●平成13(行ケ)586 特許権 行政訴訟「生海苔の異物分離除去装置」

 本日は、『平成13(行ケ)586 特許権 行政訴訟「生海苔の異物分離除去装置」平成15年09月09日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/AA0E2B1C86DE8EA149256DF7002417F4.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法29条1項柱書きにいう「産業上利用することのできる」発明についての判断や、特許請求の範囲における「僅かなクリアランス」について具体的数値の記載がないことによる特許法36条4項違反等についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第18民事部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 古城春実、裁判官 田中昌利)は、


 1 取消事由1(異物の分離不能による発明未完成又は特許法36条4項、5項違反)について

 (1) 発明未完成の主張について

 原告は、本件発明が「産業上利用することのできる」ものではないと主張するが、特許法29条1項柱書きにいう「産業上利用することのできる」発明であるためには、何らかの「産業」において利用可能性があることをもって足り、それ以上に商業的な実施を可能とする程の完成度が必要とされるものではない。


 本件発明の対象である「生海苔の異物分離除去装置」が乾燥海苔の製造という産業において利用され得るものであることは明らかであるから、本件発明が「産業上利用することのできる」発明ではないとの原告の主張は、理由がない。


 本件発明に産業上の利用可能性がないという原告の主張は、本件発明は異物分離除去装置を通過する生海苔がわずかで、実用に耐えるほどの異物分離能力を持たないというものであるが、「産業上利用することのできる」発明とは上記のとおり解されるものであるから、原告の上記主張は、産業上の利用可能性の欠如を理由づけるものとはいえず、その主張に理由がないことは明らかである。


 ところで、特許法29条1項柱書きにいう「発明」とは、反復実施して所期の技術的課題を達成し得る程度にまで技術内容が具体的・客観的なものとして構成されているものをいい、技術内容がその程度にまで構成されていないものは、いわゆる未完成発明として、特許要件を欠くといわなければならない。


 原告は、本件明細書に記載された異物分離の作用効果は、技術的に成り立たず、自然法則に反していると主張しているので、以下、この観点から本件発明を検討する。


  ア 本件特許公報(甲2−1)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明欄には、本件発明の技術的課題(目的)、構成、作用及び効果に関して、以下の記載がある(下線を付加)。

 ・・・省略・・・

  イ 上記各記載によれば、本件発明は、生海苔混合液(生海苔と塩水と適宜調合したもの)から異物を分離除去するための装置に関わるものであって、その異物分離除去の技術的原理は、比重の大きい異物を遠心力によって分離し(回転板の回転に伴う生海苔混合液の回転により、比重の大きい異物は遠心力の作用によりタンクの外周底部に移動し集積する。)、それ以外の異物を回転板と環状枠板部との間に形成された「僅かなクリアランス」によって除去する(異物がクリアランスに引っ掛かるので、クリアランスを通過して外に流れ出た生海苔混合液からは除去されている。)というものであると認められる。


 本件明細書には、「僅かなクリアランス」による異物除去について明示の記載はないが、生海苔と水がクリアランスを通って流出するときに、クリアランスを通過することのできない大きさの異物がタンク内に残るのは自明のことであって、「生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れる」との説明も、「僅かなクリアランス」が持つ上記のような異物除去機能を当然の前提としていることが明らかである。


  ウ 原告は、本件発明が未完成である理由として、回転による遠心力が働いている状態で水圧程度の小さな力では生海苔はタンク底部の「僅かなクリアランス」を通過することができないから、異物の除去された生海苔を得ることはできず、本件発明はその前提としている異物分離除去の技術的原理が自然法則に反すると主張する。


 確かに、審判甲2の1実験報告書によれば、本件発明の構成を備えた装置と認められる親和式原草海苔異物除去洗浄器「CFW-37型」によって原告が実施した実験(審判甲2の1実験報告書記載)において、吸引ポンプによる減圧吸引をしないで回転板を回転した場合に、生海苔は、排出しないか又はほんの少ししか流出しないことが認められ、この実験結果は、原告の上記主張に沿うものであるかにみえる。


 しかし、甲6実験報告書によれば、同じく本件発明の構成を備えると認められる親和式原草海苔異物除去洗浄器「CFW-36型」によって吸引ポンプを使用しない状態で実施した実験においては、回転板の回転が実用領域の240rpm〜360rpmの近辺で流出水量の最大値を示し、海苔の流出量もこれに比例していることが認められるから、回転板の回転数とクリアランス等の条件を適宜調節すれば、生海苔は水圧程度の力でも、回転板の回転による遠心力が働いている状態でクリアランスを通過し得ることが明らかである(このことは、乙6のCD−Rに収録された海苔流出実験において、吸引ポンプの使用なしで生海苔の流出が認められることからも裏付けられる。)。原告の依拠する審判甲2の1実験報告書の実験は、審決が述べているように、吸引ポンプ(排出ポンプ)を使用することを前提として回転板及びクリアランスを調整した装置によるものであるから、この実験結果によっては、生海苔が回転している回転板と環状枠板部との間の「僅かなクリアランス」を通過してタンクの外に流れ出るという本件発明が前提としている技術的事項が自然法則に反するということはできない。


 原告は、甲6実験報告書の実験は異物分離の能力について実験したものではなく、審決は甲6実験報告書の実験の趣旨を誤認していると主張するが、実験を行った目的がいかなるものであれ、その客観的な結果は、前記のとおり、生海苔が回転板の回転による遠心力が働いている状態でクリアランスを通過し得ることを示していることが明らかであるから、原告の上記主張は理由がない。


  エ 原告は、また、本件発明において、回転板の回転によって生ずる生海苔混合液の回転により遠心力で分離することのできる異物はわずかであり、大部分の異物はクリアランスによって分離されるところ、吸引ポンプを付けない装置では、生海苔はクリアランスを通過しないか、通過してもごくわずかでしかないと主張する。


 しかし、審判甲2の1実験報告書の実験は、吸引ポンプを使用しない前提でクリアランス等の調整をした実験装置によるものであるから、その実験結果のみから吸引ポンプを使用しなければ生海苔は実質上クリアランスを通過しないと結論づけることはできない。仮に、原告主張のとおり吸引ポンプを付けない装置でクリアランスを通過する生海苔の量がわずかであったとしても、前記認定のとおり、生海苔がクリアランスを通過し、クリアランスの幅より大きい異物がクリアランスに引っ掛かって生海苔混合液から除去されると認められる以上、本件発明が技術的に成り立たないということはできない。


 また、吸引ポンプを使用しなければ生海苔が通過しないとの原告の主張は、吸引ポンプの使用が本件発明から排除されているとの前提に基づく主張と解されるところ、この種の装置において作業効率を向上させるために減圧吸引のための吸引ポンプを使用し得ることは当業者の常識に属する事項であり、本件明細書中に吸引ポンプの使用を積極的に排除する記載も存在しないことからすれば、本件発明は、吸引ポンプを使用する場合も包含すると解することが相当である。原告の主張は、結局、本件明細書に実施例として開示された、吸引ポンプを備えない構成の装置が効率という点で実用性が低いことをいうものにすぎず、本件発明についての発明未完成の主張としては失当であるといわざるを得ない。


  オ 以上によれば、本件発明が特許法29条1項柱書きの要件を満たしていないとの原告の主張は、理由がない。


 (2) 特許法36条4項、5項違反の主張について


 平成6年法律第116号による改正前の特許法36条は、4項で発明の詳細な説明には当業者が容易に発明の実施をすることことができる程度に発明の目的、構成及び効果を記載すべきことを規定し、5項で特許請求の範囲には特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載すべきこと規定する。


  ア 原告は、特許法36条4項の要件に関して、本件明細書の「比重の大きい異物は遠心力によって・・・タンクの底隅部に集積する結果、生海苔のみが水と共に前記クリアランスを通過して下方に流れるものである」との記載を取り上げ、明細書記載の異物除去分離の効果は、本件発明において達成され得ないと主張する。


 しかし、その主張に理由がないことは、既に説示したところから明らかである。


 原告は、生海苔の異物分離において実際に問題となる異物の大きさ、比重、異物の存在態様その他種々の観点から、本件明細書記載の効果は得られないというが、その主張は、結局、本件明細書の実施例のものでは異物分離除去の効率が悪くて実用に向かないということに尽きるものである。特許法36条4項は、当業者が容易に発明の実施をすることができる程度の開示を要求しているが、商業的に効率のよい実施ができるための条件の開示までも要求しているものではない。この点に関する原告の主張は失当である。


  イ 本件発明について、特許法36条5項違反をいう原告の主張は、その理由とするところが必ずしも明確ではないが、本件明細書の特許請求の範囲が「発明の構成に欠くことのできない事項」の記載に欠けるということはできないことは、既に説示したところから明らかである。原告の主張は失当である。


 (3) 結論

 以上のとおり、原告主張の取消事由1は理由がない。


2 取消事由2(「僅かなクリアランス」について具体的数値の記載がないことによる特許法36条4項違反)について


 原告は、「当業者であれば「僅かなクリアランス」とはどれくらいのものになるかは容易に決定できる事項である。」とした審決の判断は誤りであり、比重の大きい異物を遠心分離し、比重の小さい異物を分離できるクリアランスの大きさを決めることは至難の業であると主張する。


 しかし、実用上異物の分離除去ができるクリアランスの大きさ(幅)は、生海苔混合液に含まれる海苔の種類、量、状態、異物の種類(原料となる生海苔の産地、採取条件等によって異なり得る。)といった要素に加えて、回転板の回転速度、吸引装置を使用するか否か等の各種条件によって当然異なるものであるから、クリアランスの大きさは、元来、具体的数値をもって特定し難いものであり、また、具体的数値で特定することが適切であるともいえないものである。


 本件明細書には、「僅かなクリアランス」について、具体的数値の記載はないものの、クリアランスの作用、効果についての本件明細書の記載(【0009】、前記1(1)アの(v))及び効果の記載(【0028】、【0029】、同(vi)、(vii))を参酌すれば、当業者にとってクリアランスがおよそどの程度のものであるかは容易に理解し得ることであり、本件発明の実施に当たり、異物分離に適したクリアランスを決めることも、当業者であれば、ある程度の試行錯誤をすれば容易になし得ることであると考えられる。本件発明を実施するに当たって「僅かなクリアランス」の大きさを決めることに原告の主張するような多大な困難があるとは本件全証拠によっても認めることができない。


 したがって、原告主張の取消事由2も理由がない。


3 結論

 以上のとおり、原告主張の取消事由1、2はいずれも理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。