●平成18(ワ)4824等 損害賠償請求事件 著作権 民事訴訟 東京地裁

『平成18(ワ)4824等 損害賠償請求事件 著作権 民事訴訟 平成18年11月15日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061116152727.pdf)について取り上げます。


 本件は、中小企業診断士試験用教材についての著作権の損害賠償事件であり、原告が求めた損害賠償の一部が認められました。


 つまり、東京地裁は、
『1 争点(1)(被告らの故意・過失)
 (1) 被告B及び被告研究所
 ア 弁論の全趣旨によれば,被告Bは,原告の承諾を得る必要があることを認識しながら,原告から承諾を得ることなく,原告著作物に基づき本件侵害部分の原稿を作成したものであるから,原告の複製権及び著作人格権の侵害につき,故意があったものと認めるべきである。

 よって,被告Bは,本件における複製権及び著作人格権の侵害行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

 イ そして,前提事実(3)のとおり,被告Bは,被告研究所の代表取締役として本件侵害部分の原稿を作成し,被告東京LMに引き渡したものであるから,被告研究所は,民法44条1項に基づき,被告Bの著作権及び著作人格権の侵害行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(2) 被告東京LM
 ア 前提事実(2)アのとおり,被告東京LMは,資格取得講座を開講し,受講生用の教材等を発行することを業として行っている会社であり,教材等の作成及び発行に当たり,第三者著作権等を侵害することがないよう十分確認すべき義務を負っていると認められるところ,その注意義務を尽くしたことを認めるに足りる証拠はない。

 イ よって,被告東京LMは,本件における複製権及び著作人格権の侵害につき,過失があったものと認めるべきであり,複製権及び著作人格権の侵害行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。


2 争点(2)(損害額)
(1) 著作権侵害による損害
ア 著作権法114条2項に基づく算定について
 原告が自ら中小企業診断士の受験講座を開講したり,中小企業診断士の受験用の教本を出版販売していることの主張立証はないから,著作権法114条2項に基づく算定をいう原告の主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がない

イ 著作権法114条3項に基づく算定について
(ア)a 証拠(乙1の1)及び弁論の全趣旨によれば,本件業務委託契約において,テキスト1頁当たりの原稿料は5000円,池袋校及び横浜校の受講者が50名以上であれば,1頁当たり5500円,70名以上であれば1頁当たり6000円と定められていることが認められる。本件テキストに類似する教材の原稿料が上記1頁当たり6000円を超えることを認めるに足りる証拠はない。

b 前提事実(3)イのとおり,本件侵害部分は本件テキストの本文50頁中10頁であるから,原稿料の相場からの試算額は6万円となる。
6000円×10頁=6万円

(イ)a また,証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,本件テキストを本件講座の受講者以外にも販売する場合の価格は500円程度であることが認められる。
b 弁論の全趣旨によれば,本件テキストと同種の文献の原稿料は通常10%程度であると認められるところ,高めに15%として試算しても,その原稿料は5250円である。

 500円×350部×10頁/50頁×15%=5250円

(ウ) 以上の試算によれば,著作権法114条3項により原告が著作権の行使につき受けるべき金銭の額を6万円と認めるのが相当である。

(エ) 被告らは,原告著作物の大半は参考文献をそのまま又はわずかに改変して転載したもので,創作性の程度が低いから,原稿料はより低額で足りる旨主張するが,弁論の全趣旨によれば,そのような内容になることは中小企業診断士の試験用講座の教材であること以上,やむを得ないものと認められ,被告ら主張の上記の点から,上記認定の額を左右することはできない。

(オ) また,被告B及び被告研究所は,原告著作物は,他の文献をそのまま又はわずかに改変して転載し,多くの者の同一性保持権及び氏名表示権を侵害しているのであり,そのような原告が同一性保持権及び氏名表示権を侵害されたと主張することは権利の濫用である旨主張するが,原告著作物が他の著作者(丁1〜5)の同一性保持権及び氏名表示権を侵害していると認めることはできないから,この点の上記被告らの主張は,理由がない。

(2) 著作者人格権侵害の慰藉料
ア前提事実によれば,原告は,当初から「中小企業診断士合格ポイントマスター(下)」に掲載され,公刊されることを前提に,原告著作物を著作したものであり,本件テキストの発行により予定よりも1か月程度早く公表されたものである。

 また,本件テキストは,350部印刷されたが,受講生等に配布された数は70冊余であり,残りは,比較的早期に廃棄されている。そして,本件テキストの内容は,中小企業診断士の試験用講座の教材であるという性格上,他の参考文献に記載された文章や図表を引用し又は要約した部分が多いものである。

イ これらの事情その他本件に現れたその他の事情を総合考慮すれば,本件における著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)侵害による損害額を11万円と認めるのが相当である。

 これに反する原告及び被告らの主張は,いずれも採用することができない。

3 結論
 以上のとおり,原告の請求は,被告らに対し,複製権侵害に基づき6万円,著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)侵害に基づき11万円,合計17万円の損害金の(不真正)連帯支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。

 弁論の全趣旨によれば,被告Bは原告に対し,第1事件の提訴前に,本件の著作権侵害等の解決金として17万円を送金したが,原告がこれを返金したことが認められるから,訴訟費用の負担については,民事訴訟法62条を適用し,主文第3項のように負担させるのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。』

と判示しました。


 損害額の算定に関し、原告自ら中小企業診断士の受験講座を開講したり,中小企業診断士の受験用の教本を出版販売していることを主張立証しなかったため、著作権法114条2項の「著作権者、出版権者又は著作隣接権者が故意又は過失によりその著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、当該著作権者、出版権者又は著作隣接権者が受けた損害の額と推定する。」に基づく損害賠償額が認められなかった点が参考になります。


 なお、被告東京LMと、もう一方の被告研究所との間に,中小企業診断士試験用講座に関し,講義及びテキスト作成等を委託する際の業務委託契約中には,著作権処理に関し,次の条項がありました。

「第5条(著作権等)
1 委託業務の過程で発生した著作権(著作権法第21条乃至第28条に定める全ての権利)等の一切の権利は,発生と同時に甲(注:被告東京LM)に移転する。
また,乙(注:被告研究所)が委託業務遂行以前より権利を有している著作物を使用する場合には,乙は,条件を付さずして甲及び甲の指定する者に対してその使用(複製,翻案,改変等を含む。)を許諾する。

2 乙は,甲及び甲の指定する者に対して,前項所定の著作権に関する著作者人格権を行使しない。

3 乙は,委託業務の実施にあたり,第三者の権利を尊重するとともに,第三者の権利を侵害しないように細心の注意を払い,万一紛争となった場合には,自己の責任において,これを処理・解決しなければならない」。


 詳細は、判決文(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061116152727.pdf)を参照して下さい。