●平成24(行ケ)10053号  審決取消請求事件  特許権 行政訴訟

 本日は、『平成24(行ケ)10053号 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「移動無線システムにおける非明示的要求データの伝送方法および伝送システム」平成24年12月25日知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121227094616.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取り消し求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法36条4項1号の実施可能要件についての判断が参考になるとか思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 芝田俊文、裁判官 西理香、裁判官 知野明)は、


『当裁判所は,本願の発明の詳細な説明は特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないものと判断する。その理由は次のとおりである。


1.認定事項

 本願発明1及び2について,発明の詳細な説明が特許法36条4項1号に規定する要件を満たすというためには,本願明細書の記載が,本願発明1及び2の構成について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることが必要である。


 そこで,まず,本願発明1及び2の構成を確認すると,次のとおりである。


・・・省略・・・


(2)本願発明1の構成2について

ア本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明1の構成2とそれによる作用効果について,次の記載がある。


「【0018】
 ここで中間記憶されたデータをさらに送信することは,移動無線機器により指示された情報に依存する。移動無線機器が例えば伝送ネットワークに,目下のところ情報を受信するためのメモリを用意できないことを指示すると,記憶手段は移動無線機器に対する所定のデータを,この移動無線機器が伝送ネットワークにデータ受信のためのメモリスペースが再び十分になったことを指示するまで記憶する。ここで情報交換はエアインタフェースを介して行われる。」


「【0030】
 さらに移動無線機器3がネットワークコンピュータ5に,この移動無線機器には新たな情報を受け入れるための十分なメモリスペースがないことを指示した場合に,メモリ領域を新たに受信されるデータによる上書きのために開放することもできる。ここでは,ユーザによりすでに読まれているが,なお移動無線機器に記憶されている情報に上書きすることが考えられる。メモリ領域に上書きすることのできる情報はユーザの制御によりネットワークコンピュータ5に転送される。相応にしてネットワークコンピュータ5はさらなる伝送を開始する。」


イ上記記載によれば,本願発明1の構成2において,「伝送ネットワークに,当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないことを指示」することの主体は,移動無線機器であり,当該移動無線機器は,伝送ネットワークの記憶手段に中間記憶されたプッシュサービスデータの量を知り,それにより「当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないこと」を検知し,このことを伝送ネットワークのネットワークコンピュータに指示するものと解される。


 しかし,本願明細書の発明の詳細な説明には,移動無線機器が,伝送ネットワークの記憶手段に中間記憶されたプッシュサービスデータの量を知り,「当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないこと」を検知するための構成及び方法について何ら具体的な記載はない。


 また,当該技術分野の技術常識を参酌しても,移動無線機器が,伝送ネットワークの記憶手段に中間記憶されたプッシュサービスデータの量を知り,「当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないこと」を検知するための構成及び方法が,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者に自明な事項であるとも認められない。そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明には,「伝送ネットワークに,当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないことを指示」することについて,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。


 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,本願発明1の構成2について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められない。


・・・省略・・・


(イ) 理由5

 本願明細書の段落【0030】には,「さらに移動無線機器3がネットワークコンピュータ5に,この移動無線機器には新たな情報を受け入れるための十分なメモリスペースがないことを指示した場合に,」と記載されている。ここで,移動無線機器3が,サイズの分かっている特定の新たな情報について,「メモリスペースが,新たな情報を受け入れるために十分か,不十分か。」という判断をしたのであれば,移動無線機器3は,どのようにして,特定の新たな情報のサイズを得たのか,不明である。


(ウ)理由6

 本願明細書の段落【0018】には,「ここで中間記憶されたデータをさらに送信することは,移動無線機器により指示された情報に依存する。移動無線機器が例えば伝送ネットワークに,目下のところ情報を受信するためのメモリを用意できないことを指示すると,」と記載されている。ここで,移動無線機器が,「目下のところ情報を受信するためのメモリを用意できるか,できないか。」の判断を行うためには,「受信するために用意できるメモリの容量」と「中間記憶されたデータのサイズ」を比較する必要があるが,移動無線機器はどのようにして「中間記憶されたデータのサイズ」を得たのか不明である。


イ審決は,理由1,5及び6において上記のとおり述べているところ,その内容は,本願発明1及び2の各構成2について,先に(2)及び(4)の各イで判示したところと同じ趣旨,すなわち,本願明細書の発明の詳細な説明には,移動無線機器が,伝送ネットワークの記憶手段に中間記憶されたプッシュサービスデータの量を知り,「当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないこと」を検知するための構成及び方法について何ら具体的な記載がないこと,また,当該技術分野の技術常識を参酌しても,移動無線機器が,伝送ネットワークの記憶手段に中間記憶されたプッシュサービスデータの量を知り,「当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないこと」を検知するための構成及び方法が,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者に自明な事項であるとも認められないことから,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,本願発明1及び2の各構成2について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められないとの趣旨をいうものである。


 したがって,審決の理由1,5及び6の判断に誤りはない。


(6)原告の主張について

ア原告は,理由1に対する反論として,段落【0028】の記載を根拠として,「したがって,ネットワークコンピュータ5は,送信しようとしている情報のデータ量を認識することができ,かつ,移動無線機器において使用可能な記憶容量についての情報を受信しているのであるから,当該データ量と当該記憶容量とを比較することにより,『この移動無線機器が目下のところアプリケーションコンピュータ1の情報を受け入れるために十分なメモリスペースを使用』できるか否かを当然に判断することができる。」と主張し,また,理由5及び6に対する反論として,上記主張にさらに続けて,「上記判断をした主体は,ネットワークコンピュータ5又は伝送ネットワーク2であることが疑義の余地なく明確である。」と主張する。


 原告の上記主張は,本願発明1及び2の各構成1については妥当するが,本願発明1及び2の各構成2については妥当しない。なぜなら,原告の上記主張は,「伝送ネットワークに,当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないことを指示」することの主体が,ネットワークコンピュータ5又は伝送ネットワーク2であることを前提とするものであるが,前記(2)及び(4)の各イで判示したとおり,本願発明1及び2の各構成2において,「伝送ネットワークに,当該移動無線機器においてデータに対するメモリスペースを使用できないことを指示」することの主体は,移動無線機器であって,ネットワークコンピュータ5又は伝送ネットワーク2ではないからである。


 したがって,原告の上記主張は採用することができない。


イなお,原告は,被告が発明の詳細な説明の記載について著しい錯誤ないし曲解に基づいて理由1〜6からなる拒絶理由通知(甲11)を発し,原告の不的確な説明を誘導した結果,審決が誤った判断を下したものであると主張する。


 しかし,前示のとおり,理由1,5及び6の内容は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載が,当業者が本願発明1及び2の各構成2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められないとの趣旨をいうものであるから,被告が発明の詳細な説明の記載について著しい錯誤ないし曲解に基づいて上記拒絶理由通知を発したものということはできない。また,審決の判断にも誤りはない。


 したがって,原告の上記主張は理由がない。


(7)まとめ

 以上のとおりであるから,本願は発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないとの審決の判断に誤りはなく,審決に取り消されるべき違法はない。


第6結論

以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。』

 と判示されました。

 詳細は、本判決文を参照して下さい。