●平成21(行ケ)10238審決取消請求事件 特許権「日焼け止め剤組成物

 本日は、『平成21(行ケ)10238 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「日焼け止め剤組成物」平成22年07月15日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100716094532.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消し求めた審決取消し訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、特許法29条2項の進歩性の判断において、出願後に提出した実験結果を参酌することができるか否かについての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 武宮英子)は、


『当裁判所は,(1)本願発明の容易想到性の判断に当たり,本願当初明細書には,「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」と特定したことによる本願発明の効果に関する記載がされていると理解できるから,本件においては,本願発明の効果の内容について,審判手続において原告から提出された,審判請求理由補充書における本件【参考資料1】実験の結果を参酌することが許される場合であると判断すべきであり,したがって,これに反して,審決が,同実験結果を参酌すべきでないとした判断には誤りがあり,また,(2)本願発明は,同実験結果を参酌すれば,引用発明に比較して当業者が予期し得ない格別予想外の顕著な効果を奏するものであって,引用発明から容易に発明をすることができなかったというべきであるから,審決が,本願発明は予想外の顕著な効果を奏するとはいえず,引用発明から容易に発明をすることができたとした点に誤りがあると解する。その理由は,以下のとおりである。


1 審判請求理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤りについて


(1) 審決は,本願発明が,特許法29条2項の要件を充足しないことを理由とするものである。


 ところで,特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,当初明細書に,「発明の効果」について,何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して,主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。


 また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると,本願当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。


 他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。


(2) 上記観点から,本件について検討する。

 本願当初明細書(甲3,段落【0011】)には,本願発明の作用効果について,「本発明の組成物は,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種,すでに定義された安定剤,UVB日焼け止め剤活性種,及びキャリアを含み,実質的にはベンジリデンカンファー誘導体を含まない組成物であるが,現在,驚くべきことに,本組成物が優れた安定性(特に光安定性),有効性,及び紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)を,安全で,経済的で,美容的にも魅力のある(特に皮膚における透明性が高く,過度の皮膚刺激性がない)方法で提供することが見出されている。」との記載がある。


 また,本願当初明細書(甲3,段落【0025】)には,UVB日焼け止め剤活性種(UV−Bフィルター)について,「好ましいUVB日焼け止め剤活性種は,2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸,TEAサリチレート,オクチルジメチルPABA,酸化亜鉛,二酸化チタン,及びそれらの混合物から成る群から選択される。好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸である」との記載がある。


 さらに,「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」は,並列的に記載された様々な「UV−Bフィルター」の中の1つとして公知のものである(甲2の1〜9)。


 以上の記載に照らせば,本願当初明細書に接した当業者は,「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選択した本願発明の効果について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を,より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる。


 他方,本件【参考資料1】実験の結果によれば,本願発明の作用効果は,?本願発明(実施例1)のSPF値は「50+」に,PPD値は「8+」に各相当し,従来品(比較例1〜4)と比較すると,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと(広域スペクトルの紫外線防止効果に優れていること),?本願発明は従来品に対して,紫外線照射後においても格段に高いSPF値及びPPD値を維持していること(光安定性に優れていること)を示しており,上記各点において,顕著な効果を有している。


 確かに,本願当初明細書には,本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において,従来品と比較して,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。


 しかし,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され,また,参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。


(3) 被告の主張に対する判断

ア被告は,前記段落【0011】でいう「本組成物」とは,同段落が出願当初より補正されていないことからみて,本願当初明細書の請求項1に記載された「組成物」,すなわち「有機性日焼け止め剤活性種,無機性物理的日焼け止め剤,及びそれらの混合物から成る群から選択される安全で且つ有効な量のUVB日焼け止め剤」を使用した組成物を意味するものと理解されるのであって,補正後にUVB日焼け止め剤として特定された「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を使用する組成物に限定された記載ではない,と主張する。


 しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,平成17年5月9日付け手続補正書(甲4)により補正された段落【0012】には,「本発明は日焼け止め剤としての使用に好適な組成物に関するものであり,その際その組成物は,a)・・・b)・・・c)0.1〜4重量%の,2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及びd)・・・を含み,」と記載されているから,段落【0011】でいう「本組成物」も特許請求の範囲の請求項1に記載されたものに定義されるものと理解され,その補正の効果は出願当初に遡るのであるから,被告の前記主張は採用の限りでない。


イまた,被告は,段落【0011】の記載は,本願発明の効果についての一般的な記載に止まるものであって,本願当初明細書によっては,どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ないと主張する。


 しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,被告の主張を前提とすると,本願当初明細書に,効果が定性的に記載されている場合や,数値が明示的に記載されていない場合,発明の効果が記載されていると推測できないこととなり,後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は,出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとることとなり,採用の限りでない。


ウさらに,被告は,以下のとおり主張する。すなわち,本願明細書の段落【0022】には,「・・・好ましい組成物は,広い帯域の紫外線の所望のSPF単位当たりのおよそ2J/cm ,例えば,SPF15の組成物2は30J/cm の照射後に,それらの当初の紫外線吸収度の少なくとも2約85%,更に好ましくは少なくとも約90%を維持する。・・・」との記載によれば,本願明細書ではSPF値として15を含む範囲を想定していたことが推認される,したがって,当業者は,SPF値としても15からそれほど大きくは超えない程度のものと理解するのが相当であるから,本願明細書の記載から,本件【参考資料1】実験の結果で示されるような,SPF値又はPPD値に係る発明の効果までは推論できない,と主張する。


 しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,本願明細書の段落【0022】の記載は,本願発明の組成物の光分解に対する紫外線吸収度の安定性に関するものであって,SPF値15の場合の本願発明の組成物を例に取って,好ましい紫外線吸収度の維持のされ方を説明したものにすぎず,本願発明の組成物のSPF値が15近辺にとどまることを示したものであるとはいえない。


(4) 以上のとおり,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。


 本件【参考資料1】実験の結果を参酌すべきでないとした審決の判断は,誤りである。』

 
 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。