●平成17(ワ)10907特許権差止等請求「力・加速度・磁気の検出装置」

 『平成17(ワ)10907 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「力・加速度・磁気の検出装置」平成18年09月08日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060912191940.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権者が差止請求等を請求した事件で、被告は、特許無効の抗弁として、「分割出願の要件違反」や、「補正要件違反」、「未完成発明」、「実施可能要件違反」、「発明の詳細な説明への記載の欠如」、「請求項の記載の明確性の欠如」、「新規性の欠如」、「進歩性の欠如」等を主張し、東京地裁は、「1 無効の抗弁1の成否(分割出願の要件違反)」について、原出願当初明細書に記載された「可撓基板」という用語を本件分割出願にて「変位基板」と置換した点を、分割出願要件違反と認定して、原告の請求を棄却しました。


 つまり、東京地裁は、「1 無効の抗弁1の成否(分割出願の要件違反)について」、

『(1) 分割出願の要件違反の有無
 ア 原出願当初明細書(乙2)には,本件特許権に係る各請求項及び本件明細書に見られる「変位要素」及び「変位基板」という用語は記載されていないこと,このうち,「変位要素」という用語に関しては,本件出願当初明細書において,記載(i)及び(ii)を追加することにより追加されたこと,原出願当初明細書の全体にわたって使用されている「可撓基板」という用語が,本件出願当初明細書において「変位基板」という用語に置換されたこと,原出願当初明細書の「(3) 可撓基板は可撓性をもった材質からなること。」との記載が,本件出願当初明細書において,「(3) 変位基板が作用体に作用した外力に基づいて変位しうること」との記載に置換された。ことについては,いずれも当事者間に争いがない。

 イ(ア) 「可撓」とは,撓むことが可能なことを意味するところ,「撓み」とは,「たわむこと。外力によって板・棒などの軸方向が曲がる変形。」を意味し,また,「撓む」とは,「おされてまがる。しなう。ゆがむ。」こと(乙17),「固い棒状・板状のものが,加えられた強い力によってそり曲がった形になる。しなう。」こと(大辞林第二版)を意味する。したがって,「可撓基板」とは,このような意味において撓むことが可能な性質(可撓性)を有する基板を意味する。

(イ) 「変位」とは,「物体がある位置から別の位置に動(くこと)」(乙18),「質点が運動することによって位置を変えること。また,位置の変化を表す量で,所要時間や経路を考慮せずに,ある時刻における位置から他の時刻における位置に向かうベクトル。」(大辞林第二版)を意味し,方向と大きさをもつベクトル量として表されるものである。

 (ウ) 以上によれば,「変位」は,撓むことに限定されるものではなく,物体が撓むことなくある位置から別の位置に動くことをも意味する概念であり,撓むこととの関係で,その上位概念である。したがって,「変位要素」又は「変位基板」という概念は,可撓性を持たない要素又は基板をその範囲内に含むことになる。

 ウ 証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,原出願当初明細書には,可撓性を有する構成要素である「可撓基板20」についての説明はあるが,それ以外の可撓性を有しない「変位要素」及び「変位基板」に該当し得るものについての記載はないことが認められる。

 上記のような「可撓」及び「変位」の語義によれば,原出願当初明細書に記載された「可撓基板」は,撓むことによって変位を生じるものであるということはできるが,これは可撓基板が変位を生じることを意味するにとどまり,可撓基板以外の変位を生じる要素を用いることを意味するものではない。

 また「一般に,ゲージ抵抗やピエゾ抵抗係数には温度依存性があるため,上述した検出装置では,使用する環境の温度に変動が生じると検出値が誤差を含むようになる。したがって,正確な温度補償を行う必要がある・・・そこで本発明は,温度補償を行うことなく,力,加速度,磁気などの物理量を検出することができ,しかも安価に供給しうる検出装置を提供することを目的とする」(原出願明細書。(乙2)7頁4行〜末行)ところ,そのような温度補償を要せず,安価な検出装置の提供という目的を達成するためには,原出願当初明細書が明示的に開示する可撓基板だけでなく,それ自体は可撓性を有しない「変位要素」及び「変位基板」であってもよいことが,原出願当初明細書に接する当業者にとって明らかであることを認めるに足りる技術常識等の主張立証はない。

 よって,このような「変位要素」及び「変位基板」は,原出願当初明細書に記載がなく,原出願当初明細書の記載から当業者に自明な事項でもないから,本件特許発明1ないし3は原出願当初明細書に記載されていなかったものと認められる。

 エ したがって,本件出願は,明細書又は図面の要旨を変更するものとして,不適法な分割出願であり,出願日の遡及は認められず,その出願日は現実の出願日である平成10年7月9日となる。

 オ これに対し,原告は,「固定要素」,「変位要素」,「可撓性部分」という文言自体の記載はなくとも,固定基板10が「装置筐体に対して変位が生じないように固定された固定要素」であること,並びに,可撓基板20の中央部分及び作用体30から成る一塊の物体が「固定要素に可撓性部分を介して接続され,外部から作用した力に基づいて,可撓性部分が撓みを生じることにより,固定要素に対して変位を生じる変位要素」であることは,原出願当初明細書から自明な事項である旨主張するけれども,上記のとおり,この点に関する原告の主張は採用し得ない。』

と判断しました。


 補正の審査基準でも、明細書の用語を下位概念から上位概念へ補正することにより、当初明細書等に記載した事項以外の事項が追加されることになった場合、当該補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内でする補正とはいえず、新規事項追加の補正として判断していますので、補正の一種である分割出願も当然に同様の判断になるかと思います(なお、分割の審査基準にも、「分割出願の明細書等が、原出願の出願当初の明細書等に記載事項の範囲内でないものを含まないこと」が規定されています。)。