●平成18(ワ)17405商号使用差止等請求事件 不正競争 杏林ファルマ

 本日は、『平成18(ワ)17405 商号使用差止等請求事件 不正競争 杏林ファルマ株式会社 平成19年01月26日 東京地裁』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070126170354.pdf)について取り上げます。


 本件は、商号使用差止等請求事件で、被告は「杏林ファルマ株式会社」の商号を使用してはならないこと、東京法務局にした被告の変更登記のうち「杏林ファルマ株式会社」なる商号の抹消登記手続をする等の原告の請求が認められた事案です。


 つまり、東京地裁は、

『1 証拠によって認められる事実

 前記第2の1の争いのない事実等に,証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(1) 原告について
原告は,昭和15年12月4日,医療用医薬品製造売買及び輸出入を主たる目的として設立され,以来60年以上にわたり,本店を原告肩書所在地に置き,「杏林製薬株式会社」の商号で,営業を行ってきた(甲1)。


 原告は,平成18年3月31日現在,資本金43億1700万円,従業員数1502名を有し,日本国内に,研究所,工場を4箇所,支店12箇所及び営業所74箇所を設け,米国,ドイツを含めた国内外に,8社の子会社等を有して「キョーリングループ」を形成している。


 なお,原告は,平成11年に東京証券取引所第二部に上場し,翌平成12年に第一部に指定されたが,キョーリングループの事業再編により,平成18年3月10日に株式会社キョーリンとの間で株式交換がされて同社がキョーリングループの持株会社となった。この結果,同社が「キョーリン」銘柄として東京証券取引所第一部に上場するとともに,原告の上場が廃止され,さらに,同年10月2日,同社を承継会社として,その完全子会社である原告を分割会社とした会社分割(吸収分割)などが行われた(甲8〔枝番を含む。以下同じ。〕,9,54,55,弁論の全趣旨)。


(2) 原告の営業表示の周知性

ア 原告の近年の売上高(ただし,連結子会社を含む。)の推移は,次のとおりである(甲4,5)。
平成14年3月期623億9500万円
平成15年3月期686億1800万円
平成16年3月期650億6100万円
平成17年3月期662億9600万円
平成18年3月期673億5700万円


イ 原告は,「杏林製薬株式会社」の商号の外,「キョーリン製薬」あるいは「キョーリン」などとして,新聞広告やテレビコマーシャルなどを通じて広告宣伝活動を行っているところ,原告における近年の広告費用の実績は,以下のとおりである(甲6,7,9,14,15,66)。

  平成11年度3億3000万円
  平成12年度5億2000万円
  平成13年度4億円
  平成14年度5億5000万円
  平成15年度5億3000万円
  平成16年度6000万円
  平成17年度3億円

 原告は,一般消費者に対しては,(i)「ミルトン」テレビコマーシャル,(ii)雑誌掲載「ミルトン」広告,(iii)新聞広告,(iv)一般用医薬品パッケージ,(v)協賛イベントなど,医師等の医療従事者に対しては,(i)一般用医薬品パンフレット,(ii)雑誌掲載広告,(iii)雑誌投稿論文,(iv)学会発表要旨,(v)医療用医薬品添付文書,(vi)医療用医薬品パンフレット,(vii)医療用医薬品パッケージ,(viii)ラジオ番組「ドクターサロン」などをそれぞれ通じて,「杏林製薬株式会社」「キョーリン製薬」「キョーリン」の認識機会を提供してきた(甲66)。


ウ 日本経済新聞社広告局が上場企業に対して行っている「日経企業イメージ調査」として原告に提供されたデータによれば,平成13年版では,平成12年における「杏林製薬」の企業認知度は,都内のビジネスマンが83.3%,首都圏の一般個人が64.6%とされ,平成18年版では,平成17年における原告の企業認知度は,都内のビジネスマンが77.7%,首都圏の一般個人が72.0%とされている(甲56,57)。


 原告が平成17年に株式会社博報堂に依頼して,「キョーリン製薬」の社名について行った調査の結果は,以下のとおりである(甲11)。


医師知名98.8% 理解77.7% 熟知26.0%
薬剤師知名100.0% 理解88.9% 熟知33.3%
一般生活者知名81.0% 理解12.0% 熟知0.5%


(3) 被告の商号及び営業について

ア 被告は,昭和60年4月15日,「1.コンピュータ・ソフトウェアの開発・輸入・販売・卸業務2.書籍・雑誌・新聞の編集企画・出版および雑誌・新聞・書籍の輸入・販売・卸業務3.印刷・製版・編集制作業務4.上記に附帯関連する一切の業務」を目的として,資本金1000万円で設立された。
被告の商号は,設立当初は「株式会社エジソンオーディオ」であったが,その後,平成10年6月8日に商号が「株式会社サイエンスソフト」に変更された(甲2,3)。


イ 被告は,平成13年11月25日,商号を「株式会社オリーブ」に変更すると同時に,目的を「1.化粧品の研究開発・製造・輸出入・販売・卸業務2.アガリクス茸,プロポリス,ローヤルゼリー等を使用した健康食品の開発・製造・輸出入・食用油脂加工業務3.化粧品・健康食品の通信販売業務4.書籍・雑誌・新聞・情報誌の編集企画・制作5.パッケージ,パンフレット等のデザイン・編集制作・広告代理店業務6.英会話教室の運営および語学通信教育7.語学教材用ソフトウェアの開発・輸入・販売業務8.上記に付帯する一切の業務」と変更した(甲2)。


ウ さらに,被告は,平成14年5月15日,商号を現在の「杏林ファルマ株式会社」に変更すると同時に,目的を「1.化粧品・医薬品・医薬部外品・動物用医薬品・診断試薬・生化学薬品・工業薬品・農薬の研究開発・製造・輸出入・販売・卸業務2.医薬品・医療用機械器具・化粧品および食品の試験・検査3.アガリクス茸,蜜蜂プロポリス,ローヤルゼリー等を使用した健康食品の開発・製造・輸出入・販売業務4.化粧品・健康食品・医薬品・化学食品・栄養食品の通信販売業務5.食用油脂加工業務6.ソフトウェアの開発・輸入・販売業務7.介護サービスおよび介護用器具の輸入・販売8.不動産管理・販売および賃貸業務9.10倉庫業10.出版・編集・デザイン企画制作・印刷業務11.上記に附帯関連する一切の業務」と変更し,現在に至っている(甲3)。


エ 被告について,平成17年10月8日付けの健康産業流通新聞の第3面において,「『タヒボ』で商標を登録杏林ファルマ」との見出しの記事が掲載された。同記事において,被告とタヒボインターナショナルが共同して「タヒボ」の商標登録を受け,平成18年春からタヒボ茶(南米のアマゾン川流域に自生する自然木の内部樹皮を原料とした健康茶)の製品の販売を予定しているとして,「A社長は,「『タヒボ』で商標が取れた意義は大きい。かなり認知度が高まっている商材なので,幅広いチャンネルで販売していきたい」と今後の展開を述べた。」旨記載された(甲12)。


 なお,上記有限会社タヒボインターナショナルは,被告の事務所と同一の住所に所在する(乙12)。


 また,平成17年4月25日の時点で,被告のホームページにおいて,「KYORIN 杏林ファルマ」の名称の下に,「アガリクス茸菌糸体の細胞壁酵素分解し,吸収性をよくした「細胞壁破砕」水溶性アガリクス」なる「仙薬露」の宣伝がされていた。同ホームページには,「www.●●●●●●.net」,「www.●●●●●●●●●.com」,「www.●●●●.jp」等のURLのほか,受注専用のフリーダイヤルや「お客さま相談電話」等の電話番号が記載され,末尾に「KYORIN 杏林ファルマ株式会社」として,事務所所在地,電話番号とともに,「●●●●@●●●●●●.net」とするメールアドレスが記載されていた(甲13)。その後,上記「仙薬露」の名称が「仙養露」に変更され,少なくとも,平成17年7月20日までは,被告のホームページ上に「仙養露」の宣伝が記載されていた(甲75,乙11)。


オ 原告は,平成18年4月13日,被告に対し,被告の商号が原告の商号と類似しており,被告の商号を使用して健康食品「仙薬露」や「タヒボ」のお茶などの商品を紹介する行為は,原告の営業と混同を生じさせ,不正競争防止法2条1項1号に該当する行為であるとして,商号の変更の登記を行うことと,「杏林」及び「KYORIN」の表示を営業上使用しないことを求め,これらの措置が講じられない場合に法的手続に移行する旨の警告書を送付し,翌14日,被告に到達した(甲16,17)。


2 原告の商号の周知性

 原告の商号の営業表示としての周知性については,被告もこれを争わないところであるが,前記1(1)(2)認定の事実によれば,「杏林製薬株式会社」は,「キョーリングループ」の中核をなし,平成18年3月まで東京証券取引所第一部に上場されていた大手製薬会社であり,「杏林製薬株式会社」なる商号は,原告の営業表示として,医療機関,薬局など医薬品業界のほか,一般消費者にも広く認識されており,遅くとも平成14年5月より前には,周知性を獲得したということができる。


3 争点(1)(営業表示の類似性)について

(1) 原告の商号と被告の商号とが営業表示として不正競争防止法2条1項1号にいう類似のものに当たるか否かについては,取引の実情の下において,取引者又は需要者が両表示の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断すべきである最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷判決・民集37巻8号1082頁参照)。


 原告の商号である「杏林製薬株式会社」は,会社の種類を表す「株式会社」の部分を除くと,「杏林」と「製薬」とで構成されている。このうち,「製薬」の部分は,製薬業者を表す普通名詞である。また,「杏林」については,岩波書店『国語辞典』第3版(乙9)によれば,「医者のこと。▽昔,中国の名医董奉(とうほう)が治療代を取るかわりに杏(あんず)を植えさせた結果,数年で林になったという故事から。」,岩波書店広辞苑』第5版によれば,「①あんずの林。②[神仙伝](三国の呉の名医の董奉(とうほう)が病人をなおしても報酬を受けず,なおった者に杏を記念として植えさせた結果,数年後に立派な林をなしたという故事から)医者の美称。」を意味するものであることが認められる。したがって,「杏林」の部分も,元来は医者を意味する普通名詞であり,それ自体としては,医療,医薬関係を指す名称として特別顕著なものとはいえない。しかし,前記2のとおり,原告は,東京証券取引所第一部に上場されていた大手製薬会社であり,「キョーリングループ」の中核をなすものである。したがって,「杏林製薬株式会社」は,多額の宣伝広告費用を投じた結果,大手製薬会社の名称として周知となり,原告の商号は,製薬会社の商号の一部としての「杏林製薬」の部分ないし「杏林」の部分に,自他識別力があるというべきである。よって,原告の商号からは,「キョーリンセイヤクカブシキガイシャ」「キョーリンセイヤク」「キョーリン」等の称呼が生じる。


 他方,被告の商号である「杏林ファルマ株式会社」は,会社の種類を表す「株式会社」の部分を除くと,「杏林」と「ファルマ」とで構成されている。


 このうち,「杏林」の部分は,原告の商号の「杏林」の部分と同一である。


 また,「ファルマ」の部分は,「pharmaceutical」,「pharmacist」又は「pharmacy」などの語彙と共通する語源に由来するものである。研究社『新英和大辞典』第6版によれば,「pharmaceutical」は,「1調剤上の,製薬の;薬剤師の.2薬物の,薬物を用いる,薬物販売の.」を意味する形容詞及び「薬,調合薬.」を意味する名詞であり,「pharmacist」は,「薬剤師;製薬者.」を意味する名詞であり,「pharmacy」は,「1薬学;調剤(術).2薬局;薬屋,薬店.3薬種,薬物類.」を意味する名詞であることが認められる。したがって,「ファルマ」の部分は,広く薬に関連する意味を連想させる言葉として通用しているものということができ,実際に被告の外にも,医薬品の販売を事業内容とする「味の素ファルマ株式会社」,健康食品,医薬品原薬,医薬品等の製造,販売を事業内容とする「日清ファルマ株式会社」など,「ファルマ」を付した会社が存在する(甲70,71,乙15)。よって,被告の商号からは,「キョーリンファルマカブシキガイシャ」「キョーリンファルマ」「キョーリン」等の称呼が生じる。


 そうすると,被告の商号は,「杏林」の部分が原告の商号と同一であり,「キョーリン」という同一の称呼が生じ得る。また,「杏林ファルマ」は,製薬であるか薬局であるかにかかわらず,製薬を含む薬関係の事業を連想させるから,「杏林製薬」と観念において類似し,被告の商号は,原告の商号と観念において類似するものと認められる。


 よって,原告の商号と被告の商号は,取引者又は需要者が上記のような称呼の同一性,観念の類似性に基づく印象,記憶,連想等から,両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるというべきである。


(2) 被告は,「杏林」の語は普通名詞であって,特定のための識別力がなく,原告の商号と被告の商号のそれぞれが「杏林」及び「製薬」又は「ファルマ」から成り立っていて,いずれか1つの単語では営業表示とはみなされないとか,「ファルマ」の語が「薬局」を意味するものであって,「製薬」とは異なるなどと主張する。


  しかしながら,原告の商号のうち「杏林」の部分は,もとは普通名詞であるが,製薬会社としての原告の高い周知性に照らし,「杏林製薬」として識別力を獲得するに至ったものであり,また,「キョーリン」として強力な宣伝広告が行われた結果,その部分にも識別力が生じたものである。そして,「製薬」も「ファルマ」も,ともに医薬品に関するものであって,関連性が強い名詞であるために「杏林製薬」と「杏林ファルマ」の観念が類似することに照らし,被告の主張はいずれも失当というほかない。


(3) 以上のとおり,被告の商号は,営業表示として原告の商号と類似する。


4 争点(2)(営業の混同の有無)について

(1) 不正競争防止法2条1項1号に規定する「混同を生じさせる行為」とは,他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が自己と上記他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず,両者間にいわゆる親会社,子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為(広義の混同惹起行為)をも包含すると解すべきである(前掲最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷判決,最高裁平成7年(オ)第637号同10年9月10日第一小法廷判決・裁判集民事189号857頁参照)。


(2) 前記第2の1の争いのない事実等及び前記1(3)の認定事実によれば,被告は,平成14年5月に商号を「杏林ファルマ株式会社」に変更して,目的に医薬品,医薬部外品などの製造,販売等を加えたものであり,原告の営業と同一の営業を行うおそれがある。
よって,被告が,上記のような営業を行うについて,「杏林ファルマ株式会社」を使用することにより,原告の取引者又は需要者は,被告をもって,キョーリングループの一員,あるいは,原告との間に資本的な繋がりがあるなど,緊密な営業上の関係があると誤信するおそれがあるものと認められる。


(3) 被告は,「仙薬露」ないし「仙養露」の販売予定がなく,「タヒボ」茶の販売には系列の別法人が行っていて,被告の商号を用いていないとか,被告の扱う健康食品は,通信販売による消費者への直販であって,原告と混同されることはないなどと主張する。
しかしながら,被告が,「タヒボ」茶あるいは「仙薬露」ないし「仙養露」を扱って,業界新聞紙の記事に取り上げられ,自らのホームページ上にて宣伝していたことは前記1(3)認定のとおりである。これらの健康食品は,健康に資するという意味においては医薬品と同じ範疇に属する商品又は隣接する商品ともいうことができる。このように,被告の商号への変更と同時に医薬品,医薬部外品などの製造,販売等が目的に加えられ,被告において,医薬品等といわば隣接する健康食品を取り扱い,また,今後も取り扱う可能性が十分にあることからすれば,被告の主張はいずれも失当である。


 また,被告は,「杏林」を含めた営業表示が医薬品等の分野で使用された場合であっても,「株式会社杏林堂薬局」,「杏林予防医学研究所」,「根本杏林堂」あるいは「杏林大学」などの例のように,原告との間での混同が生じないなどと主張する。


 確かに,商号中に「杏林」を用いた医薬に関連する企業として,「株式会社杏林堂薬局」(乙18),「株式会社根本杏林堂」(乙20)等が存在し,医科系の大学として,「杏林大学」が存在する(なお,「杏林予防医学研究所」については,正式な商号が不詳である。)。しかしながら,これらの商号等の使用と原告の営業表示の周知性の獲得時期との先後関係は不明である。


 また,被告以外に,これらの企業等が実在するとしても,被告による混同惹起行為が何ら減殺されるものではないから,被告の主張は失当というほかない。


(4) 以上のとおりであって,被告による被告の商号の使用は,不正競争防止法2条1項1号にいう「混同を生じさせる行為」に該当し,かつ,原告の営業上の利益を侵害し,また,今後も侵害するおそれがあるものというべきである。


5 結論

 以上のとおり,被告の行為は,不正競争防止法2条1項1号に該当し,原告の請求は,いずれも理由がある。したがって,原告は,被告に対し,同法3条1項に基づき,被告の商号の使用の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,変更登記に係る商号の抹消登記手続を求めることができる。
よって,主文のとおり判決する。』

と判示されました。


追伸;<気になったニュース>
●『特許・商標・意匠の審決を検索できる無料データベース開設』
http://news.braina.com/2007/0129/enter_20070129_002____.html
●『民主主導の米国110 議会、下院司法委員会及び小委員会構成を公表〜バーマン議員が小委員長就任、特許制度改革に意欲を示す〜』
http://www.jetro.go.jp/biz/world/n_america/us/ip/news/pdf/070125_2.pdf


●『【知はうごく】「松本零士氏 クリエーターの思い」著作権攻防(4)−1 』
http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070130/ent070130000.htm
●『【知はうごく】「模倣は創作のうちには入らない」著作権攻防(4)−2 』
http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070130/ent070130001.htm
●『【知はうごく】「奈落に落ちるかも−という切迫感」著作権攻防(4)−3 』
http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070130/ent070130002.htm