●平成19(行ケ)10141 審決取消請求事件 「車両の乗員保護装置」

 本日は、『平成19(行ケ)10141 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「車両の乗員保護装置」平成19年12月25日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071225164626.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許法第29条第2項による拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、本願補正発明と引用発明との間で一致点の認定に誤りがあると判断されており、この点で参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判 官田中信義、裁判官 石原直樹、裁判官 杜下弘記)は、


1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について


(1) 原告は,審決が引用した引用文献の「この超音波が、正面衝突と偏角衝突とで、周波数成分の違いはあっても必ず出現するものであること」との記載は,超音波検出センサの検出信号に横波成分が含まれるということを意味しておらず,引用文献には,そもそも超音波の縦波成分と横波成分とを意識した記載は全く存在しないのであるから,審決が,引用文献記載の発明(引用発明)を「車両の車体要素のバルク波の横波成分を検出する超音波センサ2・・・を有する車両安全装置用制御装置」と認定した上,本願補正発明と引用発明とが,「バルク波のトランスバーサル方向の振れを検出するセンサ・・・を有する」点で一致すると認定したことは誤りであると主張する。


(2) 引用文献の請求項1には ,「車両の衝突時の加速度を検出する加速度検出手段と、前記加速度検出手段により検出された加速度を積分することによって算出される車両速度が基準値を越えたか否かを判定する動作判定手段とを具備し、前記動作判定手段の判定結果に基づいて車両安全装置の動作を制御するようにした車両安全装置用制御装置において、車両の衝突の際に発生する超音波を検出する超音波検出手段と、前記超音波検出手段により超音波が検出された場合に前記加速度検出手段の検出感度を実質的に変更する感度変更手段と、を設けたことを特徴とする車両安全装置用制御装置。」の発明が記載され,その発明の詳細な説明には,以下の記載がある。


 ・・・省略・・・


(3) 上記(2)の各記載によれば,引用発明は,シングル・ポイントセンサ方式による加速度センサと、この加速度センサの出力信号を積分する積分回路とを設け、車両の速度を算出し、この算出された車両速度が特定の基準値を越えた場合にエアバック装置を動作させるように構成された従来の車両安全装置用制御装置において,車両構造の相違により,車両衝突時における車両の破壊過程,ひいては加速度の変化が異なってくるため,車両構造のいかんにかかわらず、タイミングのよいエアバック装置の動作を得ることのできる基準値を設定することが困難であるという問題を解決すべき技術課題とし,車両構造の相違にかかわらず,かつ,正面衝突のみならず偏角衝突の場合にも確実な動作を確保し得る車両安全装置用制御装置を提供することを目的として,上記請求項1記載の構成を採用することとし,これにより,超音波センサ2(圧電セラミックスを用いて成るものが好適)が,車両が衝突から破壊に至る場合に発生する超音波を検知し,この車両衝突時に発生する超音波が検出されると,当該超音波センサ2と同一場所に取り付けられた加速度センサ1の感度が実質的に変更されるとしたものであること,すなわち,車両衝突時に発生する超音波は,正面衝突と偏角衝突において周波数成分の違いはあっても必ず出現するもので,クラッシャブルゾーンの破壊が行われている期間(t1<t≦t2)においても十分出現していることに着目し,この期間において超音波が検出されれば,エアバックを展開させるか否かの判断基準となる速度演算値ΔVの判定の基準値をL2からL1(L1>L2。正極側により近い値とする。)に変更する(実質的に,加速度センサのセンサ感度を,エアバック装置がより動作し易くなるように変更することに相当する。)ことにより,時間遅れを生じることなく的確なエアバックの展開がなされるようにしたものであることが認められる。


 なお,引用文献には,超音波に縦波と横波とがあることについて言及した記載は見当たらず,したがって,縦波と横波のそれぞれの特性についての記載や,超音波センサ2によって検出する超音波につき,それが縦波であるか,横波であるか,あるいはその双方を含むものであるかについての記載もない。


(4) ところで,一般に,固体物質中を伝搬する音波(超音波を含む。)に,振動 方向,振動数及び伝搬速度が相違する縦波と横波とがあることは,古くから知られており(例えば, 昭和43年12月20日日刊工業新聞社発行の実吉純一ら監修「超音波技術便覧(改訂3版)」4頁,昭和50年6月30日株式会社工業調査会発行の島川正憲著「超音波工学−理論と実際−(初版)」12頁,昭和61年10月2 0日株式会社培風館発行の「物理学辞典−縮刷版−」261頁など),本件優先権主張日(平成9年10月2日)当時,周知の事項であったということができる。また,衝突によって発生した横波は,衝突の方向にかかわらず,あらゆる方向に伝搬すること(したがって,衝突の発生した方向に依存せずに検出されること)は技術常識というべきである(逆に,縦波が衝突の発生した方向にしか伝搬しない。)という点については, 本願補正明細書に「縦波の・・・振れは衝突方向でしか発生しない。」(段落【0003】) との記載があるが,少なくとも,本件優先権主張日当時において,技術常識又は周知の事項であったと認めるに足りる証拠はない。)。


 しかるところ,審決は「(え)(判決注:上記(2)のカ)で摘記したように,引用文献記載の超音波は『正面衝突と偏角衝突とで、周波数成分の違いはあっても必ず出現するもので』あり、これを位置固定の超音波センサ2で検出するのであるから、検出される超音波は、少なくとも、衝突の発生した方向に依存せずに検出される横波成分を含んでいるものと解される」とした上で,引用発明を「車両の車体,要素のバルク波の横波成分を検出する超音波センサ2・・・を有する車両安全装置用制御装置」と認定し,さらに,引用発明の「横波成分」が本願補正発明の「トランスバーサル方向の振れ」に相当するとして,本願補正発明と引用発明とが「車両の車体要素のバルク波のトランスバーサル方向の振れを検出するセンサ2・・・を有する車両の乗員保護装置。」である点で一致すると認定したものである。


 そして,被告は,引用文献に,超音波センサ2によって検出する超音波につき,それが縦波であるか,横波であるか,あるいはその双方を含むものであるかについての開示がされていないことに関し,縦波は,横波に比べて,その伝播速度は速いが,振動の振幅が小さくてエネルギー量は少なく,衝突の場合に,縦波の振動は衝突方向でしか発生しないから,確実に衝突の振動を検出しようとする場合には,横波を検出することが考えられるところ,圧電セラミックスによって物質内における振動を捉えようとする場合,あらゆる振動を検出してしまうのが通常であり,特に振動の振幅の大きい横波成分が検出されることは必然であって,この検出された超音波を電気信号として取り出し,これを処理すれば,その中に横波成分が含まれることとなるのは明らかであると主張する。


 そうすると,それ自体としては,超音波センサ2によって検出する超音波が,縦波であるか,横波であるか,あるいはその双方を含むものであるかについての開示がない引用発明につき, 審決が,本願補正発明との上記一致点の認定に及んだのは ,圧電セラミックスを用いて成る振動センサが横波成分を検出することが必然であるという判断と ,「横波」を検出することのみならず ,「横波成分」を検出すること,すなわち,例えば横波と縦波が重なった振動波(超音波)を振動センサで検出し,この検出された超音波を電気信号として取り出して処理することにより,横波成分を分離し得るというような場合であっても,なお,本願補正発明の「(センサが)トランスバーサル方向の振れを検出する」ことに相当するという判断を,その前提とするものであるということができる。


(5) しかるところ,特開平5−141948号公報( 甲第14号証) の「【作用】・・・省略・・・」との記載によれば,これらの公報には,圧電セラミックスを用いた振動検出手段(振動センサ)によって,超音波のうちの縦波を選択的に検出することが記載されていると認めることができる。


 そうすると,圧電セラミックスを用いて成る振動センサであるからといって,必然的又は不可避的に横波(成分)を検出するものということができないことは明らかである。


(6) さらに,特開平5−19946号公報(乙第1号証)には「【従来の技術】・・・省略・・・」との各記載があり,これらの記載によれば,同公報には,圧電素子を用いた振動センサが板波非対称波横波と板波対称波縦波とが重なった振動波を検知した上,当該検知信号から,横波又は縦波を分離する技術事項が開示されているものと認められる。


 そして,このことと,上記(5)の各公報(甲第14,第15号証)の記載事項とを併せ考えれば,固体物質中を伝搬する超音波を検出するためのセンサが,横波を選択的に検出するものであるか,縦波を選択的に検出するものであるか,横波と縦波とが重なった振動波をそのまま検出するものであるかは,当該センサを含む装置の構成,使用目的や使用方法等に基づいて選択決定される技術事項であることが示 唆されているものというべきであり,超音波を検出するセンサであるからといって, それらの各センサの構成が同一であるということはできない。


そうであれば,横波と縦波が重なった振動波(超音波)を振動センサで検出し,この検出された超音波を電気信号として取り出して処理することにより,横波成分を分離し得るというような場合は,もはや本願補正発明の「(センサ)がトランスバーサル方向の振れを検出する」ことに相当するということはできないというべきである。


(7) したがって,本願補正発明と引用発明とが「車両の車体要素のバルク波のトランスバーサル方向の振れを検出するセンサ・・・を有する」点で一致するとした審決の認定は,その前提を欠き,誤りであるといわざるを得ない。


2 結論

 以上によれば,本願補正発明が,引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとして,本件補正を却下した審決の判断は,その余の取消事由につき判断するまでもなく,誤りであり,原告の請求は理由がある。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。