,特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分をもって,特許発明における本質的部分と理解すべきものである。特許権者の独占権は上記のような公開の代償として与えられるのであるから,特許製品につき第三者により新たに特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合には,特許権者が特許法上の独占権の対価に見合うものとして当該特許製品に付与したものはもはや残存しない状態となり,もはや特許権者が譲渡した特許製品と同一の製品ということはできない。したがって,このような場合には,特許権者は当該製品について特許権に基づく権利行使をすることが許されるというべきである。これに対して,特許請求の範囲に記載された構成に係る部材であっても,特許発明の本質的部分を構成しない部材につき加工又は交換がされたにとどまる場合には,第1類型に該当するものとして特許権が消尽しないことがあるのは格別,第2類型の観点からは,特許権者が譲渡した特許製品との同一性は失われていないものとして,特許権に基づく権利行使をすることが許されないと解すべきである。   』


と判示されました。


 今日はここまでとします。明日に続きます。


追伸;<気になった記事>

●『米最高裁、国外複製の『Windows』に米国特許法の適用を認めず』http://japan.internet.com/busnews/20070501/11.html
●『米最高裁AT&T対MS特許訴訟でMSに有利な判決』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0705/01/news018.html
●『AT&Tとの特許侵害訴訟で米最高裁マイクロソフトの主張を認める(米国最高裁判所)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=1314
●『海外での特許利用訴訟、米マイクロソフトが勝訴・米最高裁で』http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/soumu/index.cfm?i=2007050102455b3
●『米最高裁、MS対AT&Tの特許侵害訴訟でMS勝訴の判決』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070501-00000013-cnet-sci
●『米連邦最高裁、特許の「自明性」を判定する法的基準の緩和を命じる』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070501-00000015-cnet-sci
●『米連邦最高裁、特許の「自明性」を判定する法的基準の緩和を命じる』http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20348164,00.htm
  ・・・米最高裁のサイト(http://www.supremecourtus.gov/opinions/06slipopinion.html)を見ると、このマイクロソフト事件だけでなく、非自明性についてのKSR事件についても最高裁判決が出されたようです。


●『著作権侵害訴訟、米グーグルが反論・バイアコムの提訴に』http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/soumu/index.cfm?i=2007050103270b3
●『「知的財産経営」や「知的資産経営」の支援活動が活発化』http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q2/532592/
●『「知的財産経営」や「知的資産経営」の支援活動が活発化』http://cipo.jp/articles/20070501.html