●平成21(行ケ)10303 審決取消請求事件 特許権「携帯電話端末」

 本日は、『平成21(行ケ)10303 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「携帯電話端末」平成22年06月22日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100623150930.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、ソルダーレジスト知財高裁大合議事件(知財高裁)の考える新規事項追加の補正の判断基準、すなわち補正が新たな技術的事項を導入するものであえるか否かの判断基準が具体的に分かる、とても参考になる事案の一つかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、


『2 取消事由1(手続補正の適否について判断を誤った違法)について

(1) 本件補正の内容は前記第2の3のとおりであり,その補正事項は前記第2の4(1) アのとおりである。

 ところで,審決は,本件補正が特許法17条の2第3項の規定に違反するというものであるところ,同条の「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解すべきである。


 そこで,以下,本件補正が,上記の新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを各補正事項ごとに検討する。

(2) 補正事項イ)について
 
 ここでは,本願発明の「複数の機能」について,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を加えることの適否が問題となる。


ア前記1の段落【0002】及び図7を参照すると,従来の携帯電話端末は,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8」と,「音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」を備えており,また,本願発明の携帯電話端末に関して,「本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分としてアンテナ1と,無線部2と,ベースバンド処理部3と,表示部7と,マイク8と,スピーカ9と,バッテリ11と,電源制御部12とを備え,」(段落【0016】参照)と記載されているとともに,発明の実施の形態を示す図1には,マイク8及びスピーカ9が制御部10と矢印線により結ばれている様子が示されている。


 すると,当初明細書等に記載された本願発明の実施例としての携帯電話端末は,「マイク8」と「スピーカ9」とを備え,従来の携帯電話端末と同様に,「マイク8」は「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ものであり,「スピーカ9」は「音声電気信号を音響信号に変換する」ものであると認められる。


 ところで,「広辞苑第6版」(甲6)によれば,「機能」とは,「物のはたらき。相互に関連し合って全体を構成している各要素や部分が有する固有な役割。また,その役割を果たすこと。作用。」を意味するものと認められるから,物が動作することによって,作用が生じ,その結果「機能」が提供されると解されるから,当初明細書等に「マイク」及び「スピーカ」に関して「機能」との明示的な記載がないとしても,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ことが「マイク8」の機能であり,「音声電気信号を音響信号に変換する」ことが「スピーカ9」の機能であるということができ,また,「マイク8」及び「スピーカ9」を備えた携帯電話端末が,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」を有していると認定することができる。


 さらに,「マイク」及び「スピーカ」は携帯電話端末として成立するための必須の構成部品であって,例えば,「スピーカ」は通話をするときのみならず,一般的な信号音の発生にも利用されることは技術常識であるから,これらの構成部品は,携帯電話端末の特定の機能やアプリケーションに従属するものではなく,独立して音声入力及び出力手段として機能し得るものであることは明らかである。


 そして,「通信機能」とは「無線信号の送受信を行う」機能であって(当初明細書【請求項2】参照),「通話機能」と異なり,音響信号(音声)に直接関わるものではないから,「マイク」や「スピーカ」の機能は「通信機能」に含まれないと解される。


 したがって,「マイク8」及び「スピーカ9」が提供する「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」は,他の機能と両立する独立した機能であって,「通信機能以外の機能」と認められる。


イこの点について,被告は,本願発明における携帯電話端末の「機能」とは,使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」である旨主張しているが,機械的な部品や電気回路等のハードウエア構成も,それらの動作によって使用者に固有の機能を提供すると解されるから,「アプリケーションとしての機能」に限られる理由はなく,また,前記1の段落【0005】においては,通信用接続情報に関して,「無線チャネルの設定,維持,切り替え等を行う無線管理機能」,「位置登録,認証を行う移動管理機能」,「発呼切断等の呼制御機能」等,携帯電話端末内で行われる様々な働きを「機能」と称しているから,本願発明にいう「機能」が「アプリケーションとしての機能」に限られると解することはできないというべきである。


(3) 補正事項ロ)について

 ここでは,「電源キーを押下する」場合に,本願発明の「複数の機能とが使用可能状態となり」を,「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり」と補正することの適否が問題となる。


 前記1の段落【0016】によれば,本願発明の通常の動作状態(通信機能の停止をしない状態)は従来の携帯電話端末とほぼ同様である。したがって,前記1の従来の携帯電話端末に関する記載(段落【0004】【0005】)を参照しつつ,図1とその説明によれば,本願発明の通常の動作状態は次のとおりとなる。すなわち,入力部6の電源投入キーの押下等により起動の指示が入力されると,制御部10が電源制御部12に電力供給の指示を出力し,バッテリ11の電力が電源制御部12により,電源線20ないし26を介して各構成部分,すなわち,無線部2,ベースバンド処理部3,制御部10,中央処理装置4,記憶部5,入力部6及び停止認識部13,表示部7のすべての構成部分に供給される。そして,中央処理装置4は,制御部10と無線部2及びアンテナ1を介して,エリアをカバーする基地局と通信用接続情報のやり取りを定期的に行って,着信や発信等の要求に応えられるようになるから,制御部10及び無線部2を始めとした着信や発信等に関わる構成部分が,使用可能状態となることも明らかである。


 そして,本願発明の実施例としての携帯電話端末において,電源キーの押下に基づいて,各構成部分に電力が供給され,制御部10,中央処理装置4,記憶部5等が動作を開始し,また,携帯電話端末が通信機能以外の機能として時計機能及び電話帳機能を有しており(前記1の段落【0023】),電力供給と共にこれらの機能が使用可能となることは,一般の携帯電話端末の動作手順からも自明のことである。


 ところで,「マイク8」及び「スピーカ9」の電力供給について,当初明細書には明示的な記載はないが,その図1において,「マイク8」及び「スピーカ9」が制御部10と矢印線で結ばれていることから判断して,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10に接続されて,制御部10との間で電気信号の授受をするものと解され,また,物理学辞典改訂版(甲16)によれば,「マイク」及び「スピーカ」には様々な構造があるものの,一般にそれらが接続されている本体部(制御部10)が電力供給されて動作可能となっていれば,本体部との電気信号の授受に基づいて,それぞれ音声の入出力に関する固有の動作を実行することができ,使用可能な状態となるものと解されるから,本願発明の実施例において,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10とともに,使用可能な状態となると認められる。

 したがって,制御部10への電力供給とともに,「マイク8」及び「スピーカ9」も動作可能な状態となり,制御部10で処理された音響(音声)電気信号が「スピーカ9」に入力され,そこで音響信号に変換されて出力可能となり,「マイク8」から入力された音響信号(音声)が音声電気信号に変換され,音声電気信号が制御部10で処理可能となるといえる。


 以上のとおり,「マイク8」及び「スピーカ9」も制御部10とともに,使用可能な状態となるといえるから,本願発明は,電源キーの押下に基づく電力供給により,「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能」が使用可能状態となるものと認められる。


(4) 補正事項ハ)について

 ここでは,「電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力される」場合に,本願発明の「複数の機能は動作可能とした」を,「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした」と補正することの適否が問題となる。

 前記1の段落【0006】ないし【0011】及び【0015】によれば,本願発明は,従来の携帯電話端末では,基地局との間で行われる通信用接続情報の交信は使用者の要求で停止することができないことから,無線信号の発着信を禁止されている場所,例えば,病院や飛行機等において携帯電話端末を所持している場合には,使用者は,携帯電話端末全体の電源を切らなければならず,通信機能とは無関係の電話帳や電子手帳機能等も使えなくなってしまい,不便であるという問題点,及び基地局のあるエリアから相当離れた場所においても基地局との通信用接続情報の交信を試みるため,無線部2及びベースバンド処理部3を定期的に動作させなければならず,無駄な電力を消費してしまうという問題点の存在を前提にして,携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させ,また,エリア外における無駄な電力消費を防ぐことができる携帯電話端末を提供することを目的とするものである。


 そして,本願発明は,上記目的を達成するため,使用者の要求により,通信機能のみを停止できるようにし,無線信号の発着信が禁止されている場所においては,通信とは無関係の機能を使用できるようにして利便性を向上させ,また,エリア外における消費電力を低減することができるようにするものであると認められる。

 そして,前記第1の段落【0024】ないし【0027】によれば,本願発明の実施の形態で詳述されている携帯電話端末は,入力部6の通信停止キー6dを押下すると,停止認識部13が制御部10に対して停止要求信号を出力し,次いで,制御部10が,中央処理装置4に対して停止要求フラグを出力し,中央処理装置4は,これを受けて,制御部10に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するよう,電源停止命令を発行し,制御部10は,電源制御部12に対して電源停止制御を行い,電源制御部12が,無線部電源20及びベースバンド部電源21を停止することにより,無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するというものであることが認められる。


 すなわち,本願発明の携帯電話端末は,通信機能を停止するように指示された場合には,電源制御部12が電源線20及び21の電力供給を停止し,通信機能をつかさどる構成部分(無線部2及びベースバンド部3)への電力供給を停止させるものであり,このとき,携帯電話端末の装置全体の電源を切らない状態にするべく,携帯電話端末の他の構成部分である中央処理装置4,記憶部5,入力部6及び停止認識部13,表示部7,制御部10,電源制御部12には,バッテリ11から直接又は電源制御部12と電源線(22ないし26)とを介して電力が供給されるものである。


 そして,上記の通信機能が停止中の動作及び作用・効果に関して,「通信機能のみを停止させ,電話番号帳,電子手帳,時計等の通信とは無関係の機能を使用できるように」する(前記1の段落【0015】),「病院等の無線通信禁止区域において,通信機能のみを停止させて電子手帳機能や電話帳機能等はそのまま用いることができるため,利便性を向上させることができ,また,通信機能を停止させて消費電力を低減することができる。」(前記1の段落【0040】)と記載されているから,上記「等」の記載に基づくと,「時計機能」及び「電話帳機能」は,通信とは無関係の機能の例示であって,この両者の機能のみが使用可能となることを意味するものではなく,むしろ,「通信機能のみ」を停止させるとの記載によれば,無線信号の発着信を行わないすべての機能は使用可能になっていると解するのが自然である。


 そうすると,無線部を含めて携帯電話端末のすべての構成部分に電力が供給された通常の動作状態においては,携帯電話端末の有する機能のすべてが使用可能状態にあり,その状態から,電源線20及び21の電力供給のみを停止し,無線部2及びベースバンド処理部3の動作のみを停止させるのであるから,継続して電力供給がされている制御部10は,引き続き,使用可能な状態が維持されるものと認められる。


 このように,通信機能を停止させた際にも,制御部10は電源線22から電力供給されて動作可能な状態となっているから,通信機能停止処理中であっても,制御部10は,電源が供給されている中央処理装置4,記憶部5,入力部6,表示部7及び停止認識部13と協働して適宜必要な動作を実行するものと認められるところ,前記1の図1を参照すると,「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10に接続されているから,前記(3) で検討したとおり,接続先の本体部(制御部10)に電源が供給されていれば,「マイク8」及び「スピーカ9」も使用可能となり,協働して音声入力及び出力動作を実行し得るものと解される。


 また,当初明細書等には,「通信機能のみを停止」させるとの記載があること,通信機能を停止した場合に,「マイク8」及び「スピーカ9」が使用できない状態(動作しない状態)になるとの記載がないことからも,制御部10に電源が供給され,通信機能部への電力供給が停止された状態であっても,「マイク8」及び「スピーカ9」は使用可能な状態に維持されるものと認めることができるというべきである。


 以上のように,当初明細書等に記載された本願発明の課題とその解決手段及び周知技術を総合して考慮すると,本願発明の携帯電話端末において通信機能を停止した場合にそのまま使える機能としては,少なくとも時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,及びスピーカによる電気信号を音声に変換する機能が含まれるものと解される。


(5) 以上のとおり,補正事項イ)ないしハ)は,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると認められるから,本件補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解される。


 したがって,審決が,平成19年8月1日付けの手続補正について補正却下の決定をしたことは誤りであり,この誤りは,審決の結論に影響を与えることは明らかである。


3 結論

 よって,原告の主張する取消事由1は理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 なお、補正前の本願の特許請求の範囲請求項1は、


「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の複数の機能は動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

 であり、また、新規事項追加と判断されて補正が却下された本件補正後の特許請求の範囲請求項1は、

「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

 という内容です。


 先日、「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)」の審査基準が改訂(http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/t_torikumi/meisaisyo_shinsa_kaitei.htm)されましたが、本件は、ソルダーレジスト知財高裁大合議事件での判断基準により新規事項の追加に該当するか否かを判断して、特許庁の審決を誤りと判断しており、個人的には、審査基準に一例として掲載されても良いような高裁判断ではないかと思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。