●平成18(ワ)11429特許権侵害「熱伝導性シリコーンゴム組成物」(2)

本日も、昨日に続いて、『平成18(ワ)11429 特許権侵害差止等 特許権 民事訴訟「名称熱伝導性シリコーンゴム組成物」平成21年04月07日 大阪地方裁判所 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090430111452.pdf)について取り上げます。


 本件では、構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈についての判断も参考になります。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 田中俊次、裁判官 西理香、裁判官 北岡裕章)は、


『1 争点1−1(構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈)について

 構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の意義について,原告は,カップリング処理したものであるか否かを問わず「熱伝導性シリコーンゴム組成物に含まれる熱伝導性無機フィラーの総量」であると主張するのに対し,被告は,「カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー」であると主張するので,以下,検討する。


(1) 特許請求の範囲の記載

まず,特許請求の範囲の記載について検討を加える。


ア 前記当事者間に争いのない事実等で認定したとおり,本件特許の特許請求の範囲【請求項1】には,「シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%〜80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。」と記載されていることが認められる。


イ 上記記載のとおり,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の文言の前に「同」,「当該」又は「該」といった直前の文言を指し示す接頭語が付されていないことから,同「熱伝導性無機フィラー」が,構成要件Aの定義するカップリング処理した熱伝導性無機フィラーを指すことが一義的に明確とはいえない。しかしながら,他方,同記載において,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのそれとは別の物である,すなわちカップリング処理されていないものも含めた熱伝導性無機フィラーの総量と解する根拠となる積極的な記載も認められない。また,構成要件Bが構成要件Aの直後に配置され,しかも,「熱伝導性無機フィラー」との文言が構成要件Aのそれと近接して使用されていることからすれば,後者が前者を指している,すなわち構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのカップリング処理された熱伝導性無機フィラーを指すと読むのがどちらかといえば自然な解釈といえる。

 ・・・省略・・・

 このように,実施例においても,熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理してシリコーンゴムに充填することが示されており,全量未処理のものと比較することにより,その効果を確認しているのであり,カップリング処理したものと未処理のものを混合使用した場合にも同じ効果が得られることは何ら開示されていない。よって,当業者としては,本件各特許発明はシリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理するものと理解すると考えられる。


 このように,本件明細書における発明の効果及び実施例に関する各記載は,一貫してシリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理することを前提としており,ここに未処理の熱伝導性無機フィラーを充填することは,何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明はあくまでシリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理するものと解するほかない。


 そうすると,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」も,カップリング処理した熱伝導性無機フィラーと解するのが相当である。


エ 原告の主張について

 原告は段落【0015】の(ア) 「40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり,80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない」との記載や,段落【0055】の「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得ると共に,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができる」との記載等に基づき,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,シリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラーの総量を意味すると主張する。確かに,これらの記載のみからすれば,原告主張のように解することも全く不可能とはいえない。


 しかし,上記記載は,「たとえ熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理しても,80vol%を超えてこれをシリコーンゴムに充填すると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない」というように解することもできるのであり(本件明細書上,カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーであれば80vol%を超えて充填しても硬く脆くならないことを窺わせる記載も認められない。),前記特許請求の範囲の記載,発明の効果及び実施例の記載とも併せ考慮すれば,むしろこのように解するのが自然といえる。


(イ) 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明には,熱伝導性無機フィラーの全量がカップリング処理されていなければ本件各特許発明の効果が得られないとは記載されていないから,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」全量がカップリング処理されることまで要求されていないとも主張する。


 確かに,本件明細書では,熱伝導性無機フィラーの全量がカップリング処理されていなければ本件各特許発明の効果が得られないとまでは明示的に記載されていない。


 しかし,他方で,本件明細書には,未処理の熱伝導性無機フィラーを加えてもよいことについて何らの開示も示唆もなく,実施例にも熱伝導性無機フィラーの全量がカップリング処理されたものだけが開示されており,未処理の熱伝導性無機フィラーを加えた場合にも,そうでない場合と同様の効果が得られることについて何ら記載されていない。


 むしろ,前記ウのとおり,未処理の熱伝導性無機フィラーは,その表面が疎水性の長鎖アルキル基に全く覆われていないのであるから,これを加えた場合に本件各特許発明と同様の効果が得られるとは容易に想到できないと考えられる。この点,原告は,自ら実験した結果(甲6)を基に,熱伝導性無機フィラーの半量を処理した場合であっても,本件各特許発明の効果を奏するに十分であると主張する(原告第3準備書面15頁6行〜16頁9行)。


 しかし,特許請求の範囲の解釈(均等侵害の成否は別論)において,明細書の記載のほか,出願経過及び公知技術を参しゃくすることを超えて,当業者にとって自明でない実験結果を考慮することはできないというべきであるから,同実験結果の信用性にかかわらず,これを根拠とすることはできない。


(3) 出願経過

 本件において,構成要件Bは本件出願後の補正(本件補正)によって加えられたものであることから,本件特許の出願経過についても検討する。

 ・・・省略・・・


ウ 本件補正

 本件拒絶理由通知に対し,原告は,平成14年2月4日に本件補正書を提出し,当初明細書の特許請求の範囲【請求項1】に構成要件Bを加えるなどの本件補正をした(乙3)。また原告が同日提出した本件意見書には発明の効果に係る説明として,段落【0055】と同じ記載があるほか,本件拒絶理由通知に対する意見として以下の記載がある(乙4)。


 「審査官殿は,『請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と認められるが,各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての配合量(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められない)』とのご認定である。


 これに対して,本意見書と同日付けで提出する手続補正書による補正後の請求項1の記載では,既述のように『熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%〜80vol%』である点で限定されているので,請求項1に係る発明は明確になったものと思料する。」


エ 検討

(ア) 上記認定のとおり,構成要件Bは,本件拒絶理由通知を受けた本件補正によって,後から加えられたものであるところ,本件拒絶理由通知が明らかにするように求めている「各成分の配合量」とは,当初明細書の特許請求の範囲【請求項1】に記載のあった「シリコーンゴム」と「カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」の各配合量を指すものと解するのが自然であるし,このことは,本件拒絶理由通知において,「全ての配合量について同等の効果を奏するものとは認められない」と指摘されていることからも窺える。


 そうすると,かかる拒絶理由通知に対する応答としてなされた本件補正によって加えられた構成要件Bは,「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量」に対して,「カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」の配合量を定めたものと解するのが自然であり,このことは,本件意見書において「『熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%〜80vol%』である点で限定されているので,請求項1に係る発明は明確になった」と述べられていることとも符合する。


(イ) この点,原告は,本件補正においてカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーの配合量を規定しようと意図したのであれば,本件特許発明1のようには記載しないと主張するが,特許請求の範囲をどのように記載するかについては,その具体的表現に相当の幅があるのであり,本件においても,カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーの配合量を規定する場合に,本件明細書の特許発明の範囲のような記載には論理的になり得ないとまではいえない。


 また,原告は,当初明細書の段落【0012】の「40vol%〜80vol%」という数値範囲が指すものは熱伝導性無機フィラー自体の配合量であると主張するが,同段落は本件明細書の段落【0015】とほぼ同じであり,同段落の「熱伝導性無機フィラー」がカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーを指すと解するのが自然であることは前記イで説示したとおりである。


 さらに,原告は本件意見書における記載をもって,本件補正の目的が熱伝導性無機フィラー自体の配合量を規定することにあったと主張するが,原告が指摘する記載は本件明細書の段落【0055】と同じ内容であり,この記載も熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理することを前提としていると解されることは,前記 エで説示したとおりである。


(ウ)  以上からすると,本件補正における原告の主観的意図はともかく,少なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解するのが相当であり,自らかかる補正をしておきながら,後になってこれと異なる主張をすることは,本件補正の外形を信用した第三者の法的安定性を害するものであり,禁反言の法理に抵触し許されないというべきである。


 と判示されました。