●平成22(行ケ)10079 審決取消請求事件 意匠権「呼吸マスク」

 本日は、『平成22(行ケ)10079 審決取消請求事件 意匠権 行政訴訟「呼吸マスク」平成22年07月07日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100713112731.pdf)について取り上げます。

 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、意匠法3条1項3号の本願意匠と引用意匠との類否についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 高部眞規子、裁判官 井上泰人)は、

『1 本願意匠と引用意匠との類否について

(1) 意匠法3条1項3号について

 意匠法3条1項1号及び2号所定の公知意匠と類似の意匠であることを理由として,同項3号に該当することを理由に意匠登録出願について拒絶するためには,まずその意匠にかかる物品が同一又は類似であることを必要とし,さらに,意匠自体においても同一又は類似と認められるものでなければならない。


 意匠権の効力は,登録意匠及びこれに類似する意匠にも及び,意匠の類否の判断は需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとされているから(意匠法23条,24条2項),同法3条1項3号においては,同一又は類似の物品の意匠間において,需要者の立場からみた美感の類否が問題となる最高裁昭和45年(行ツ)第45号同49年3月19日第三小法廷判決・民集28巻2号308頁,最高裁昭和48年(行ツ)第82号同50年2月28日第二小法廷判決・裁判集民事114号287頁参照)。


(2) 物品の類否

 本願意匠は,意匠に係る物品を「呼吸マスク」とする部分意匠である。引用意匠は,簡易マスクに関するものであり,本願意匠の部分に対応するマスクの上縁部である。

 よって,本願意匠に係る物品と引用意匠に係る物品とは,少なくとも類似し,この点について当事者間に争いはない。

(3) 意匠の観察方法について

ア 原告は,本願意匠に係るマスクのような,立体物でありかつ形態が不使用時状態,使用直前状態,装着状態により変化する物品については,外部から観察される限り,物品の状態や観察方向は限定されるべきではなく,各状態,特に,需要者にとって関心が最も高い装着状態の形態に重きをおいて,当該部分意匠を多方向から三次元的にかつ総合的に観察した上で,部分意匠の形態の特徴を把握するべきであると主張する。


イしかしながら,意匠登録を受けようとする者は,願書に意匠登録を受けようとする意匠を記載した図面を添付しなければならず(意匠法6条1項),通商産業省令で定める場合はこれに代えて意匠登録を受けようとする意匠を現した写真,ひな形又は見本を提出することができ(同条2項),意匠に係る物品の形状等がその物品の有する機能に基づいて変化する場合において,その変化の前後にわたるその物品の形状等について意匠登録を受けようとするときは,その旨及びその物品の当該機能の説明を願書に記載しなければならないとされている(同条4項)。


 そして,いわゆる基本六面図のほか,斜視図その他の必要な図面を加え,意匠の理解を助けるため必要があるときは,使用の状態を示した図その他の参考図を加え(意匠法施行規則3条,様式第6備考8,14),開くものの意匠であって開き等の意匠の変化の前後の状態の図面を描かなければその意匠を十分表現することができないものについては,意匠の変化の前後の状態が分かるような図面を作成すべきものとされている(同様式第6備考20)。


 したがって,出願人たる原告において,不使用時状態,使用直前状態及び装着状態とで,意匠に係る物品の形状が変化するというのであれば,本来,適宜の必要な図面を加え又は意匠の変化の前後の状態が分かるような図面を作成すべきものであるところ,原告は,願書に,折り畳むとフラットな状態になることは記載しているものの,装着状態が別紙第1記載の図面とは異なるものであることを記載していないし,装着状態の説明もなく,別紙第1記載の図面以外の図面等を提出していない(甲1)。


 そして,登録意匠の範囲は,願書の記載及び願書に添付した図面に記載され又は願書に添付した写真,ひな形若しくは見本により現された意匠に基づいて定めなければならないとされていること(意匠法24条1項)に照らしても,願書に添付した図面に記載され又は願書に添付した写真,ひな形若しくは見本により現された事項及びここから認識できる事項以外の事項を考慮して本願意匠を認定し得るとすることは,相当でない。

 また,意匠は物品の形状等であるところ(意匠法2条1項),呼吸マスクの装着状態は,これを装着する者の顔面の大きさや輪郭線,装着の仕方等によって変形し得るものであり,特に本願意匠のような,呼吸マスクの外縁部分の一部である帯状の部分のみを対象とする部分意匠においては,その図面によることなくその態様を認定することが困難である。そして,原告において,別紙第1の図面に記載された形態が,呼吸マスクの使用直前状態を現すものと主張するところ,その状態は,呼吸マスクという本願意匠に係る物品自体の形態として通常観察される状態であり,上記図面に記載され,又はこれにより現された意匠に基づいて,本願意匠を認定することに,誤りはない。

 なお,検甲第1,2号証は,本願意匠及び引用意匠の近似実施品又は製作見本であるから,これを装着して撮影した写真(甲6の1)による比較は,正確なものとはいえない。

(4) 類否判断の前提となる事実


 ・・・省略・・・


(5) 両意匠の類否

ア本願意匠が呼吸マスクの上縁部に関する部分意匠であることにかんがみると,本願意匠と引用意匠とを全体として観察した場合,意匠全体の支配的な部分を占め,全体として一つの意匠的なまとまりを形成し,需要者に視覚を通じて一つの美感を与えて,需要者の注意を強く惹くのは,正面視における形状というべきである。そして,正面視,全体が略円弧状で,中央部が山状に上方に突出し,当該突出部から左右対称に両側に向かって湾曲する曲線であるという態様は,基本形状が細い帯状を呈する中にあって,類否判断に極めて大きな影響を及ぼすものであり,この点において本願意匠と引用意匠とは共通するから,需要者の視覚を通じて起こさせる美感は,類似する。


 なお,両意匠を対比すると,正面視における具体的な湾曲の態様には,上記 ウのとおり相違する点もあるが,その相違はわずかである上,本願意匠における浅い凹状の湾曲を含む形状は,本件出願前から普通に見られる態様であって(乙3ないし6),このような部分的差異があっても,需要者の視覚を通じて起こさせる全体から生じる美感に与える影響は少ない。


 また,両意匠の側面視における本件差異点,すなわち,本願意匠が上下方向(顔面に対して略平行となる鉛直方向)であるのに対し,引用意匠が斜め下方(顔面に対して略45°となる斜め方向)である点において相違するものの,本願意匠のようにこれが上下方向である態様は,本件出願前から普通に見られる態様であって(甲4,5,乙1),ありふれた形状といわざるを得ないから,このような部分的差異があっても,需要者の視覚を通じて起こさせる全体から生じる美感に与える影響は少ない。


 よって,具体的な湾曲の態様における相違点及び側面視における本件差異点は,特段の看者の注意を惹くものではなく,類否判断に及ぼす影響は大きいとはいえず,引用意匠との上記相違点及び本件差異点が,正面視,全体が略円弧状で,中央部が山状に上方に突出し,当該突出部から両側に向かって湾曲する曲線であるという共通点を凌駕するものとはいえない。


イ以上説示したところによれば,本願意匠は,需要者に全体として引用意匠と共通の美感を生じさせる意匠的効果を有するものと認めるのが相当であり,差異点に係る本願意匠の形態から生じる意匠的効果は,ありふれたものであって,意匠全体としては,引用意匠と類似のものといわざるを得ない。


ウ原告は,両意匠の具体的な波打ち形状は共通しておらず,本願意匠の上縁部は,中央部の山裾から左右の端部に向かって,湾曲の方向が各小山の山裾から頂部にかけて変曲する変曲点を有する波打ち形状を有するという,引用意匠には見られない特徴を有していると主張する。


 しかしながら,意匠の類否判断は,全体的観察を中心に,これに部分的観察を加えて,総合的な観察に基づいてされるべきところ,意匠全体の支配的な部分を占め,全体として一つの意匠的なまとまりを形成し,需要者に視覚を通じて一つの美感を与える構成態様を軽視し,細部の形状などの具体的態様のみを重視することはできない。そして,本願意匠と引用意匠との具体的な湾曲の態様が異なるとしても,その差異は,微細なものであり,全体の形状の共通点を凌駕するものとまではいえないことは,前記のとおりであって,部分意匠の類否判断の結論に影響を及ぼすものであるとはいえない。このように,本願意匠と引用意匠とは,全体として,基本的かつ特徴的な形状を共通としているものであり,このような中で見られる上記相違点は,両意匠の特徴的な形状ということはできず,両意匠の類否判断には影響を及ぼさないものというべきである。


エ原告は,本願意匠の上縁部の波打ち形状は,特に装着状態において引用意匠の対応部分と大きく相違すると主張する。


 しかしながら,そもそも,本件出願において装着状態の意匠に係る図面は提出されておらず,願書に添付された図面に記載されている事項及びここから認識できる事項以外の事項を考慮すべきでないことは,前記のとおりである。また,原告が本願意匠に係るマスクの装着状態を示すものとして提出した写真(甲6の1の写真1−3)及び引用意匠に係るマスクの装着状態を示すものとして提出した写真(同2−3)による比較が正確でないことも,前記のとおりであるが,これらの写真によれば,装着状態においては,本願意匠においても,側面視,斜め下方に波打つ曲線を描いており,むしろ,この点においても,引用意匠の側面視と共通することになってしまうものであって,原告の上記主張は,失当である。


(6) 本件審決の類否判断の当否

 以上のとおり,本願意匠は,引用意匠とその意匠に係る物品が類似し,さらに,両意匠が類似するものと認められるので,本件審決の判断は,結論において相当である。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。