●『平成17(行ケ)10647 特許取消決定取消請求事件 知財高裁』

  今日は、本日公表された『平成17(行ケ)10647 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成18年11月20日 知的財産高等裁判所「PtとPt以外の遷移金属をベースにした化合物とをベースにした混合物を使用するシリコーンエラストマーのアーク抵抗性を高めるための添加剤」』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061121112317.pdf)を取り上げます。


 本件は、特許庁が進歩性なしとして特許を取消した特許取消決定の取消しを求めた訴訟で、知財高裁ではその決定を誤りとして、取消決定が取消されました。

 本件では、 本願発明と刊行物1記載との相違点1、すなわち、刊行物1では,アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるための添加剤としてアルミニウム水酸化物を必須成分とするのに対し,本件発明1では必須成分としていないとする相違点1の認定に基づく進歩性の判断が争点になりました。


 つまり、知財高裁は、取消事由2(相違点1の判断の誤り)において、

『ウ 本件発明1の添加剤において,アルミニウム水酸化物が必須の成分となっていないことは,その特許請求の範囲及び本件訂正明細書の記載から明らかである。

 本件訂正明細書には,アルミニウム水酸化物についての記載はないが,アルミニウム水酸化物を加えなくとも良好なアークトラッキング抵抗性アーク浸食抵抗性難燃性,機械的性質を得られること前提とされているものと理解できる。

(3) 刊行物1発明と本件発明とを対比すると,その技術分野は同一であり,技術課題は,いずれも,良好なアークトラッキング抵抗性,アーク抵抗性をもつシリコーンエラストマーを得るということにあり,そのための解決手段として,金属酸化物及び白金を使用する点(添加剤としての使用か,付加反応触媒としての使用かという点はさておく)でも共通している。両発明の主たる相違点は,添加剤の成分としてアルミニウム水酸化物が必須であるかどうかであり,決定は,この点を,相違点1として「アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を高めるための添加剤として,刊行物1では,アルミニウム水酸化物を必須成分とするのに対し,本件発明1では必須成分としていない点」と認定している。相違点1の認定については,当事者間に争いがない。


(4) 決定は,相違点1に係る構成の容易想到性について,まず,刊行物1の実施例4と比較例3を対比し,FeO・Fe2O3の1部はアルミニウム水酸化物100部に相当するアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有しているといえるとした上で,当業者であれば,金属酸化物の量を増やすことによって,アルミニウム水酸化物を使用することなくアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有する添加剤とすることを容易に想到し得ると判断した。


ア 確かに,刊行物1の表1に掲げられた実施例4と比較例3の条件を対比すると実施例4においてはアルミニウム水酸化物を100部FeO・Fe2 O3 を1部加えているのに対し,比較例3においては,金属酸化物を配合せずに,アルミニウム水酸化物を200部加え他の条件を同一にした結果実施例4と比較例3はトラッキング(時間)と浸食損失係数(重量%)において,ほぼ同様の数値を得られている。この実験結果によれば,アルミニウム水酸化物を200部から100部に減らしその代わりにFeO・Fe2O3を1部加えてもほぼ同様のアークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵抗性を得られるということができる。


イ しかしながら,当業者が,特許明細書に記載された実施例及び比較例の実験結果の対比検討を行うに当たっては,実験結果を総合的に考慮し,かつ,明細書全体の基礎となる技術思想と整合的に理解しようとするのが当然である。

 刊行物1によれば,刊行物1発明の発明者は,アルミニウム水酸化物の充填量を減量することを課題として,少なくとも1種の遷移元素を含む金属酸化物を配合して代替することを試みたにもかかわらず,なお,アルミニウム水酸化物を使用することは,シリコーンゴムのアーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性等の電気絶縁性能を改善する上で必須であり,少なくともアルミニウム水酸化物を30部は使用しなければならないとの知見を得たことが認められるそして前記判示のとおり比較例1においては,アルミニウム水酸化物の充填量を10部とすると,十分なアーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性を得られないとの結果が示されている。

 そうすると,実施例4と比較例3の結果の対比から推考をし,アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性をさらに追求していく場合においても,アルミニウム水酸化物の充填量を30部より少なくすると十分なアークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵抗性が得られないという刊行物1に記載された知見は当然の前提とされているというべきであり刊行物1の記載に接した当業者は実施例4と比較例3の対比から,アルミニウム水酸化物の充填量を100部減らして,その代わりにFeO・Fe2O3を1部加えても,アルミニウム水酸化物の充填量が30部以上であれば,ほぼ同様のアークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵抗性が得られるということは想到し得たとしても,アルミニウム水酸化物の充填量をゼロとしても,金属酸化物の量を増やすことにより十分なアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有する添加剤を得られるということまで容易に推考し得たということはできない。


ウ これに対し,被告は,(i)刊行物1にはアルミニウム水酸化物の充填量を減らすという技術課題が記載されていること,(ii)刊行物1の比較例1は,湿式シリカの量が極端に多く含まれており,実験条件が相違することなどを指摘する。


 しかし,刊行物1は,アルミニウム水酸化物の充填量を減量することを課題としても,なお,アルミニウム水酸化物を使用することは,シリコーンゴムのアーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性等の電気絶縁性能を改善する上で必須であるとしているのであるから,刊行物1に基づいて,アルミニウム水酸化物の充填量をゼロとすることを容易に想到し得ないことは,前記判示のとおりである。


 また,刊行物1には,湿式シリカについて「シリカ微粉末の」配合量は,第一成分100部に対して1〜100部・・・の範囲であり,1部に満たないと機械的強度が弱くなり,100部を超えると第三成分のアルミニウム水酸化物を高充填することが困難となる」との記載があり,この記載によれば,湿式シリカの配合量は機械的強度に影響を与えるとは認められるものの,アークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を左右するということはできない。


そうすると,刊行物1の比較例1において,湿式シリカが他の実施例・比較例より多く加えられているとしても,それがアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性に影響を及ぼしているということができず,比較例1においてアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性が劣るとの結果が出ているのは,アルミニウム水酸化物の充填量が30部より少なかったからであると考えられる。


(5) 次に,決定は「よく知られた難燃剤であるアルミニウム水酸化物がアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有するものであることは以前より知られており,刊行物2には,FeO,Fe2O3 ,酸化セリウム,酸化チタンを白金と組み合わせて耐燃剤とすることが記載され,刊行物3には,酸化セリウム,水酸化, , セリウムと白金と組み合わせたものが高温耐久性耐熱性を有することが記載され刊行物4〜6には,難燃剤として酸化セリウム・水酸化セリウム(刊行物4 ,セ)リウム系化合物,酸化鉄,酸化チタン(刊行物5 ,酸化セリウム(刊行物6)を)白金と組み合わせることがそれぞれ記載されており,それらの遷移金属化合物が刊行物1に記載のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することを予測することは格別困難とはいえないと説示するまた被告は本訴において乙1,3,4を提出し,難燃性とアーク浸食抵抗性あるいはアークトラッキング抵抗性は類似していると主張する。

 しかしながら,本件訂正明細書には,従前知られていた技術として,(i)シリコーンエラストマーの「耐熱性」を高めるために白金と混合鉄酸化物との混合物を使用すること,(ii)シリコーンエラストマーの「難燃性」を高めるために白金と少なくとも1種の希土類金属酸化物との混合物(特に白金と酸化セリウム)との混合物を使用することを挙げた上で,本件発明に係る混合物を使用した添加剤を含有するRTV,LSR,重付加EVC又はEVCポリオルガノシロキサン組成物がさらに良好な「アークトラッキング抵抗性」及び「アーク浸食抵抗性」を有することを発見したとしているのであり,本件発明の発明者は,アークトラッキング抵抗性,アーク浸食抵抗性を,耐熱性,難燃性とは異なる特性として理解していることがうかがわれる。


 また,乙4には「一般に三酸化アンチモン/ハロゲン供与体系のような難燃添加剤は,材料の耐トラッキング性に対して逆効果を有することは既知である(3頁左上欄末行〜右上欄3行)」、「各難燃添加剤の添加は,各組成物のトラッキング破壊をもたらすだけでなく比較材料Nより悪い結果をもたらすことが判るそれ故これらの難燃添加剤の添加は,基本ゴムの耐トラッキング性能を低下させる(9頁左下欄下から3行〜右下欄3行)」と記載され,難燃性を有する物質が必ずしも良好なアークトラッキング抵抗性を有するものではないことが記載されている。

 さらに,甲15(特開平4−209655号公報)にも「従来,付加反応による加硫方法に使用される白金触媒をシリコーンゴム組成物中に添加配合すると,シリコーンゴムの難燃性が向上することが知られているが,本発明の高電圧電気絶縁体用組成物においてはこのような難燃化処方をとるとかえって局部に集中したエロージョン現象がおこり,電気絶縁機能の寿命が著しく低下することがつきとめられた(3頁左下欄3〜9行)」と記載され,難燃性を有する物質が,必ずしも良好な電気絶縁機能を有するものではないことが記載されている。


 そうすると,決定がいうとおり,難燃剤であるアルミニウム水酸化物がアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することが以前から知られていたとしても,刊行物2〜6に難燃性を有するものとして記載されている遷移金属化合物がアルミニウム水酸化物と同様のアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有するとは限らないというべきである。


 また刊行物1発明は、遷移金属元素を含む金属酸化物を配合することによりアーク浸食抵抗性やアークトラッキング抵抗性が向上することを認識しつつ,それでもなおアルミニウム水酸化物が必須であるとしているのであるから,刊行物2〜6に基づき,酸化鉄等の金属化合物がアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有することが推認されたとしても,そのことから,直ちに,刊行物1に記載されたこれらの金属化合物の添加量を増やすことにより,アルミニウム水酸化物を充填することなく良好なアークトラッキング抵抗性及びアーク浸食抵抗性を有するオルガノポリシロキサンエラストマーを得ることができることが,容易に想到し得るとはいえない。

(6) 以上によれば,本件発明1の相違点1に係る構成は,刊行物1〜6に基づき当業者が容易に想到し得たものであるということはできないというべきであり原告の取消事由2は理由がある。なお,乙3,4には,アルミニウム水酸化物を加えることなく,アーク浸食抵抗性及びアークトラッキング抵抗性に優れたオルガノポリシロキサンエラストマーを得るための添加剤についての発明が開示されているが,これらの証拠は,決定が本件発明1の進歩性を判断する上で基礎とした公知事実には含まれていない。したがって,これらの証拠を,難燃性とアーク浸食抵抗性あるいはアークトラッキング抵抗性は類似しているという一般的な知見を示すものとして使用することはできるとしても,アルミニウム水酸化物を加えることなく,白金化合物と少量の金属酸化物を添加することにより,優れたアーク浸食抵抗性及びアークトラッキング抵抗性を得ることができることを示す公知事実として使用することは許されないというべきである。

2 結論
 以上のとおり,原告の取消事由2には理由があり,この点についての決定の誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その他の取消事由は検討するまでもなく,審決は違法として取消しを免れない。」

と判示しました。


 つまり、知財高裁は、刊行物1は,アルミニウム水酸化物の充填量を減量することを課題としつつも,アルミニウム水酸化物を使用することは,刊行物1発明の前提(シリコーンゴムのアーク浸食抵抗性,アークトラッキング抵抗性等の電気絶縁性能を改善する)上で必須であると認定される以上は、アルミニウム水酸化物を必須とする刊行物1に基づいて,アルミニウム水酸化物の充填量をゼロとする本願発明は、容易に想到し得ない、と判示したようです。


 化学の分野は専門ではなく、詳しくはありませんが、知財高裁の刊行物1の認定が正しいとすれば、取消決定の判断を誤りした知財高裁の判断も妥当ではないかと思います。


追伸:<気になったニュース>
●「Wi-Fi規格に特許問題--広範囲な影響が懸念」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061121-00000004-cnet-sci
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20322467,00.htm
●「DVD関連特許の管理団体「DVC6C」にSamsungが加入」
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20061121/dvd6c.htm
http://www.dvd6cla.com/news_20061121.html
●「来年9月の最終決着目指す 特許の「先願主義」条約」
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006112101000761.html
●「発明対価訴訟:大塚製薬元社員が逆転勝訴 知財高裁」
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20061121k0000e040076000c.html
●「発明対価280万円認める 大塚製薬元部長が逆転勝訴」
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006112101000673.html